平穏最後の日(完結)
9
「あっ」
「大丈夫ですか?」
坂本に相談しすっきりした顔で廊下を歩いていると、目の前の女子生徒が書類の束を落としてしまった。
上履きの色を見る限り三年生だが、見覚えがあるのでおそらく運動部だった人だろう。
受験のため引退した今は当然会わないし、三学期からは自由登校なはずなので三年生を見掛けること自体なくなった。
「ありがとう」
「重そうだから持ちます。先輩今日は部活見に来たとかですか?」
「あ、原田君私のこと知ってるの!?」
「部活の時見掛けたことあるなって思って」
「そ、そうなんだ!ちょっと今日は進路相談で来てて」
「大変ですね、俺もそろそろ勉強本腰入れないとまずいなあ」
バスケ部は男女別れているため、女の先輩と話す機会が無くこうして横に立つことは珍しい。
当然相手もそうなわけだが、名前を言われたということはどうやら自分のことは知っていてくれていたらしい。
「受験勉強どうですか。俺まだ始めたばかりだから要領掴めなくて」
何気なく聞いた一言に、先輩はずん、と沈み込んでしまう。
「うん……結構キてるよ……部活ばっかやってたしねー」
「やっぱりきつそうですね……俺も頑張らないと」
「応援してるね、今の時期からやってれば余裕持てると思うし」
「俺も、応援してます。でも無理しないでくださいね」
「うん」
嬉しそうに彼女が頷いたのでほっとした。
勉強できっと睡眠時間も減っているだろう、少し隈の出来た顔に笑みが戻っただけでも役に立ったと思いたい。
受験勉強を始めたと言っても、さわりだけで塾に通っているわけでもない。
まだまだ部活で忙しい毎日だが、これは本気でかからないといけないと感じた。
「ここだから、ありがとう」
「いえ、失礼します」
進路指導室を指差して先輩が礼を言う。遼介は持っていた書類を渡して手を振って別れた。
「女の人って今まで可愛いと思ってたし今の先輩だって良い人そうだけど、違うこともあるんだよなあ」
先ほどの坂本との話やこの前のことを思い出して感慨深げにため息を吐く。
世の中、目に見えることだけ見ているだけではうまくいかないこともあるようだ。
今までの自分は周りに守ってもらい、大変だと思いながらも実のところぬるま湯の中にいた。
「なんか、何も考えないで生活してた気がする」
久遠のことも受験も、やることは山積みだ。
しかしそれが楽しみに思うことも事実なわけで、あと一年と迫った高校生活を一日一日噛みしめていこうと思う。
「頑張ろう」
やれることは限られている。限界だってある。
でも、やれることは全部やってやる。
まだまだ何もかも始まったばかりだ。
「おーい原田ァ、今日の部活さ」
廊下の向こうから同じ学年の部活仲間がやってくる。
「あ、いいところに。ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「何々」
「部活のあと塾かなんか行ってたよな?」
「え?うん、行ってっけど」
「実はさー……」
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