盲目さえ甘く、


「その傷、痛むのかい?」

基本的に他人に深く干渉してこない新羅が首を傾げたのは、この傷が彼に処置してもらったものだからだろうか。
ガーゼによって保護された頬の傷を、布越しにゆるりと撫でながら俺は笑みを浮かべながら首を振った。

「別に」

そう、確かにもう痛くない。
手当が早かった事もあり、跡すら残らないで治ってしまうだろう。そんな、軽い傷なのだから。

「珍しいよね、臨也が顔に怪我するなんて。まぁ、どうせ碌でもない事に首を突っ込んだんだろうけど」

「酷いなぁ、新羅。俺は何時だって、楽しそうになる事への努力を惜しまないんだよ」

「うん。それを世間一般では碌でもない事って言うんじゃないかな」

辛辣だ。それでも、一瞬後には本へと興味を移しているこの奇抜な友人が、俺は中々気に入っていた。
人間には意外性がなくちゃ面白くない。たとえば、この男みたいに首の無い女に愛を捧げる、とかね。

面白い人間は、好きだ。
そうでなくても俺は人間全てを愛していて、その全てが知りたかった。好奇心を満たす為ならば、自分がどうなろうと――ああ、もっと言うならば対象である相手がどうなろうとも――構わない。人は知を求める生き物だ。俺は、俺の興味の為に俺が持つ全てを費やす。その代償に傷を負おうが、あまり興味は持てない。いや、正確に言うならば持てなかった。というのが正しいのか。


「…シズちゃんがさぁ」

「ああ、君のお兄さんだっけ?」

「そう。そのシズちゃんがね、俺の傷を見てすごい顔をしたんだ。怒っているのに、泣きそうな顔。あんなシズちゃん、初めて見た。この小さな傷が、その顔を見せてくれたって言うなら、これってスゴイ事だよねぇ」

「…………臨也」

「うん?」

新羅の顔は、いつもと違う、同情の色を帯びていた。

「それは、君の事が心配なだけだろう?お兄さんだって心配してるんだ。危ない事に首を突っ込むのは止めた方がいいんじゃないかい?」

「どうしてさ?」

俺は心から、首を傾げた。
何故、そんな顔で俺を見る?だって、これは素晴らしい事なんだ。俺が知らないシズちゃんを見る事が出来た。クルリもマイルも、きっと幽くんだって知らない。泣きそうなのに"傷付けたヤツを殺す"と獰猛な笑みを浮かべたシズちゃんの顔。あのシズちゃんは、間違いない。「俺だけの」シズちゃんだ。

「俺はね、新羅。あのシズちゃんの顔がもっと見たい。何度でも見たいんだ。こんなちいさな傷じゃなくて、例えば腕が折れたらどうだろう。シズちゃんは、どんな顔をするのかな?ああ、楽しみだなぁ!!」

「…臨也はさ、もっと素直に甘える方法を見付けた方がいいと思うよ」

「嫌だよ、照れくさい」

「そっちの方が、君もお兄さんも痛みを伴わない、平和的な絆が築けると思うんだけどなぁ」

「新羅…。何か勘違いしてないかい?」

さっきから、俺と新羅はどうにもかみ合わない。
俺が欲しいのは、同情でも平和的な未来でもないのだ。

ただ、シズちゃんが俺だけを見る結果が欲しい。

「だからさぁ、この傷、抉ったらどうなるかなーと思うんだよね」

袖口からナイフを取りだし、ひらりと揺する。
新羅は、深く息を吐くと――

「好きにするといいよ。ただ、その後は金輪際君の手当てはしないから。それだけは、覚えておいてくれ」

ピシャリと言ってのけてくれた。なんだい、冗談も通じないのかい。お堅いね、医者の卵は。

「何言ってるんだい。君、ほとんど本気だっただろう?」

「うん、まぁ。そうだけど」

でも、やめておくよ。
一番身近な医者を手放すのは得策ではないし、何より先に述べた通り、俺は新羅の事を気に入ってるんだ。

俺の為に怒る人なんて、なかなか珍しい人間だしね。

「じゃあさぁ、シズちゃんが思わず俺を襲うような薬作ってよ」

「…なんだか、そっちの方が随分と良識ある解決法に思えた自分が怖いよ。助けてセルティ!このままだと僕、臨也色に染まっちゃう!!」

君のお婿さんになれない!だの、良く分からない事を腕を組んで虚空を見つめながら熱く語る友人から、俺はそっと距離を置いた。

「…………新羅、君もう少し現実を見た方がいいんじゃない?」

「わぁ、君にだけは言われたくない台詞だね」

「あはは」

「あはははは」



こうして、俺達の昼休みはゆっくりと過ぎていく。
なんだか段々周りに人がいなくなっていったのは、多分、屋上があまりに暑いから。そういう事に、しておこう。
















盲目さえ甘く、
(コイツよりはマシで居ようと、同じ事を考えた)






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