「…なんか、手伝うか?」
日曜日の昼下がり、リビングでお茶を飲んでいたシズちゃんがキッチンにやってきた。
もう大変だ。何が大変だって?俺の心境がに決まってる。だって、シズちゃんがキッチン!キッチンには、シズちゃんから誕生日に貰った紺のエプロンを身に付けた俺が一人きり!エプロン姿の俺を見て、シズちゃんが欲情しないと誰が断言できようか!!ああ、どうしよう今日の下着はクルリとマイルが買ってきた悪趣味なヤツだ。シズちゃん、引かないかな…。
「………臨也?」
実に不埒な事を考えていた俺にとって、シズちゃんがどこまでも純粋無垢な顔で首を傾げる事程ダメージを与えるモノはない。ごめん、シズちゃん。俺の脳が勝手に暴走して、ホントごめん。
「えーっと、じゃあ玉ねぎの皮剥いてくれるかな?」
「ああ」
今この時程、自分の面の皮が厚くて良かったと思った事はない。
何気ない顔で玉ねぎの袋を指させば、シズちゃんは黙々と作業に取り掛かってくれた。
「……せっかく休みで実家に帰って来たんだから、ゆっくりしてればいいのに」
本音と建前が、半分ずつ。
シズちゃんに休んで欲しいのは本当だけど、こうして二人きりで過ごせるのはすごく嬉しい。
家に帰ってきたシズちゃんは、基本的にクルリとマイルに懐かれて、懐かれまくって帰っていく。家に居る間のシズちゃんは「皆のシズちゃん」なのだ「俺のシズちゃん」には、中々なってくれない。
「あいつら、はしゃぎ疲れて寝ちまったよ。こうなるって分かってたから、食事当番変わってやったんだろ?」
「シズちゃんが帰ってきて嬉しいんだよ。クルリもマイルもお兄ちゃんっ子だからね」
時々、子供とは思えない行動力を見せてくれるけど。とは言わないでおく。
どうやらあの二人、俺と居た時間が長かった所為か最近どんどん俺に似てきている気がする。もちろん、悪い意味で。
「…………お前は、
「え?」
「お前は、俺が帰ってくると迷惑…か?」
シズちゃんが信じられない事を口にしたので、俺の時間は完璧に止まった。
シズちゃんと会えるのが、迷惑??
「機嫌が悪そうなツラ、してる」
シズちゃんが、困ったような苦笑いをしてるのが見える。
違う、違うよシズちゃん。これは浮かれそうになるのを我慢してるだけ。そんな勘違い、しないでよ。
心では何とでも言えるのに、いざ口にしようとするとパクパクと形ばかりが声を真似する。
何度か意味の無い母音を吐いた後、俺が出来たのはシズちゃんのシャツの裾を掴む事だけだった。
「……臨也?」
「―――めいわく、じゃない」
普段は考えるよりも早く口が動く俺が。
どんな事態を前にしても、巧く立ち回る事が出来る俺が。
シズちゃんの前だと、子供のままだ。
それでもシズちゃんは、そうかと嬉しそうに頷いたりするものだから。
俺を、過分に甘やかしてくれるものだから。
俺は、子供時分みたいにシズちゃんの袖をいつまでも離せない。
「いざや」
シズちゃんの声が、優しく、優しく俺を呼ぶ。
「………うん」
その声が、俺は昔から大好きで。
シズちゃんが、大好きで。
「シズちゃん」
「うん?」
「…俺、シズちゃんが好きだよ」
サングラスを外した瞳が、柔らかく笑うのを
いちばん近くで、見ていたい。
「そっか」
柔らかく髪を撫でるその仕草は、昔と何も変わっていなくて。
シズちゃんの中での俺は、いつまでだって弟なのだと分かってしまう。
「……シズちゃん」
裾を掴む力を、ぎゅっと強める。
このまま心まで、掴めればいいのに。
「―――シズちゃん」
強く、つよく、願うように。
饒舌な唇は、肝心な時には役に立たない。
嘘に慣れてしまった唇は、真実の零し方を覚えていない。
好き、ときどき嫌い
(ねぇ、いい加減 気付いてよ)
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