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ローヴェルの猟犬
1ー2 引き裂く牙の群

「ほら、もうちょい攻撃集中。というか攻撃は最大の防御とかそんな雰囲気だから兎に角叩き込め」

 片手で軽々と大型兵器の引き金を引き放つ、黒いコートを纏った茶色の犬族は相変わらずに暢気な声と表情で命令。俺は耳を畳んで地を蹴り一気に加速。真後ろの地面に巨大化された昆虫の大顎が触手の尾を引き貫く。俺を捕えられず地面に突き刺さり身動き取れぬ大顎にイサナが駆け、そのピンと張った触手に飛び乗り僅かに沈み、そこから弾性エネルギーを加え跳躍。敵の真上へと跳び、攻撃の的にされる。
 イサナはアルケオスの真上で膨大なエネルギーを自身の武器、2.5mの巨槍ヴィルグナへと供給。莫大な冷気を生み出し空気を凍てつかせ……殺戮生物を絶対零度に封印し徹底的に殺す禍々しき漆黒の巨槍が咆哮を上げようとする。知識を持つ白き混沌アルケオスはその一撃による危険性を判断、何十本もの奇怪な頭部が生まれる触手をその光へ、食らおうと襲撃する。
 が、防御が手薄になった樹の側面から生える触手を俺の剣が根刮ぎ斬り飛ばす。反対側の側面の幹をクロストの大口径レーザー砲の蒼き粒子の帯が消し飛ばす。そして俺がその場から迅速に離脱。

「無駄だよ。お前は無意味に殺し過ぎた。──凍えろ」

 茶と青の眼が細められ引き金を引き絞り巨槍が割れる。そこに蛇の頭が、昆虫の顎が、人の頭も魚の頭も、幾つものアルケオスの食らった生き物の頭部が更に絡まり食らおうとしたその瞬間──閃光。
 轟音。指向性を持たせた高威力の死をもたらす冷気と拡散した氷矢は、触れていた頭部や触手を一瞬で氷結させ次の刹那には細い氷の矢が貫通、貫き翡翠の光を反射する氷の彫刻の本体へ一直線に放たれる。しかし地面から突き出た形をしたアルケオスがその巨体を氷の矢から逸らそうとして、しかしその冷気が飲み込む。

 イサナの扱う巨槍……ヴェルグナは、相手を絶対零度の大気により表面から内部の血流までを全て凍え付かせ、更にその造り出した氷の彫刻を削ぎ落とし貫通させ粉々に砕く氷の矢を放つ二段構えの対アルケオス用殺戮破壊特化カトラス兵器だ。そう何度も連続で扱えない事が欠点ではあるが、一撃はあまりにも凄まじい。
放出地点から落下しつつもイサナは引き金から一切指を離さず黒き巨槍を向け、対象を停止させようとする。

「相変わらず、私のギャグの次に凄い氷結攻撃だな。ロッド、取り敢えず……」

 クロストの言葉の前半を無視して、後半に耳を傾ける。引き金から指を離したイサナの着地と同時に柄を確りと握り、相手を見据える。
 質量を一気に凍結、破壊され斜めに傾いたアルケオス。しかし凍結部位の地へ落ちた際に生まれた耳障りな破壊の大合唱の中、突然にアルケオスは形態を変える。千切れた部位を引き寄せそれが螺旋状に絡まり、根本が千切れてコアの存在した部位の左右の、紫色の血管浮かばせる白き肉が無理矢理引き伸ばされ幾つもの穴が開き、その穴から鳥の翼が流れ溢れ出る様に産まれる。中央に線が歪に刻まれたかと思えば、それは上下に粘液の糸を引きながら開き……巨大な眼となり忙しなく辺りを見回す。
 アルケオスは他の生き物の性質と質量を取り込み複合させ改変する生き物、否、兵器だ。人の多い所でそれらを大量に吸収する為に大木の姿を持っていたが、どうやら此方に対する最善の構えではなかったようだ。つまり、現在の状況に対応する為の形質変化が引き起こされ……よって、厄介な事に繋がる気がする。

「……集中砲火とか、した方が良さそうだね」

 その翼を羽ばたかせるアルケオスを見ながらクロストが呟く。無表情にグラドニカルを向け、白き球体に多量の翼が付いたような異形へと瞬時に凝縮させ放たれた蒼き光の帯が貫く……筈が、翼を翻し対象は唐突に軌道を変えて回避。

「逃がすかよッ!」

 既に準備していた俺も顔を上げて、敵を捉える。親指でその武器を構成している本体、カトラスを操作。小さなホログラムが展開表示され、項目が幾つか並ぶ。一つを選択し、トリガーを引く。
 両刃が浮かび上がり、スライド。熱を吐き出し大気を歪ませる。緑色の目映い光を放ち、膨大な熱を生み出し排出するそれに右腕が焼かれかねない。カトラスの底から赤き線が延長され質量を持ち、新たに長い柄が構成される。俺はそれを両手で掴み、右下へと。
 視界ではイサナが崩壊したビルの側面を蹴り上げ、隣のビルの上に着地、そこから駆けて足を弾き給水タンクに足を掛けて更に跳躍、アルケオスの真上から紡いでいたエネルギーを放出。放たれた凶悪な破壊の力は、黒き槍の中で構成された最速の氷槍。その空間を震わせ貫き、大気に白き軌跡を残し姿すら視認させずに放たれた凍わす死の力は、アルケオスには当たらなかった。新たに産まれた眼によるイサナの槍のベクトルの向きの視認だけで、発動前に翼を大きく羽ばたき真上に緊急回避をしたのだ。だが、緊急が何度も続く程アルケオスは出来ていない、筈だ。
 俺は両手に力を込める。地面のアスファルトが溶解され瓦礫がめり込む程に剣の先には熱が生まれ、これ以上は明らかに持っている此方も限界だった。だが、その限界まで引き出した熱こそが、最大の力。

「──消ぃ、えろッ!」

 一閃。トリガーを思いっきり引きながら右下から左上へと切り上げる。それは届く筈もなく空間を緑の残像残し斬り裂くだけだが、その裂いた位置から生み出され放たれたのは、翡翠の刃。膨大なエネルギー塊、目映い光の刃がアルケオスとの空間を高速で一気に突き抜け目に焼き付き残しながら着弾、貫き破砕。白と紫の液体を沸騰させながら眼を両断し散らし、白い肉片やら紫の血やらが降り落ちる。着地したイサナがその範囲から離れて、眺める。上下に両断されたが、まだ存在していた。その間を繋ぐ紫の血管と、禍々しい真紅、血のような赤が。
 だがその防御も回避も出来ない、再構成され始めている赤へと蒼いレーザーポインタにも見える光が照射される。急速に巨大化。耳に響く轟音と共に極太の蒼きレーザー砲、グラドニカルの破壊の奔流が存在を飲み込む。長く、その存在を完全に消し飛ばすかのように。
 その帯の元を辿ると、片手でその兵器を制御する……耳が三角に立った雑種のレトリバー種の犬族、クロスト。そしてその横、あまりにも巨大で大掛かりな砲身と高額な医療機器思わせる様な発射機関の為に姿すら見えない、もう一人の人物。

「レイン、準備OK?」

「充填率100%オーバー。爆死したくないので、早くグラドニカルを停止させて下さい。照準誤差無し、丁度良いタイミングですね」

 クロストは不服そうな顔で、「アルケオス丸焼きレシピ……」と謎の言葉を呟いたが俺は無視。引き金から指を外し、グラドニカルの蒼き光が収束し熱に歪んだ大気の中、粒子は消えていく。

「仕方無い、私も体毛をパンチパーマにはしたくないからな」

「パンチパーマで済めば、貴方の真横で幾らでも誤爆させてあげてますよ。というか、自身の安全が保証された上での自爆スイッチを取り付けます。……あ、もう撃って良いですよね。トリガー」

 白銀の毛を持つ犬族、レインが居た。下らないやり取りが左手のPDAから丸聴こえ。その蒼き光の巨大な帯が収縮し完全に消えた刹那、耳を貫く炸裂音が夜空に響き渡る。線香花火の音を極限まで大きくしたらそんな音が聴こえるか、放った銃撃による紫電纏う砲身の余韻が耳に響く。一瞬突き抜けた突風に俺の白い体毛と髪が靡いた。
 赤は、液体を中央の前後から噴出し一瞬空中を停滞したが、重力に引き寄せられるかのように落下し、鈍い音を響かせた。
 あまりにも大掛かりな構成過程を持つ反面、人が当たれば即死所で済まない貫通力を誇るリニアキャノンの二本のレールから超高速で撃ち出された弾丸は、アルケオスを綺麗に貫通していた。

 赤い液体を噴出し続ける赤き球体へと、静かに近付く。完全に死んだか、確認を取る為に。両手でグリップを握り、トリガーへ指を掛けて歩み、警戒し耳を畳み目を細め歩み寄る。これで死んでいなければ……俺が、

「────ロッド!避けろッ!」

 その声に、俺は避けることをせずに振り向き素っ頓狂な声を上げていた。

 衝撃。

 危険信号が逆に仇となり、何か巨大なモノが丁度アルケオスの屍へと降り落ちた。天からの襲撃の轟音と砂埃に巻き込まれる。噎せ込みながら俺は薄目を開けて前へと視線を向け、そして飛び退いた。俺の居た場所には巨大な、白き鋭利な鎌が突き立っていた。それはカマキリの様な、生物的な鎌であった。
 見上げる。そこには、もう一匹のアルケオスが存在した。蜘蛛の様な多脚の先に巨大な鎌を作り出し、そして脚と脚の間に幾つもの複眼、それも、全てが全て、別物の、各々違う生き物の目がグルグルと視線を廻らしていた。が、それが一点に、俺に、集まる。

───視線が、合った。

「レイン、集中砲火だ。面倒な事になったぞ…同種の捕食に来やがった。……ロッドとイサナは散開と攻撃ッ!」

 クロストの声で意識を戻され、刹那。アルケオスの右半身がレーザーに飲み込まれ揺らぎ、体の中央であろう部位を貫通するリニアキャノンの弾丸、そして左半身にはイサナの氷の矢が放たれて膨大な冷気を散らす。そして、俺が目の前の鎌へと、トリガーを引き切りながら右下から左上へと振り抜き、熱した断面を晒しながら切断した。
紫の血を噴出するアルケオスは、酷い有り様だった。右半分は全体的に削り取られ細く、強い骨格のみが残され、左半分は氷の矢が幾つも貫き突き立ち滴らす紫の血を凍結させ、中央には風穴が穿たれていた。
距離を置いた俺とイサナの警戒中、後ろでエネルギーの収縮する音。

「更に追撃。手を休めるな」

 その声に、誰もが手を止めていた事を改めて理解する。まだ、死んでいない。イサナが巨槍から冷気の地へ落ちる煙を排出、まだ時間を置く必要があるが構わずに淡い緑の光を充填し始める。レインは弾薬を装填し改めて狙いを定める。同族の捕食、と言ったが、その共食いはデータをそのまま取り入れる事が出来る故に、二倍の力を得る事となりかねない。これ程、油断してはならない事態も無いだろう。

 が、それは跳ねた。捕食以上にダメージの蓄積を恐れた為か、全ての足を弾き跳び上がる。着地地点は、クロストとレインの居るビル。崩壊する巨大な音と粉塵に飲み込まれ、電力が供給されていた多重のケーブルが断絶、火花を撒き散らし更にガスに引火。爆発の赤き渦に飲み込まれる。最低限の生活空間が存在するビルが一気に破壊された為に起きた災害の中、残された俺とイサナが叫ぶ、が、一瞬その高く立ち上がる砂煙の中に蒼白い光が浮かび上がり、天へ大気を切り裂き吹き飛ばしながら突き抜ける。

「やっぱりパンチパーマは勘弁ですっ!貴方だけ残ってくださいッ!」

「いや、今ならアルケオスの刃によるカットも付いてくる。漏れ無く手足も切断サービス。君が残れ」

「ちょっと、ギャグで済みませんしっ!」

 一瞬粉塵の中に影が映ったと思った刹那、それを大きく切り裂き巨大な鎌が現れる。更に突き出され降り下ろされ振り抜かれ、しかし未だに言い合いは止まりはしない。更に音が。響き渡るのは銃弾の高速連続発射された音と、銃口のマズルフラッシュ。薬莢の落ちて響く綺麗な鉄の音。
 大気を切り裂く鎌の下から抜け出して現れたのは、二人の犬族の姿。茶色い体毛の赤い尾…クロストと、白銀の体毛を持つ深紅眼…レインだった。
 二人は各々の兵器を構える。クロストは、カトラス兵器である高出力レーザー砲・グラドニカルを。レインは、カトラス兵器ではないがそれでも現行兵器では並外れた戦闘力を有する、細長い板の様な独特の形状を持つ……レールガンとサブマシンガンを限界のスペックで融合させた最新型の銃・RMG-SC80を。

「散髪代を浮かせてみよう。先ずはレインがお手本。頭髪だけでなく体毛も削ぎ落とされる他、」

「はいはい。言いたい事の先が解ってるので言わなくて結構です。そもそも僕達は後衛であってですね……詰まる所、出来ればロッド君かイサナ君に頼みたいんだけど」

 そのレインの言葉に、俺とイサナは顔を見合わせた。やはりお互い怪訝の表情であったのだが。
そして、丁度巻き上がっていた砂埃は消滅した。

 異形なる物の眼が蠢き、そして平等に各々へ視線が散った。俺と、イサナと、クロストとレインへ。

 それが戦闘開始の合図となった。


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あきゅろす。
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