静雄とサイケで、プランツドールパロ
※先日のリク企画で「素敵だな…!」と思ったんですが、プランツドールというお話を全く知らなかったのでwikでなんとなーく調べて書いた「なんとなくパロ」です。それでもいいよ!という方は、スクロールをお願い致します。
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誰からも必要とされなかった
誰を愛す事も出来なかった
そんな静雄の前に現れたのは、見てくればかり美しい
弱くて、脆くて、そして愛されなくては生きられない
とてもとても、不完全なイキモノだった。
「しずちゃん」
無邪気にすり寄ってくる手の中の温もり。
愛しくて、壊してしまいそうで、そしてやっぱり愛しくて。
ぎゅっと力を込めれば、温もりはくすぐったそうに笑ってみせた。
***
出会いは左程、珍しい事でもなかった。
道端で倒れている子供を見付け、助け起こした。
別段おかしい行動ではなかったと、静雄は今でもそう思う。
ただ、自分の手を借りて起き上がった子供が、あまりにも美しくて。
これはこの世の生き物ではないと、静雄はなんとなく、悟った。
艶やかな黒髪に、ピンクのヘッドホンをつけた子供はパチリと瞬きを繰り返した後、静雄の袖をギュっと握りしめた。
「…おい、お前」
「なまえ」
「は?」
「なまえ、おしえて」
拙い言葉でそう問われ、元来素直な静雄は特に疑問を抱かず名を答えた。
「お前は?」
「おれはね、ないの。ニンギョウだから」
「は?」
「…しずちゃん」
「…それ、俺か?」
こくり、と大きく頷いた子供の襟首には『plants doll』と刻印がされている。
"プランツドール"
ミルクと、砂糖菓子、それから愛情が無いと枯れてしまう。
見る者全てを魅了する"生きた人形"
己の中の少ない知識をかき集め、静雄は深く溜息をついた。
元々、恐ろしいまでの希少価値がついたプランツドールは、静雄のような一般市民にとって一生無縁な存在であると言っても過言ではない。
「しずちゃん」
けれど、静雄の目の前にはその"生きた人形"が確かに存在している。
鈴の音のような美しい声を、雪よりも白い肌の上唯一赤味を帯びた唇から零す。
「……お前、どこから来たんだよ」
「おみせ。…あそこ、きらいだから、」
"プランツ"は、眠った形で取引される。
そして、気に入った相手を前にした時だけ目を覚まし、そして微笑むのだと言う。
目が覚めた状態で、あまつさえ店から逃げてきたなどと簡単には信じられない。
「おれ、しずちゃんがいい。…いっしょに、いたい」
ましてや、こうしてしがみつかれるなど。
静雄はもう一度、溜息をついた。彼は、誰かを愛す事が出来ない。
抱きしめる力加減すら出来ない自分が――自身すらも愛せない自分が――誰かを愛する事など出来ないと、諦めてしまっているのだ。さらに言うならば、恐ろしいまでの短気が重なり職業はころころと変わる。安定した収入はなく、貯金などという言葉を最近は忘れかけているくらいだ。
彼を匿い、本当の持ち主が押し掛けてきた時に弁償出来る自信も、ましてや壊さない自信すらなかった。けれど、震える手のひらを振り払える程、静雄の心は非情にも、なれないのだ。
『たとえ無責任だとしても』
せめて、この震えが止まるまで
***
人肌に暖めたミルクを飲ませると、プランツは綺麗な顔に可愛らしい笑みを浮かべた。
まるで天使かと見間違えるそれに、静雄はぼんやりと身惚れてしまう。
「……ねぇ、もっと?」
「あ、あ。……っ、」
「あ…」
誰かに何かを飲ませるなどという行為に慣れていなかった為か、静雄はミルクが入ったカップをひっくり返してしまう。飲みやすいように砂糖も入れていた為、甘い香りが服へと広がる。
「わりぃ。今、新しいの用意しっ…な、にやってんだ、?」
ミルクが零れた部分をプランツの舌が撫でる。
幼い子供に、大変な事をやらせている気分になって慌てて静雄はプランツを引きはがした。
「のめるよ?」
「だ、めだ。いいか、また作ってくるから、待ってろ」
「…はぁい」
再び作ったミルクは、慌てて作った為かプランツには少し熱かったようだ。
息を吹きかけて冷ます様子を見ながら、静雄は自分がこの存在を匿うのが一番最良なのか、つい考えこんでしまう。プランツに必要なのは、ミルクと、砂糖菓子と、そして愛情。愛せない自分の元に居ては、この美しい存在が枯れる事になってしまうのではないかと。
それはとても、惜しいと思う。
「ふふっ…」
「…どうした?」
「あったかい」
「――そうか」
けれど、嬉しそうに笑う顔を、もう少しだけ見たいと思うのも
――また、本音であった。
『愛を求める君が、枯れる前に』
手放そうと、決めていた。
***
プランツは、歌がとてもうまかった。
透き通るような声で、楽しそうに唄う様子は"人形"という言葉がまるで似合わない。
(俺よりも、コイツの方が…よほど、人間だ)
「しずちゃん」
「…ああ。何だ?」
「うた、すきじゃない?」
「? いや、すげー上手い。俺は、好きだ」
「……そっか」
プランツはまた、ニコリと微笑む。
嬉しいと、全身で表わすその仕草が静雄はいつのまにか酷く気に入っていた。
頭を撫でてやろうと手を伸ばす。
「………あ、」
「? なぁに??」
そこでようやく、静雄はこの存在を呼ぶ名を持たない自分に気が付いた。
プランツが静雄の家に転がり込んで、もう3日が経とうとしているのに。
自分は、名前すら付けてやろうと思い当たらなかったのだ。
(駄目だな、俺は――)
やっぱり、愛する事など無理なのかもしれない。
悲しそうに自嘲の笑みを浮かべた静雄の横で、プランツは静雄より余程悲しそうな瞳を向けていた。
けれど、静雄はその瞳に気付かない。
プランツが唄った、歌の意味にさえ、気付かなかった。
『ラブソングは、届かない』
声が枯れるまで、何度唄ったとしても
***
プランツの具合が悪くなったのは、それから数日後の事だった。
静雄は、腕の中で浅い呼吸を繰り返す身体を抱きしめる。
分かっていた事だった。
自分に愛情など注げないと、知っていたはずだった。
けれど、この数日間静雄はプランツの事を本当に大事にしたし、出来る限りの時間を共に過ごした。
この胸に宿る暖かい感情は愛なのではないかと思ってしまう位、静雄はプランツの事を想っていたのだ。
(やっぱり、俺は――愛せなかった)
「……ごめんな、ごめん」
静雄の腕の中、小さなプランツはふるりと首を振った。
「おれが、ケッカンヒンなの。…あいしてもらっても、わからなくて、まえのマスターにはすてられちゃった。だから、しずちゃんがわるいんじゃないの…おみせからにげてきたのも、こわされそうになったから――で、
拙い言葉を紡ぐプランツを見ているうち、静雄の胸には熱い何かが溢れていった。
滲む視界を確認してから、泣いているのだ、そう気付いた。
「黙れ」
聞きたくなかった。
腕の中の温もりは、間違いなく生きている。
静雄の心を揺すり、そして守りたいと思う存在が己を「欠陥品」だと言うのを聞きたくはなかった。
「お前は、生きてる。歌が上手いし、俺が幸せになる顔で笑ってくれる。こんな俺の…傍にいてくれる。お前は、欠陥品なんかじゃねぇよ」
抱きしめて、抱きしめて、抱きしめる事しか出来なかった。
何も出来ない事が悔しくて、抱きしめた腕から気持ちが伝わらないかとすら思う。
「しずちゃん」
ふわりと微笑むその顔は、静雄が大好きな顔だった。
無邪気にすり寄ってくる手の中の温もり。
愛しくて、壊してしまいそうで、そしてやっぱり愛しくて。
ぎゅっと力を込めれば、温もりはくすぐったそうに笑ってみせた。
「だいすき」
それが、静雄が聞いたプランツの最後の声。
『欠陥品の僕達は』
確かにあの時、愛し合ってた。
end
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