チェスとオセロと将棋の駒を弄びながら、池袋を舞台とした混沌のストーリーを練り上げる。
これから始まる、愛すべき人間がその全てをぶちまけて抗争に飲み込まれていく未来を思えば自然口角が上がっていく。けれど、策略が通じない唯一と呼んで差し支えのない駒を指で突く事も忘れはしない。この存在に、何度計画を邪魔された事だろう。その駒を愛する事が臨也には出来なかった。
「ほぉんと、シズちゃんは嫌だよ。早く死んでくれないかな」
他の人間の行動が想定外であればある程、人という存在の深い一面を知れた事に愛を抱ける臨也が、このただ一つの駒だけは愛せない。
平和島静雄
愛すべき人間の規格外。邪魔で、目障り。一秒でも早く死んで欲しい。
どんなに苦心しても、それこそ10年近い月日を費やしても殺せないただ一人の人間。
殺せないなら?
消せないならば?
さぁ、どうすればいい?
「…もういっそ、俺のモノになればいいのに」
反則的に動くキングが、自分だけの命令で動くなら――
それは世界で一番、詰まらないゲームになる。それに気付かない程、自分は愚かではなかったはずだ。
けれど、その言葉に臨也の心は一瞬とはいえ揺れたのだ。
ならば、それを実行に移すのも――きっと、面白いだろう。
***
常識の通じない相手に、常識を持って接する事程無駄な事はない。
平和島静雄と対峙する時の臨也には常識など必要なかった。他の相手にならばそれを持ち、尚且つ活用するのかと聞かれれば少々首を傾げる所だが、頬を刺すような緊迫した空気が張り詰める現状には関係がない事でもある。
「シズちゃん、俺のモノにならない?」
ニコリ、と場違いな程綺麗に笑いながら言葉を零したのは、他でもない臨也だ。
池袋で知らぬ者が居ないと名高い平和島静雄に真正面から向かい合い、標識をもぎ取って武器にするという常識ではまず考えられない光景を目にしながらも、以前涼しい顔色のまま、まるで愛の告白かのように臨也は言葉を続ける。
「手前、立ったまま寝てんのか」
ピキリ、と静雄の額に新たに血管が浮かび上がる。
けれど臨也は気にしない。臨也にとっては、標識が彼の武器になるのも、自販機が簡単に空に舞うのも、こうして目前の男が不機嫌になるのも全て日常なのだから。
「俺、シズちゃんの事大切にするよ?今はほんっと世界で一番大嫌いだけど、俺のモノになったら好きになってあげてもいい」
「…………」
「そうだなぁ…。良い子にしてるなら俺の部屋で飼ってあげてもいいよ」
臨也は言いながら自分でその光景を想像したのか、嫌そうに顔を歪めながら声だけは涼やかに、楽しそうに発し続ける。
「ちゃんと3食ご飯あげるし、毛並みだって整えてあげるよ。うわっ、俺大嫌いなシズちゃん相手にすごく優しい!」
「…そうか。そんっなに、死にたいのか」
怒りを通り越して、平常心を取り戻したらしい静雄がゆっくりと投げ捨てた煙草を踏みにじる。臨也は、普段は律義に携帯灰皿を使用している彼が実はこの吸殻を後で拾いに来たら楽しいな、と殺気を真正面から受け止めながら場違いな事を考えていた。
***
「今朝の話なんだけどさぁ」
「遺言はそれで終わりか?」
「いやいや、まだ話しきってないし。シズちゃん、拳握るの待って待って!」
「チッ…んだよ」
二人の周りには、形を保っている物の方が稀と言っていい惨劇が広がっていた。
壁際に追い詰められた臨也は町中を逃げ回った疲労を巧く隠しながら、同じ経路を器物破損を繰り広げながら進んだ事で呼吸が少し荒くなっている静雄を見つめる。
恐らく自分の話に乗る素振りを見せたのは色濃い疲労と、そして沸騰した怒りが頂点を越えて落ち付きを見せ始めているからだろうと推測しながら上目でその顔を見れば、案の上怒りに染まっていない瞳が臨也の悪意が込められていない視線の意味を不思議そうに窺っている。
(あー…、駄目だ。いま、ちょっと…)
「…おい、臨也?」
その眉を寄せた顔や、無自覚に傾げられた首の角度が
(かわいいとか…そんな、嘘だろ?!)
思わずその場に蹲った臨也を、静雄が怪訝な目で見つめる。
「お前、大丈夫か?頭とか」
「シズちゃんなんかに本気で心配されるって、屈辱なんだけど…」
「なんかって何だ。なんかって」
ライターを擦る音と、それからもう覚えてしまった煙草の香り。
それすらも、今の臨也にとっては――
「今朝、俺はある事に気付いたんだよね。ねぇ、どうしよう。シズちゃん?」
目前の男が不思議そうな顔で灰を落とす。
その視線が続きを催促している事を悟りながら、臨也は何も言わずに背中を向けた。
「臨也?」
「これはシズちゃんにとって最高の嫌がらせになると自負しているけど、悔しい事に俺にとっても同程度――いや、明らかに大きい心的苦痛をもたらすんだよね。でもこの葛藤という苦痛を俺一人が感じるのはものすごく不公平だよね。うん、違いない。という事でシズちゃん言うよ!」
蹲ったままで背を向けて何やらブツブツと繰り返す臨也を、静雄が見守ったのは実の所数秒の事だった。恐るべき早口で何か喋ってると思ったら、今度は勢いよく自分へ向かって歩み寄ってくる臨也に、心だけでなく身体も一歩と言わずに数歩引いた。
(コイツ…なんかヤベェ薬でもやってんじゃないのか?)
いかに死んで欲しい人間リストの一位を、ここ10年弱他の追随を許さないスピードで独走している男であっても、静雄は基本的に善良な人間であった。顔見知りがドラッグで悲痛な目に遭うのはあまり見たい光景ではない。
「俺は、君が好きだよ!!」
「……臨也。新羅のトコ行くか?な?」
それは、臨也が聞く限り一番優しく、穏やかな声で。
「え…?あれ、シズちゃん告白の返事がそれっておかしくない?てか、なんで俺引っ張られてんの?え?何で??」
自分の物になったら良いと思ったり、
いつまで経っても殺せない理由とか、
気付けばそれは、単純なモノで。ああ、俺もただの人間だったんだ。と自覚した瞬間、笑いが零れた。
ならば、行動に移してみようじゃないか。この、甘ったるい熱病に、身を任せてみるのも良いとすら思ったのに――
「ちょっと…!好きって言ってるのに、何この扱い?!」
「ほら、もうちょっとで新羅のマンションだから暴れんな。なんつーか、最悪薬物中毒専門の病院?とかも紹介してもらえるよう俺からも頼んでやるし。な…?」
初恋は実らない
(どころかジャンキー扱いされました。なにコレ、夢?)
日頃の行いです。臨也さん。
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