「こんばんは」
インターフォンの音に導かれて、扉を開けた先には害虫がいた。
気色が悪い笑顔を浮かべていて、いつもよりずっと気分が悪くなる。
「……テメェ、何しに来たんだよ?ああ、殺されに来たのか。それなら話は早ぇよな。臨也くんよぉ?」
「どうして?」
「あ?」
「どうして、そんな怖いこというの?」
そう言って首を傾げた害虫は、先程見た"無垢な笑顔"よりも格段に気持ちが悪かった。
もう一度、ねぇ、どうして?と袖口を引っ張られた俺は確信する。
"コレ"は、あのノミ蟲とは違うイキモノだ、と。
どうしての連続の後、腹が減ったとわめいた男は、今は何故か俺の貴重な食料であるカップ麺を食べている。別に、涙目で空腹を訴えるから可哀想になったとか、そういうわけでは断じて無い。…多分な。
「これ、にげるよ?」
箸の使い方が全然なっていない為、麺が掬えずに跳ねあげたスープを顔面に浴びてはふるふると顔を揺すぶっている。そんな様子を見ているうち、ノミ蟲の面影は俺の中から綺麗に消えてしまっていた。背格好と、顔の造りは、よく似ている。同じと言っても過言ではないだろう。ただ、浮かべる表情や、ガキ臭い行動どれをとってもあの蟲とは対極にしか見えないのだ。
「…ほら、フォーク使え」
「うん!」
(気色悪ぃ)
補足するならば、それはこの光景についての感想というわけではない。
この状況を不自然ながらも受け入れて、ほんのちょっと目の前の男を可愛いとか思ってしまった自分への感想だ。見目だけはバカみたいに整った、自分と同じ歳くらいの男が、舌っ足らずな言葉と共に不器用にラーメンを食べている。言葉にすれば、こんな簡単な事柄なのに。目の前の頭を撫でてやりそうになった自分が恐ろしい。
「―――お前、誰だ?」
臨也とそっくりで、けれど臨也とは確実に違う。
白とピンクを基調にしたコートなど、臨也は着ない。
臨也はこんな裏の無い顔で笑わないし、箸だってもっと巧く使う。
喋るときも、いかに俺を逆なでようかそればかり考えているのが良く分かって
こんな風に、思った事をそのまま口に出したりなんてまずしない。
臨也と同じ顔で、違う表情。
けれど、これは臨也の何かだ。
警戒を解くな、と心のどこかが鋭く告げる。その声が聞こえないわけでは決してなかった。
ただ、
「あのね、おれはサイケって言うの!」
この笑顔に、警戒心を抱き続けろというのが無理な話であった。
まずは始まり。サイケとシズちゃん。
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