rain rain…


天から零れ落ちた滴は、まるで涙の様だった。


じわじわと服を濡らす雨粒に、一欠片の興味も抱けない様子の男の視線の先――そこには、同じように濡れながら、やはり視線を動かそうしない男が立っている。

「ねぇ、シズちゃん」

男が、凛とした声で話しかける。
もう一人の男は以前視線を動かさない。湿気った煙草を苦い表情で噛みしめながら、軽く顎を動かした。

「俺達、大分長い付き合いだよね」

その仕草をどう受け取ったのか、男は相手が聞いていなくても構わないとばかりに口を動かす。付き合い、という部分を強調しながら。

「俺と君が出会って、殺し合う程憎むようになって8年。人生の1/3を占める程の時間、俺達の不毛な関係は続いてしまっているわけだ。実に悲しい事だと思わないかい?」

雨脚はどんどん強くなり、今や髪の先からも滴が零れ落ちる程になっていた。
けれどそれらを全く意に介さない二人は、ただ互いだけを見つめ続ける。まるで世界に、自分達しか存在していないかのような盲目さで。

「何が言いたい?」

「だからさ、終わりにしようよ。俺達」

別れ話のようだ。
二人の男の頭には同じ言葉が浮かび、そして全く同じ感情を持って打ち消された。

(何を考えてるんだ)

(想像しただけで、胸糞が悪い)

一人は、何を考えているのか分からない笑顔
一人は、怒りを噛み殺しそこねた歪な表情

ただただじっと向かい合う二人の男は、この時間の意味を知らない。全てが不毛で、不快なだけだ。それでいて、相手から目が離せない。

「手前が死んで、それで終わりだ」

「いやだなぁ。聞き飽きたよ、それ」

「安心しろ。今日、今、この場で。手前が死ねば聞き飽きる事もなくなるさ」

怒りを殺しそこねた男が凶暴に笑う。
感情を表さない笑みを浮かべた男にとって、その笑みは――その笑みだけは、目前の男から感じる唯一と言っていい心地良いものであった。だからこそ、彼は笑みを深めた。造りものではない、感情を伴った歪んだ微笑み。

「……何笑ってやがる」

「知ってるよ。シズちゃんは、俺を殺せない」

パチリ、と安っぽい音を立てて折り畳んでいたナイフを男へ付きつける。
常ならば十分な凶器となりうるそれは、今この場――この相手に限っては、玩具と変わりない力しか有さない。

それでも男は、その玩具を武器に選ぶ。
相対する男が、最後まで踏みこんでこない事を知っていたから。

否、暴力にのみ愛された男が例え全力で男の事を踏みにじろうが、この玩具しか彼は武器に出来なかっただろう。

「理由を教えてあげようか?」

男は、頭が良かった。
己が玩具しか突き付けられない理由に気付く程度には。

「聞きたくねぇよ」

気付いていたからこそ、こうして目前の男が凶悪に笑う顔が心地良い。
一切の容赦なく、甘い希望など抱く隙を与えない表情を――男は愛していた。

また一滴、髪から頬へ水が伝る。

涙のようなそれを気にかける事など、二人の男は決してしない。
互いの距離を縮める必要を、彼らは互いに露程も抱けないのだ。






一人は、頭が良かった。それ故に、諦める事を知っていた。理解して、しまっていた。

そして一人は、盲目的だった。相手だけを見るが故、己の心までは目が届かない。








名付けられるまでもなかった感情を、
(雨は静かに、流していく)






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