平穏最後の日(完結)
7
電話も何回か鳴っていたらしい。
メールを急いで開く。
「どうだった」だとか「電話しろ」だとか短い文章であるが、段々と苛々してきているのが分かる。
まずい。
忘れていたが、そういえば今日予備校のことと今後の予定を連絡すると言ってあったのだ。
さー、と血の気が引く。
こんなに件数を送ってくることは初めてだ。きっとすごく怒っている。
まだそれほど遅い時間ではなかったので、そのままの勢いで久遠へ電話をした。
すぐにコール音が止む。
というよりワンコールで出た。
ワンコールとか怖い。
「遼介?」
「も!もしもし!ごめんなさい!」
「あ?謝るならさっさと連絡してこい。連絡するっつったのお前だろ」
「そうだよね。すっかり忘れてました」
「……とりあえず今日どうだったんだ」
やはり怒っていると慌てながら今日の話をする遼介だが、実は久遠は落ち込んでいた。
いろいろ忙しかったのだろうが、まさか自分のことを”忘れる”だなんて。
そんな言葉が遼介から出てくるとは思いもしなかった。
曲がりなりにも二人は恋人同士。しかも付き合い始めて半年と経っていない。
それなのに忘れられるなんて、次会ったら仕置きでもしないといけないかと考える。
もちろん十八禁的な話で。
「っていうわけだから。詠二さん?」
「ん?ああ、聞いてる聞いてる」
「そういえば、恭兄が護衛だとか言って才川さんとこの佐藤さんわざわざ予備校に入らせちゃったんだよ」
「そりゃ災難だな」
遼介の報告が終わり通話を終了させる。
電話が来ず苛々する久遠の面倒を見なくて済むと事務所の面々も安心したが、斉藤は少し違っていた。
「久遠さん、佐藤がどうかしましたか」
遼介との会話で珍しい名前が出てきたため気になったらしい。
「遼介が通う予備校に潜入させたんだと。外見まで真面目にさせてよ、あいつのおちゃらけた外見しか知らねぇから違和感あり過ぎだが」
「へ、へえ〜」
「遼介もトラブルほいほいだから用心するに越したこたぁねぇ」
「そうですね」
そのあとは特に会話も無くかたかたとキーボードを打つ音だけが響く。
静かな水面にずぶずぶと沈み込むように、斉藤は焦りを募らせていた。
――きっと佐藤がたまたま選ばれただけだ。
今回の遼介の護衛の件は、選ばれたからといって出世するわけではない。
若い者だから出来ただけであって斉藤が気にすることはないと分かっていても、前からの自身の問題や周りに置いていかれるかもしれないという不安が増長していく。
どうしたらいいのか分からなくなる。
誰かに相談すら出来ない。
このまま底無し沼にハマって生きていくのだろうか。
平気なふりをして、泣きながらもがき続けるのだろうか。
――どうしたらいいんだろう。
どうしたら。
「アホらし」
自分らしくない悩みだと、余計に滑稽に思えた。
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