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ローヴェルの猟犬
1ー4 平穏の欠片と憂鬱の微睡み

「…………、……」

 思い出せぬ不快な夢が途切れた感覚に、薄目を開ける。横たわった身体はいつになく重く、そして身体中の節々が軋み痛みを伝えまだ眠っていろと睡魔と共に響かせる。だが、そのまま再度目を浅く、そして深くへと閉じようとした所で記憶を逆送させ辿り着いた現状に微睡む意識を覚醒。

 此所は、クロストと俺の住まいでもある……アパートの604号室。六階の此所は東の平地、ラグアスの街が見渡せる丁度良い位置にある。遠くには薄く、高度都市のランフェルトのビル群と、その中心に巨大な機械の幹の頂上に巨大な平たい円盤の傘を乗せたような、超級管制塔でありその他諸々が複合した超巨大建造物のミモザが聳え立っているのが窓ガラスとベランダの柵の隙間に見えた。

 目を開き巡らせ視界に捉えた風景を改めて認識。自身の白い三角の耳を立たせ聴き入れた声は、楽しそうなクロストの声と……クロストの彼女のフレイラの声。茶色と黒の犬族二人で仲良く尾を揺らし台所に立ち何やら会話しているのだが、クロストの茶色い毛並み持つ腕が相手の背を通り腰にゆっくりと回され……そのまま下へ、尾へと辿り着けばその根本で指を回しそのまま、更に奥へ──と行こうとした所で金属の板が秒速100kmで衝突する効果音と共に茶雑種の犬獣人は綺麗に真後ろへと倒れる。そこで振り向き俺に気付いた綺麗な黒い毛並みを持つ、レトリバー種の犬族のフレイラはフライパンを持ちながら俺へ苦笑いした。が、俺に改めて気付いた彼女は驚いた表情をしフライパンを投げ捨て、被せられた毛布を退かした俺へと駆け寄る。投げ捨てられたフライパンがクロストのマズルに直撃した事は言うまでもない。

「ロッド君、だ、大丈夫なのっ!?まず、えぇとっ!……深呼吸してからフルネームで名前をっ!」

 ただ起きただけであるが、そこまで心配、確認される程の重傷だったのだろうか。記憶を手繰り寄せる。黒い記憶。確かに、腹を巨大な刃が貫通した重傷。だがそれを行った者を理解。そのまま死ねば、良かったのか……それは悪い冗談か、それとも。
 結局、生き残っている。深呼吸の代わりに溜め息を吐けば上体だけを起こして、無駄な心配を掛けぬ為に答える事にする。

「……アードロッド。アードロッド=エルバルト」

 自身の名を再確認する。ただの、アードロッドではない。エルバルトの家名。アードロッド=エルバルト……名を共にしてくれた者を想う。自身を串刺しにし、今相手に酷く心配させた原因、偽物。
 俺に残る、二つの形見の内の一つ。

「わ、私が分かる?生きてる?三途の川とかそういうの渡ってないよねっ!?」

 相変わらず険しい表情をしていた自身を相当心配しているのだろうが、それが迷惑で仕方無い。一度相手に視線を向けてから、窓の外を眺めて口を開く。

「……貴女はフレイラさん。死んでたら話せてない。いつ死ぬか解らない此所が三途の川みたいな所だし、此所に生きてる時点で前世の俺が渡ってる証明」

 全ての質問に溜め息混じりに、事実のみを伝えて俺は立ち上がる。上半身裸。魚の形にくり貫かれた金属の小さなプレートのネックレス……もう一つの形見が付けられている事を確認すれば、クロストもこれだけは外さなかった事に感心して、そして安堵。そこで気付き、自身の腹を指でなぞれば……毛が一部抜け落ちており、そこに目をやれば、腹の中央に体毛の存在しないラインがあり、肌が見えていた。少し、ショック。

「あ……その、治すので邪魔になるから、剃った……から、その」

 フレイラが申し訳無さそうに俺へと頭を下げる。が、この不機嫌を投げ付ける相手は目の前の者でもないだろう。かといって、医者でもない。しくじった自身が、何よりも悪いのだ。自業自得と言えよう。
 それでも、まだ過去を引き摺っている俺が憎い。そして……仕事と割り切る為に切り離そうとし、忘れようとしている自身がもっと憎たらしい。

「治療では当然だ。この程度で済んで良かったと思っている。……治療費は?」

「それが……」

 言いにくそうに口ごもり、一度気絶しているクロストへと視線向けると、俺へ耳打ちし。そして俺は、片手で髪を掻き上げる様にしながら天井を見上げた。そしてその手で目元を覆う。長い息が溢れた。

「………………報酬から引いて、お小遣い分かよ」

 責任があまりにも重い。このお金をクロストの去勢か脳の摘出手術に回してやれば良かった、という冗談が浮かんだがそんな事を言える雰囲気でもなかった。
 確かに、相手は高額の金の札が付いた首ではあったが……これでは、俺が足を大きく引き摺っている。一番弱いのだから仕方無い、では一切済まないのだ。確かにこの辺りの猟犬共とは、基礎戦闘に関する知識も俺の方が他の奴等とは一枚上手な自信はあるのだが、アルケオスと関わればその経歴も一切の無意味。更には猟犬の血を継いでるか否かの話の所、猫獣人が出てくる土俵ではないのだから尚更。種族のせいにはしたくはないが仕方無い部分はあるのだろう。筋力も体力も持久力も精神力も根底から違うのだ。何が勝り何が劣っているのか、正確な事は知れないが……今までの世界の歴史が優劣を暗に語っている。

 台所から声がした為にそちらの方へと視線を向ける。

「あ、起きた?良かった〜。丸一日寝てたから、死んだと思ってたよ」

 あいたたた、と呟きながらフライパン直撃した額をさする茶色の犬族は、俺へと苦笑いを向ける。一部始終を見ていたからハッキリ言えるが、自業自得だ。それでも俺は、勝手に殺すなという言葉を飲み込み、そんな相手にばつが悪そうに視線を背けてしまう。

「……俺の治療費で、吹っ飛んだだろ。金。……済まない。下らない事で、」

「あぁ、吹っ飛んだのは一匹分。フレイラには話してなかったけど、一匹目の元々私達が賞金目当てで討伐しに行った分が完全に消えたが、ガルアス山脈地方辺りで暴れ回ったアルケオスの分が別として振り込まれた」

「………どういう事だ?」

 俺は疑問の視線を向ける。

「散々暴れ回った一匹目は行動せずにその可動範囲のみを攻撃する、厄介と言えば厄介だが局地的な混沌だ。けれども、二匹目は散々街を破壊しながら偶然私達の所に降り立った。攻撃性から、賞金が上乗せされた丁度そのタイミングで私達が狩れた。結果として、一匹目のは無くなったが、賞金は私の予測した以上に手に入れた。説明終了ーっと」

 しかし視線を落とす。それでも、一体分の賞金が消えた事には変わり無い。アルケオスの被害状況の速報と賞金を見て駆け付け、その賞金が手に入ると思っていたとして、その時の金額以上手に入れたとしても……もう一体分はあった筈だった。何よりも、あんなものでやられた事が自身の中では一切自己完結出来ていない。

「まぁ、深く考えるなよ。良いって事だ」

 だが、拗ねるように頬を膨らましたのはフレイラだった。

「クロストー、また私に黙ってそういう……。というか、前々から思ってたけど、"私"って一人称どう考えても合わないから、せめて"俺"とかにし……」

 その言葉を止めたのは、クロストがポケットから眼鏡……明らかにレンズの入っていない伊達モノを取り出し、装着。中指でブリッジをずり上げ、

「"私"の推測から言えば──」

──だがそれは一瞬で粉砕。ポケットからフレイラが取り出した硬貨が亜音速でそのブリッジに衝突すれば中央から破砕、真っ二つに破壊し……そしてクロストは、全ての気力を失ったかのように膝から崩れ落ちた。一つタイミングが遅れ、鼻から血が滴る。

「……そういう無駄な小道具が用意周到なのがムカつくのよね…。あ?…その、私の必殺技は記憶から消しておいてねロッド君♪」

「は……はい」

 俺の完全に引き吊っている表情を……通称"鬼殺し"の表情で一瞥してから、笑顔へ刹那の間に切り替え人差し指立てて首傾けウインク。全然可愛くない、というか、恐ろしさを覆えてないし補えてないですフレイラさん。

「……フレイラ。私達は、本当に恋人で良いのでしょうか?」

「自分の心に聞きなさい」

 鼻血が止まらない為に上を向きながら立ち上がったクロストは小さく呟き、しかしフレイラは垂れた黒い耳をピクリと動かせば速攻でその台詞に突き刺さる言葉を。確か……クロストのしつこいナンパとアタックに折れ、交際しているらしいのだが……彼は現状の様になるとは思いもしなかったのだろう。アルケオスをも狩る猟犬が虐げられる姿は見ていて面白いのだが。
 しかし、今日はそれすら抜けている。透き通っている。正面から受ける事が、出来なかった。
……昨日の影響だろう。

「出掛けてくる。上着は?」

「お、丁度良かった。フレイラとイチャイチャしたかったから御使い頼もうと思ってたんだ」

 俺の言葉にクロストが御使い頼みたかったのだと言えば、その間に挟まれた言葉の為に俺の横にあった目覚まし時計がフレイラによってクロストへと投げ付けられる。流石にそれは異常な響く音立てさせながらも右手で受け取るが……左手に時計持ち変えて、右手をぱたぱたと扇がせる。痺れた様だ。

「……俺は俺の行きたい所に行く。御使いなら、いつものレインさんかイサナに頼んだら。」

 俺は言い切って立ち上がる。申し訳無い気持ちは無い訳ではないが、それ以上に心にどす黒い感情が張り付いていて。相手は答えなかったが視線巡らし見付けた、壁に掛かった深緑のシャツ手に取ればそのまま袖を通して、簡易テーブルに置いてあった二本の棒、その二つのカトラス兵器をホルスターへと収め、腕時計型のPDAを装着し玄関へと向かう。

「レインは……ちょっと用事が。イサナは非常連絡以外をマナーモード指定にしてるし、私でもそこまで非常識な事はしたくない。非常だけに」

 茶化す言葉に聞き入れる耳は無い。俺は靴を履き、その言葉を玄関を明け外へと出ながら振り向き、

「なら、あんたが行けば良い」

 そう言って、閉めた。


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あきゅろす。
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