[携帯モード] [URL送信]

ローヴェルの猟犬
1ー1 猟犬の名を借りた白猫

 靡く白き体毛。尾を揺らし耳を伏せながらも切り抜ける人混み。悲鳴。
 俺は記憶に残る商店街を駆け抜け、左手首に着けたPDAを起動、ホログラムが展開され検索…指で下にスクロール、目的の人物名で停止させ、呼び出す。四回目のコールで繋がり、小型スピーカーから銃声やら爆発音が耳に響く。左耳では確かに他の場所で同じ音を入れた為に、近くだろう。

「優勢、劣勢どっちだ?」

 小型マイクに声を落とす。一世代前になれば一般人は、腕時計に語り掛けるような異様な者に奇異の目を向けていただろう。そも、殺戮生物から逃げる途中の人々が此方に目を向ける暇さえないからそれはそれで良いのだが。

『前衛一人だけじゃ明らかに劣勢。今更どうでも良いけど、ブリーフィングの対応距離の時点で大間違い……ッ、化け物……白き混沌如きが』

 ノイズ混じりの、まだ少年とも聞こえる彼のその声と銃声を聞きながらも俺は息を荒く吐きアスファルトを大きく蹴り全速力で駆け抜ける。丁度角を曲がった所で反対から来る避難途中の犬獣人の肩にぶつかり前のめりになって転びかけるが謝る暇すら無い。

「それはクロストに言ってくれ」

 忌まわしき13区。この商店街を突き抜けるのは意外と呆気なく感じたのはある。だが、それは過去の話で。
 舌打ちを一つすると俺は再度左腕を口の近くに持っていき端末を開き、問う。

「っと……兎に角、AーD14区に向かえば良いんだろ?俺が加戦して──」

『──出来る限り早く頼みます。今回のは面倒……。奇怪な混沌とは聞いていたけど、僕の武器では効率の問題上……ッ!?』

 建物の壊れ崩れ道路にコンクリート片が散る音と共に、遠く視界の先の道路の脇から一人の犬獣人が吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。歯を食い縛り先を睨み、尖った黄褐色の耳が突き出た白いニット帽をずり上げると彼は……次には右手に持っていた細長い機械的な薙刀を粒子と化させ消し、その手に残った棒状の機械を腰に納めると次には左手に持つもう一つの同じ物が赤い光と共に……新たに巨大なランスを構成し突撃。ダッフルコート靡かせ視界から消えた。
 辺りから見れば、兵器を消したり出したり出来る訳だから、魔法使いか何かにでも見えるだろうか?俺はそんな事を思い苦笑いを浮かべつつも全速力で駆け、

「今お前が吹き飛ばされたのが見えたから直ぐに着く」

 そこで俺は端末を閉じて、そして駆けながら右腰から棒状の機械……灰色の無機質な兵器を取り出す。一見すれば、何らかの機械の部品にすら思われるその機械の棒の電源を入れる。異常無し、起動可能。
──戦争の無い平和な国。その筈が、こんな化け物のせいで…。

 この化け物の登場で見事に利益を被ったのは、高度兵器産業のみだ。最先端化学・光学兵器専門のレイフェル、戦禍の最中からの古参メギドアームズ。そんな馬鹿げた殺戮会社が何れ程、威力──化け物への殺傷力の高い兵器を作れるか──で争っている。それを高額で軍、そして俺達に配備しなければこの国がオシマイになってしまうのだから、理不尽で仕方がない。
 だが、そんな力でもコイツらを殺せるなら……。

「腐ってやがる……。憎悪が金になるなんて、な」

 右手に持った、先程の者も持っていた棒状の、カトラスと呼ばれる機械の両端が開き、赤い光が放たれる。俺はそれを横に向け、光は線となり空間を直線……垂直へと機械的に蠢き次第に長き剣とそれに見合う柄を象り、それに従い棒状のカトラスの元の方から灰色に塗られる様に質量を持たせていく。そして、先端まで全てが灰色となり……無機質な長剣が完成する。
 それは刃渡り約1.3m程、幅10cm程の黒灰色の剣身、淡い緑を放つ両刃の長剣。
 その剣のグリップの直ぐ上の、刃が及んでいない背へと透明な筒状の……バッテリーとなる化学物質の入ったシリンダを装填。化学・光学兵器専門、レイフェル社の特注品……長剣ルラクレスのトリガーを人差し指で引き、起動。その両刃は淡い緑色の熱を帯び、大気を歪ませる。

 銃声が聴こえ地面の衝撃が伝わる。俺は駆け、その角を左に曲がり……。

 何度目かは知り得ない。知りたくもない。次に見える光景は赤い水溜まりと肉片だろう?
 命を助ける事は出来ない。来た時にはいつもこれだ。 所詮、俺は餌に群がる野良猫でしかない。

───だがそれでも、俺は。


……この国は混乱の最中にあった。
 生活も、政治も、物々の循環も。全ての地盤が緩んでいる。確立されたものは、ほんの一握りにしか過ぎなかった。
 隣の国との大きな戦争での勝利の後に訪れたのは、権力の全てを……兵器を提案、開発し量産した企業が手にしたという事実であった。完全な武力国家、いや、国家すら存在しない。強さこそが道を開けると謳う、アンバランスなただの企業集団でしかなかった。抵抗する国家も、企業が軍事力と政治力を兼ね備えてしまえば無意味になるのも時間の問題だった。
 そして現在。与える者と、受ける者……それだけが存在するだけの国へと成り下がったのだった。

 それが、俺達の国……ローヴェルの姿だった。

 表面上の安定を保ったまま、流されるままに生活を営み、仕事を与えられ行えば硬貨を手にし、生きる為の物を揃える為に使う。単調で完全なバランス。だが歪な完全そのものだった。


「──っぉおおおおおおッッ!」

 崩れた壁面や崩壊した建物を乗り越えて飛び出したその目の前直ぐ……幾本もの触手の様な白き、そして紫の血管が浮き出た様な物体が高速で蠢いていた。それを落下の際に長剣を大振りに振り下ろす事でその物体を焼き斬る。狙っていた訳ではないが奇襲は成功。俺は地面に付いたと同時に回転して受け身を取る。

「遅いぞロッド。残り物には別に福があるとかそんな縁起を私は望んでな──」

 その声に、長剣ルラクレスを持ち上げて見上げようとし……影が真上で束なり合うものが視認出来、俺は真上を、

「──避けろッ!」

 途切れ、そして叫び声となった声は刹那、真上からの閃光と轟音に掻き消されて空間に消えた。
 自身の辺りに散り落ちるは凍てつき落下と同時に粉砕させられた物体。それは先程焼き斬った物と同じで、それが真上で瞬間氷結、破砕したのだ。そうして、後ろへと目を向けると……。

「……状況を判断する前に突撃を仕掛けるのは、良くは思えない。死にたい訳じゃないよね?」

 俺は真っ白い尾を翻して振り向く。そこには白いニット帽を被り、茶のダッフルコートを着た黄褐色の体毛のコヨーテの犬族の男が……先から冷気の煙を地へと滴らせる全長2.5m程の巨大な灰色の槍を構えていた。その槍を先端から手元まで二つに分割する隙間からは翠の光と煙が溢れる。茶と青のオッドアイの瞳が俺を見下ろしていた。
 きっと、彼が助けてくれなければ先程の避けろとの声に気付けても生きていたかどうか、それすら不透明だ。こんな化け物と戦う俺達は防具の一つも纏っていないのだから。

「……イサナ。すまない、助かっ──」

「──礼ならクロストに言って。元より、君が避けていれば良かっただけの事だ。……だから、ただの賞金首より質の悪い"白き混沌"は……っ来るよ」

 俺は再度正面を向く。目の前の化け物……アルケオスは他の生物の機関から吸収して自らの物とした蜘蛛に似た複眼を此方へ向け、蠢く幾本もの触手の先端から、更に新たな触手を形成し生み出していく。植物の百年間の成長を1分に凝縮した映像でも見ているような奇怪さがあった。
 今回のそれは、地面から這い出した様な、異様な姿を魅せていた。純白のそれに浮かび上がり微動する紫の血管が表面を走るそれは、恐らくは植物……樹を模した姿。


……この混乱の世界には、もう一つのテイストが加えられていた。アルケオスと呼ばれる生体兵器が研究中に暴走し、研究所を破壊しこの国に現れた。国に猛威を振るい街の一つなど、対策が無ければ軽く壊滅に追い込まれる。そして……強化されいく。
 白き混沌という名の通り、コイツも姿でそれを表している。植物の大木の姿ではあるが、その枝に実るのは幾つもの生き物の頭だ。それを触手として伸ばし、此方を攻撃してきている。取り入れたモノをコピーし、継ぎ接ぎに、あるいは等間隔で並べ、複製したり、統一したりと様々な形を見せている。
 目の前の混沌は……木を元とし、様々な頭を鉄槌として降り下ろして来ているのだ。


 俺は長剣ルラクレスを右に振り抜いて大気を熱し斬り……翡翠の残像を引きながら構え、熱に歪む刃の手前から敵の動きを読み攻撃に備える。
 その刹那、正面から空気裂く音と共に此方へと急加速し向かうのは、牡牛の頭。巨大化され、そのまま復元されたそれを受けるとなれば即死しかねない。幸いにも幾ら加速しようが、大きさにより簡単に視認できた事から左へと足を弾き回避、同時にその長剣の柄を反転させて遠心力伴わせ……翡翠の軌跡を残しながら本体と頭を繋げる触手を断ち切る。その後に残った、地面に衝撃のままにめり込んだ頭は放置し……本体の方へと駆ける。
 そこで、その白き混沌アルケオスの幾本もの触手蠢き守る幹へと、僅かに位置をずらして貫く小さな蒼の光。それは小さな穴を開けて照射され……一気に出力上昇。巨大なレーザーが右半分の樹の幹と枝、大量の触手の根元を消し抉る。触手の先は俺やイサナを狙い新たに昆虫や甲殻類の生物の頭や大顎等と巨大化させ形成し始めていたがそれも根元を喪い空中から朽ち落ちて地面に液体として溶け消える。

「よ〜っし、ついでに抉り出せた。コア発見……レイン、狙撃準備っ。ロッドは援護でイサナは手負いのコアを仕留めてくれ」

 それ程大きな声でもないが、その暢気さが入った声はその場の者の耳には届いた。俺達の、サーベルス猟犬自衛団の団長の声が。

 先程の巨大な二本のレールが破壊の象徴を思わせる大型のレーザー兵器、グラドニカルを扱う茶色のレトリバー混じりと判る雑種の犬族の男……クロストは三階建ての商業ビルの上から更に攻撃予測して、鋭利な触手が振り下ろされるその目標地点との空間に極太の蒼きレーザー砲を放ち、振り下ろされたそれは光の中で蒸発して消える。完全に敵の攻撃を予測し、遮る。その合間を縫い更に駆けて距離を詰める。


……アルケオスには生命を維持し動かす中枢、核…コアが存在する。それを初めて確認する事が出来たのが、このサーベルス猟犬自衛団であった。
 指名手配犯を追いその懸賞金で生計を立てていた表向きは自衛団である賞金稼ぎのサーベルス猟犬団。猟犬の名に恥じぬ実力を持つその者達が目を付けたのが、最近猛威を振るうアルケオスだった。そして、多くの犠牲を出しつつも唯一、一般兵器を駆使しアルケオスを殺す事が出来た組織。
 今、初期からのメンバーは二人……クロストとレインの二人だけではあるが、今でも賞金稼ぎとして、犯罪者からアルケオスをも狩っている。

 犯罪者の思考や手口の裏を掻き足元から崩す事もあれば、無計画に力で終わらせる事も。しかし単に、犯罪者が相手なら同じく人類、数と実力次第で幾らでもなる。
 だが、化け物だけは例外。数と実力で排除出来るような簡単なものではなかった。……弱点を、中枢を見付け出すまでは。

 体の全てが白い解析不能の肉で出来ていると思われていたが、多量の爆薬を埋め込み破壊した時に赤い球体が僅かに覗いた。そこへ兎に角ありったけの火薬、爆薬をぶちこみ……強引な手順ではあったが、その赤き球体を狙い破壊する事によりアルケオスの機能は停止するという事を知った。唯一、弱点を知る組織として存在したが……武器に乏しく、更には同じアルケオスだとしても個体の強弱にあまりの差があり、多くの殉職者が出た事も事実だ。対アルケオス用の兵器が開発されるまでの間、それでも街を守る為に指揮を取り立ち向かったのが、赤い尾を持つ犬族……クロストだった。


 その猟犬の指示の元に俺は三角の耳を畳み走り抜けて、鉄骨剥き出しの瓦礫……坂のように傾いたビルの壁面を直進、そのまま加速し末端で足を弾き右下から振り上げて頭の上から背の方へと剣身が傾き、トリガーを引き切る事でそれが赤熱……ではなく、緑熱。淡い翡翠の光が両刃の長剣の刃を覆い、大気を熱により揺らめかし加速した体のまま宙に浮きベクトルのままに突撃を仕掛け、喉の奥から大気震わす掛け声と共に降り下ろし太い枝を両断。更に無理矢理腕を振るい斬り返し、切断し切れなかった頭部の追撃を斜めに斬り裂く。紫の血飛沫を散らし断面の先は溶解しながら堕ちて逝った。コアから分離した部位は直ぐ様意味を無くす。弾丸として組織を作り替えアルケオスが意図的に分離させ放った物は例外ではあるが……切り落とした後は警戒の必要は無い。
 俺の行動を予測して動いてきた他の様々な殺戮の頭部を持つ触手は、コアを剥き出しにしたままを保つためのレーザー砲に巻き込まれて死滅し、残った三つの巨大な頭はイサナの的確なランスの刹那の一突きによる翡翠の閃光……宝石屑の様な細かい氷を散らしながら高速で生み出され放たれた三つの長い氷の矢がビルへと縫い付け紫の飛沫を散らす。
 広範囲攻撃ではコアを殺すには火力は十分じゃない。それ自体の硬度も半端ではない為に、簡単な事では壊れない。


[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!