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平穏最後の日(完結)
5



仕事に復帰した園川は、さっそく大城組のシマの見回りに回っていた。
近藤組がまた荒らす可能性があり、事が起きる前に潰さなければならないためだ。
後ろからいつもの口うるさい上司の声が聞こえて、若干眉を潜めるがすぐにいつもの無表情に戻す。

「おい、そっちはどうだ」

「久遠さん、こちらはいつもと変わらずです」

紫煙を撒き散らし大股で歩く久遠は、お世辞にも到底堅気には見えず道行く人たちはそろそろと端に寄ってしまうのだが、その顔は見る人が見れば機嫌がすこぶる良いものだった。

「どうしたんです、気持ち悪いですよその顔」

「鉛の玉打ち込まれてぇのか」

物騒な冗談は止めて欲しい。

園川はため息を落とすが、上司が上機嫌なのはこちらに暴力が向かわないのでこれが毎日続いて欲しいとも思うのだった。

久遠という男は何でも暴力で解決する。
気に食わなければとりあえず殴る、味方も何もあったものじゃない。
しかも、気に入った相手の一番好きな表情が泣き顔だというのだから真性のドSだと周りから恐れられている。

それがどうだろう、ここ数日暴言は吐いても誰も殴っていない。
それもこれもあの少年のおかげなのだろう、と園川たちは心底感謝していた。
その分、仕事先ではいつも以上に暴力を振るっていたが、味方に手を挙げない分そちらに向かっているのであれば問題はない。

園川自身も、ここまで上司を変えてくれた少年に、あの素直な言葉をくれた少年に暖かな感情を覚えるのだった。


「あれ、遼介君じゃないですか?」

噂をすれば、遼介が前の方を歩いている。一緒に歩いているのは友人だろうか。

「そうだな、またそろそろ呼び出すか」
「……変なことしないでくださいよ」
「……別に後ろめたいことなんざしてねぇ。てめぇもまざればいいだろ」
「なっ!!」

そんな会話が後ろの方で繰り広げられているなど知りもせず、遼介はバスケ部員たちと帰り道を歩いていた。



「おーそれでさ、週末部活ねーからうちで遊ぼーよ」
「いーね、DVDでも借りてく?」
「そーっすね。な、遼ちゃん」
「おー! 何借りたらいいすか?」

「Entschuldigen Sie bitte(すみません)」

「うおっ!」
「な、何!?」

会話に夢中になっていた部員たちは、突然の呼びかけ、しかも聞いたことの無い言語に戸惑い固まっている。
声がした方を振り向けば、背の高い外国人の男性が立っていた。
唯一聞き取れた遼介だけが反応する。

「……Was?(……何?)」

日本で外国語で話しかけられるなんて中々ないことだ。 少々緊張して答える。
しかし、目の前に現れた外国の男性はそんな遼介に対し満面の笑顔で答えた。

「Glück!Können Sie Deutsch sprechen?Grüß Gott!(やった!ドイツ語が話せるんですか? こんにちは!)」

気さくにそして安心したように話しかけてきて、遼介の手を取る。
どうやら、ドイツ語が話せる人が見つかって安心したといったところらしい。
おそらく三十代半ばを過ぎているだろうが、親しみやすい話し方をする男だ。

「Grüß Gott.(こんにちは)」

それを聞いて遼介も力が抜け、へにゃりと笑う。
男性は可愛らしく笑う遼介に頬が緩みながらも、今まで誰に聞いても逃げられて答えてもらえなかった質問を投げかけた。

「Lassen Sie mich bitte den Weg zu Tokyo Station kennen?(東京駅までの行き方を教えてくれませんか?)」

「Ach, so……」

一通り遼介が説明すると、お礼の言葉を述べつつ駅へと走っていった。
急いでいたようで、役に立ててほっとする。

「つーかすげえな遼介!」

「ハーフだっけ? 喋れるなんて知らなかったぜ」

おいおい、と先輩たちに小突かれて照れくさく笑う。
いくらハーフで外国語が話せると言っても、高校では英語の授業しかないしドイツ語を話す機会など無い。
そのため、こうやって友人たちの前で話したことはあまりなく、気恥ずかしさを覚えた。


「へーやっぱ普通に話せるんだな」

「遼介君ハーフなんでしたっけ」

会話の内容が聞こえてきたため、久遠たちが興味深そうに感想を言い合う。

「しかも、話しかけた彼おそらくオーストリア人ですね。ウィーン訛りがありましたし」
「……遼介もオーストリアのハーフだっつってた……つーか、てめぇそんなんまで分かるのか。つくづくいけ好かねぇ野郎だ」
「……お褒めの言葉と受け取っておきますよ」

盛大な舌打ちをして遼介たちとは逆の方へ歩き出す久遠。

園川とは何年も仕事を同じくしているが、嫌みな言葉が多く苛々させられることもあった。
しかしそれでも園川の仕事振りは一切の妥協がなく信頼に値するため、性格さえ直せばもう少し可愛げがあると言うのにと思わずにはいられない。

逆に久遠も部下たちから同じように思われていることを知らないでいた。


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ドイツ語から離れて久しいので、もしかしたら微妙に表現が合ってない所があるかもしれません。
ドイツ語ご存知の方いらっしゃいましたら、雰囲気で読んで下さい……!



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