平穏最後の日(完結)
1
「いいだろ?」
「うう……」
木の幹にもたれて座り込む遼介に覆い被さるように久遠が詰め寄り、追い打ちの言葉を囁く。
遼介の震える肩に、優しく、しかし絶対的な手が意志を持って落ちてきた。
もう拒否することは出来ないと知りながらも、遼介は未だあと一歩の距離が準備出来ないでいた。
「お祭り!?」
今は新年を迎えたばかりの一月。
遼介の想像する縁日が出る祭りを言えば夏にやるものと思っていたが、一概には言えないらしい。
隣町なので少々距離はあるが、そこでは新年を祝う祭りを毎年一月に行っている。
「知らなかった」
「まあ大規模に宣伝はしてねえしな」
近所で配っていたというチラシをぴらぴらさせながら恭介が言う。
特に興味はなかったのだが、この時期に祭など珍しいととりあえずチラシだけもらってきたようだ。
「へー、俺行ってこようかな」
「いいんじゃねえか?隣町なら遠くねえし」
「うん。明日学校で誰か行くか聞いてみる」
許しをもらった遼介は意気揚々とチラシを持って学校へ登校した。
「お祭り!行きたい!」
教室で坂本に提案すれば目を輝かせて賛成するのでチラシを見せたが、それを眺めたあと一気に落胆する。
「うわーこの日用事ある……」
「そっか、ならしょうがないな」
「ええ!せっかくの遼ちゃんが誘ってくれたお祭りなのに!ちょっと他の日にずらせないか調べて」
「いや、悪いからそこまでしなくていいよ!また別の日に遊ぼう」
「うん……残念、ごめんなぁ」
やたらと謝ってくる坂本にこちらこそ謝らせてしまい申し訳ないと感じながらも、そんなに祭りに行きたかったのかと的外れなことを思う遼介。
祭りに行きたかったのもあるが、このところ学校以外で会うことがほとんど無くなってしまった遼介と久々に遊べると盛り上がっていたのが一番だった。
それがまさか恋人が出来たなど思い当たるはずもなく、今度は自分から遊びに誘おうと呑気に考えていた。
遼介は当てが外れてしまったので早く他を当たらねばと、クラスメイトや部活の仲間を思い浮かべる。
何人か誘ってわいわいやるのも良い。
そんなことを思っていたが、ふと久遠のことを考えた。
そういえば新年の宴からまた会えていない日々。せっかくだから誘ってみようか。
思い立ったら急げだとメールを打ち始めた遼介は、例の約束をすっかり忘れていた。
『いいぞ』
「よっしゃ!」
忙しいのではないかと半分期待せずに待っていた久遠の返信は意外にもOKで。
小さく声が漏れてしまう程嬉しかった遼介は、独り言を恥ずかしく思い辺りを見回し人気が無いことに安心した。
祭りは週末なのであと数日も経てば会えることになる。
「なんかすごい久しぶりな気がする」
無事会うことが決まり、携帯を仕舞った遼介は上機嫌で教室へと戻っていった。
もう一度言おう。
うかれているため遼介は例の約束をすっかり忘れているのだ。
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