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平穏最後の日(完結)
6



「すみません。道を聞きたいんですけど……」

あれ、少し前に同じ科白を聞いた気がする。
あのあと部員たちと別れた遼介は、本日二度目の人助けをしていた。

「それなら、次の信号を右に曲がって二つ目の信号を左ですよ」

「あーそうか、有難う御座います! ごめんな、最近引越してきたばっかりでまだこの辺分からなくて」

屈託の無い笑顔を向ける青年は田川守(たがわまもる)と名乗り、先ほどから何度もお礼を言ってくる。
髪の色は茶髪でピアスも沢山の今時なお兄さんなのに、随分と腰の低い人だなぁと遼介は思う。

「高校生だよね? 忙しいのにほんと有難う。良かったらお礼にお茶でもどう?」
「いえっそんなつもりじゃなかったので、とんでもないです。失礼します!」
「そっか、じゃあね」

田川が少し残念そうにしながらも笑顔で手を振る。
遼介も応えるようにお辞儀をして家へと急いだ。


「あんなにお礼言われると思わなかったから、ちょっと恥かしかったな」

遼介にとっては道を教えるなんて、知ってる道であれば当たり前の行為でありあのように感謝されるものだとは思っていない。
ちなみに、お礼の誘いを断ったのは申し訳ないという気持ちが一番なのだが、兄から「知らない人には付いていかない」という言葉をことあるごとに言われているからというのもある。

父のことは最初から知らない、母は何年も前に亡くなった。
その他の親戚については詳しく知らされていないため、遼介にとって兄は今知る限り唯一の血の繋がる家族なのだ。
兄の言うことを聞くのは当然であるし、自分のことを心配してくれるのはくすぐったくもありとても嬉しいことだった。



家に着き、鍵を開けると玄関に見慣れた靴が一足あった。リビングへ急ぐ。

「恭兄、今日早かったんだ!」

リビングには予想通り恭介がおり、ソファに座りパソコンを弄っていた。

「ああ、今日は急ぎのものがなかったからな」

遼介の声で振り返り、優しい笑みを贈る。

「夕飯外に食べに行くぞ」

久しぶりの兄との外食に顔だけでなく態度からも嬉しさが滲み出ている遼介を見て、恭介は心の底から安堵する。
ただの外食であり何か特別なことでもない、つまり遼介は恭介と一緒に出掛けるということに嬉しさを見出しているということ。

その相手が他の誰でもなく自分であるということに、恭介は満足していた。






「お待ちしておりました」

店のオーナーがドアを開け店の中へと案内する。
ここは二人のマンションからほど近いイタリアンレストランで、行き着けの店でもあった。
個室が設けられており、忙しく食事中あまり他人と触れ合いたくない恭介にとっては都合の良い場所でもある。

もちろん、今日も奥に位置する個室へと進む。

「たまには外もいいな」

「うん、ここも久々だね」

料理の感想を言いながら食事をしていると、思い立ったように遼介から気になる単語が飛び出した。

「そういえば、珍しく今日は二回も知らない人に道聞かれたよ」
「へー日に二度なんてな。どんな人だ?」
「えーと、オーストリアの人と最近越してきたっていうお兄さんかな」

ぴくりと恭介の眉を動く。

「オーストリア……女、か?」

そこで聞かれるとは思わなかった遼介だが、すぐに答える。

「いや、男の人だったよ。三十代くらい」

「そうか。そういえばもうすぐ部活は練習試合あるんだったな、部活きついか」

もう興味がなくなったのか恭介が話題を変えてきたため、遼介からも意識は部活へと移っていった。

デザートまできっちりと食べ、遼介がトイレへと立つ。
すると、それを待っていたかのように恭介が後ろに立つ男へと視線を流した。

「最近ここいらで起きた事件で外国人が関わったものがないか調べてくれ」
「はい、承知しました」
「すぐにだ」

言われた男は一礼するとどこかへと電話を掛け始める。


「あいつなら顔を変えるくらい造作ないだろうが、女ではないならおそらく関係ないだろう。取り越し苦労なことを祈るか……」



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