これも一つの、愛の形


「君の事が好きだ」

少しだけ俺の話を聞いてほしい。
そんな謙虚なセリフに頷いた数分前の自分を、静雄は心から悔いていた。

がっしりと肩に置かれた手は、まだまだ離れそうにない(と言っても目前の男より、静雄の方がずっと身長が高いのであまり格好は付いていないのだが)キラキラと無駄に輝く瞳は、静雄ではない者を見ているのが実に明白。隠そうという気さえないのには溜息しか出ないが、悪意を持って真意を隠すならばそれこそ性質が悪い。

「…………で?」

殴り飛ばしてもなんら非はないと思えたが、静雄は一応、拳を握りしめるだけで我慢をした。出会って数年。この男の奇行に慣れてきてしまったという事もある。自分に興味がある事ならば、どんなに残酷な事であれ人が良さそうな笑顔と共に"頼むくらいはタダだよね"と言ってのける男なのだから。

「あれー?なんだか反応が薄いなぁ」

「ここで頷けっていうのか?ああ…反応って殴って良いって事か。よし、新羅。歯ぁ食いしばれ」

「ちょっ…!待った、待った!君に殴られたら僕死んじゃうよ!臨也じゃないんだからさぁ」

「………名前を聞いたら、イラっときた。責任持って殴らせろ」

「逆恨みだ!実に不条理だよ。助けてセルティ!!」

セルティ、という名を聞いた静雄は入学式の日に会った黒いバイクに乗るライダーの姿を思い出す。本来彼は、一度――いや、正確に言うならば治療中の臨也を襲撃した現場でも会っているので二度なのだが――ともかく、数度会っただけの人間を覚えているタイプではない。それでも、静雄の記憶に残る程、あのライダーは印象的だった。

「…お前、あいつが好きなのか?」

「? うん、そうだよ。セルティは本当に素晴らしい女性なんだ!世界中探しても、彼女ほど理知的で美しく、それでいて強い女性はいないだろうね!まぁ、僕はセルティ以外の女性に欠片の興味も抱けないから比べようとも思えないんだけど。あれ、静雄くん、聞いてる?」

「……で、そこまで好きな女がいるのに…なに寝ぼけた台詞吐いてんだ?ああ?」

「あ、取れる…!頭取れるって…!痛い痛い痛い! さっきのは、いたっ!その、練習だよ!!」

「練習だぁ?」

持ち上げていた新羅の首元を放すと、ああ、びっくりした。と左程驚いていない声で感想を述べてから彼は真相を語り始めた。

「つまりね、僕は彼女に何度も愛の告白をしているんだ。でも、どうにも本気にとられていないようでね。いつだって俺は本気で愛を告げているのに、本当にセルティはつれないよ。まぁ、そこも良いんだけどね!えーと、なんの話だっけ?ああ、そうだ告白だ。彼女が本気にとらないなら、どこの誰が聞いても愛に溢れた告白が出来るように練習しようと思ったんだよ。悪かったね、練習台にしちゃって」

「…まぁ、それはいいんだけどよ」

報酬として受け取っていたパンに齧りつく。
腹が満たされると、同時に怒りも薄らいでいくから不思議なものだと静雄は考える。

「でもよぉ」

「んん?何かな」

「俺は告白なんてした事ねぇけど、誰の心にも響いちゃダメなんじゃねーのか?」

「え…?」

「好きなヤツにだけ届けば十分だろ。お前が本気だってのは俺にだってわかるんだ。そいつだって、顔に出さねぇだけで何かしら考えてんだろ」

「……………そうかな?」

「おう。…って、なんで泣いてんだよお前」

静雄の指摘に、新羅は首を傾げながら頬を濡らす水を拭った。

「え?あ、本当だ。うーん、報われない片想いへの可能性を見付けたから、かな」

「…よくわかんねぇけど。まぁ、頑張れよ」

「静雄は優しいね」

「はぁ?お前どうした?暑くていかれたか?」

「あっ、勿論セルティには敵わないけどね!」

「いや、わけ分かんねぇし」


夏が近くなった日差しを受けながら、こうして過ごす時間が静雄は決して嫌いではなかった。
もっと頑張ろうかな、と呟いた新羅を素直に応援出来るくらいには。





「ふぅん」

そんな彼らのやり取りを、給水塔の影から聞いていた男は呟きと共に唇を歪めた。

彼が当初感じていた眠気は、すでに存在しておらず、ただただ楽しそうに笑うその姿は傍から見ても上機嫌。

「…俺が居ない所で、随分楽しそうな事してるじゃないか」

けれど笑う声は、季節に反するように、どこまでも冷たかった。























***


折原臨也と平和島静雄の喧嘩は日常茶飯事だ。
何かしら問題を作る臨也と、その裏の陰謀ごと文字通り吹き飛ばしてしまう静雄。

楽しそうな思い付き全てを静雄が潰してしまうので、臨也はさらに悪意を上乗せする。
人間の限界は何処なのか、確かめるように。静雄の限界はどこなのか、そして自分の限界がどこなのか、彼は知りたくて知りたくて堪らないのだ。

「シズちゃんさぁ。君は自分がどうやったら死ぬかわかるかい?」

「知るか。逃げるの止めたなら、さっさと死ねよ臨也くんよぉ」

屋上のフェンスまで追い詰められた臨也は、逃げる事を止め、それでいて不気味な余裕を今だ維持し続けていた。静雄の言葉にも笑うだけで応えず、自分の話したい事だけを口にする。

「俺はさ、分かるよ。シズちゃんの攻撃を腹に食らって、蹲った所を思い切り踏みつぶされたらそれまでだろうね。俺はトラックに跳ねられても無傷なシズちゃんと違って人間だからさぁ」

「……何が言いてぇんだ手前は」

「俺は、俺が死ぬ方法が分かる。具体的に想像出来るくらいにはね。一般の人間はそうだ。自分がビルの屋上から飛び降りても死なないと本気で思ってるのは、薬中くらいじゃないかな?ねぇ、でもシズちゃんは?君はビルから飛び降りて死ぬ自分が想像出来るかい?出来ないよねぇ。少なくとも俺は出来ない。精々死ぬのは下を歩いていた通行人くらいじゃないかな」

「………………」

黙り込んだ静雄の顔を、臨也は下から窺うように覗きこんだ。
想像通り、そこには自分が放った言葉に傷付く顔が確かにあって――臨也は、ぞくりと背を走った感覚を飲み込むように、笑ってみせた。

「俺はさ、シズちゃんが人間じゃないって知ってる。入学して2ヵ月間、毎日その出鱈目さを見ていた俺が言うんだから間違いないよ。シズちゃんの傍に、居たかい?家族以外で、こんなに傍で言いたい事を言い続ける人間が」

「なにが、言いたい」

二度目の言葉は、明らかに怒気を含んでいた。
他の人間ならば一歩引くようなその激情を前に、臨也は逆に静雄との距離を縮めてみせた。

「俺なら、出来るよ。他の人間が怖くて出来ない――人間じゃないシズちゃんを、愛するっていう事が出来る」

「……………はぁ?」

「ああ、シズちゃんに分かりやすく言ってあげようか」

芝居じみた仕草で、臨也は静雄の頬へ手を伸ばした。
振り払おうとすればいくらでも出来た緩慢な仕草が、逆に静雄に警戒心を抱かせるのを遅らせた。


「愛してるよ、シズちゃん。俺はね、君の事が好きなんだ」

「………………………」

静雄の記憶が確かならば、自分は確か昨日、まったく同じ時間にこの場所で同じ言葉を聞いたはずだった。発した者が違うだけで、言葉は此処まで不快なものになるのか。恐らく、全てを確信した上で行動している臨也に腹が立つ。

新羅の想いも、自分が発した言葉も、全てが踏みにじられる。そんな感覚。

「――手前が得意なのは、嘘と悪巧みくらいしかねぇと思ってたが…」

随分と下手になったみたいだなぁ、と静雄が笑う。
怒りを殺そうとして失敗したような顔を前に、臨也は楽しそうに笑って見せた。

「おかしいなぁ。俺は心を込めて言ったんだけどね。君が好きだって」

「俺は、手前が一番嫌いだ」

「やだなぁ、シズちゃん。知ってるよ」

臨也が翳したナイフに映った静雄の顔は、もう笑ってはいなかった。
臨也だけがいつまでも、いつまでも楽しそうに笑っている。

「だって俺も、シズちゃんの事がだぁい嫌いだからね」

臨也は知らない。
この時発した己の言葉に、何一つ嘘が含まれていない事を。



優しさなど生温いものではなく、燃えるような怒りを好んだ
饒舌に愛について語らいながら、心に深い傷を作るのも面白い

感情の起伏、生と死の瞬間、その全てに関わりたいと願わずにはいられない



その理由を、臨也は知らない。
臨也が知らない感情を、どうして静雄が汲み取る事が出来るだろうか。


世界は相変わらず彼らの前に昨日と同じ関係性を用意する。幾億の人類と比べても、揺るぎない憎悪を注ぐ相手として。




「シズちゃんさぁ、ホント死ねばいいのに!」

「それはこっちの台詞だ!このクソノミ蟲が!!」






臨也は、静雄は、世界は、知らない。
万能と呼ばれる神でさえ、知らないだろう。







「あはは、またやってる」

ただ、恋に溺れる男だけは
そんな彼らを見て、穏やかに笑ってみせたのだった。










これも一つの、愛の形/end






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