シズちゃんと、子供臨也

偶然出会ったセルティが、せっかく近所まで来たのだから上がって茶でもと誘ってくれた。特に断る理由もなかったので、そのまま付いて行った俺が見たのは――いつもと同じくセルティ相手には異様にテンションが高い新羅と、それから見かけないガキだった。

突然やってきた俺達に驚く事もなく、ただキョトン、と少し釣り気味の瞳を丸くして首を傾げたりしているのが、ちょっとだけ幽のちいさい頃に似ているような気がした。まぁ、アレだ。素直に可愛いとか思っちまったわけだ。

俺と同じく首を傾げているセルティがPDAに何か打ち始めるよりも早く、俺は共通だろう疑問を口にする事にした。

「誰だ、このガキ」

疑問に答えるべき人物は、ゴミの日を間違えたらご近所からクレームが来ちゃったんだよねぇ。などというセリフを言ってもおかしくない程度の困り具合で答えをくれた。

「うーんとね、君が大嫌いな折原臨…って、静雄!待って、帰らないでよ!!」

ようやく慌てた様子の新羅が、俺の背中に飛びついてくる。うぜぇ。アイツ程じゃないにしろ、結構うぜぇ。

「だったらバカげた嘘ついてるんじゃねぇよ。そんなんなら、お前とセルティの子供だとか言われた方がまだ信じられる」

「…!! なんだい静雄、君すっごく良いヤツじゃないか!いや、知ってたけどね?君がその短気な性格を除けば、温厚な平和主義の好青年だって事くらい知ってたけどね!だよねぇ、こーんな利発そうで、邪悪さの欠片もない少年は、僕とセルティの子供だって方が違和感がないよねぇ」

「―――セルティ。なんでお前こんなヤツが好きなんだ?」

「ちょっと!なんで俺を完全に無視するわけ?!って、セルティもどうして顔(ないけど)を背けたの?僕を見てよ、セールティィィ!!」

「…殴っていいか?」

セルティが頷くなら本当に殴ろうと思ったが、ちょっと考えた後、ヘルメットが緩く横に振られたので俺は溜息をつく事でイラつきを発散させた。まぁ、コイツはいつもこんな感じだしな。今だって、セルティが女神だとかなんとか言いながらベタベタして、影に床に押し付けられている。あぁ、これが痴話喧嘩ってヤツか。

「…いまの、なに?」

無言を貫いていたガキが、びっくりした表情でセルティと、その影を見つめている。
慌ててセルティがこれは手品だと伝えるのを横目で見ながら、その声をどこかで聞いた事があるような、そんな違和感に眉を潜めた。

同じではない。アイツの声を俺が聞き間違えるわけがない。
けれど、この声、この目。――なにより、この匂いは…

「―――ノミ蟲、か…?」

「? むし…?」

「そうだよ!ようやく分かってくれたのかい?!」

【ちょっと待ってくれ新羅!この子供が臨也か?!あの真っ黒な男からは想像が出来ない無垢な子供じゃないか!】

「あはは、セルティは素直だなぁ。まぁ、僕も目の前で縮む所を見てなきゃ簡単には信じられなかったけどね。彼は臨也だよ。間違いない。ああ、なんなら聞いてみようか?ねぇ、君もう一度名前を言ってくれるかい?」

白衣が床につく事も構わず、しゃがみ込んだ新羅に子供はちょっと疲れた様子で答えた。
面倒だけど、大人が言うなら仕方ない。そんな考えが、ありありと出ている顔だ。

「おりはら、いざや。……さっきもいった」

「うん、そうだね。ごめん。ついでに言うと、僕の父さんがホントごめん」

なんとなく、その言葉に事情を把握してしまった俺とセルティはやれやれ、と溜息を吐く。一人何の事か分からない臨也は、不思議そうに首を傾げただけだったが。
昔から、新羅のオヤジは変わった事が大好きな…つーか、変わったことしかしてない気がする。どうせ新薬の実験とか、まぁそんな感じの何かに巻き込まれたんだろう。しかし、人が縮む薬とか本当に世の中に出回ったらすげぇ事になるんじゃねぇの?それこそ、不老不死だのなんだのと騒がれそうな事ではあったが、あいにく俺には興味がない。

「で、僕とセルティはこれから仕事が入っているんだ。ついさっき入った仕事なんだけどね。ちょっとしたお得意様で、無碍には出来ないんだ。だけどこの臨也を置き去りにするにはあまりに薄情だろう?あくまで、僕は悪くないとしてもね」

「………何が言いてぇんだ」

「うん。ちょっと、この子見ててよ。2.3時間…うーん、最長でも5時間はかからないからさ」

さらっと言ってのけた新羅に、眉をしかめる。
いくら無害そうなガキの姿でも、臨也は臨也だ。コイツと同じ空間で過ごすなど、考えたくもない。

しかし、確かにガキ一人で置いておくというのも薄情…つーか、大人のやる事じゃない。こいつの見た目からいって…5歳くらいか?よくわかんねぇけど。放って置いていいもんでもないだろう。

「………チッ」

舌打ちを了解ととった新羅が、ニコニコと礼を言ってくる。
ついでに今までの診察料も割引しておくよ!とまで言われたら、もう引くに引けない。

仕方ない、とソファに座り込んだ所でガキ――臨也が、俺の服をツンと引っ張った。

「あん?」

「…………べつに、むりしなくてもいいよ。おれ、ひとりでもへいきだもん」

「…………」

その顔は、平気という言葉が似合うものではとてもなかった。
けれど臨也は、気付かれていないと思ったのかそのまま続ける。

「なんでここにいるかはわからないけど、家でもいつもひとりだから、へいき。それに、もう少ししたらおむかえがくるんでしょう?そこのおじさんが言ってた」

「おじっ……!!」

新羅が落とした仕事道具を、セルティが慌てて拾う。何やってんだ、お前は。

「あー。まぁ、いいや。迎えが来るまでは俺が此処に居る。…ほら、お前らも時間があるんだろ?仕事行って来いよ」

ヒラリと手を振れば、衝撃からいまだ立ちなおりきっていない新羅をセルティが揺すりながら、俺に向かって礼なんかしてきたものだから何だかくすぐったくなってしまう。

「いいから」

俺の足元まで転がっていた包帯をセルティに投げ、お得意サマとやらの元に向かう二人を見送る。
部屋に残るは、どこか不服そうなガキと俺の二人きり。

「………むりしなくて、いいのに」

「あ?」

「おれのこと、きらいなんでしょ」

はっきりと俺を見ていった事に、少なからず驚いた。
俺が知る臨也は、こんな分かりやすい言葉を、分かりやすい顔で言う人間ではなかったからだ。

誰かに嫌われたくないと、
不安で、仕方がない顔で告げる子供

「…別に、てめぇの事は嫌いじゃねぇよ」

俺が嫌いなのは、未来のお前だ。今じゃ、ない。

「うそつき…」

尚疑わしげに言う子供に、そろそろキレそうになった時緊張感の無い音が部屋に響いた。

「……何、腹減ってんの?」

「っ…!」

恥ずかしがるように顔を背けた子供の頭に手を乗せる。
ちいせぇ頭に、さらさらの髪。拗ねた子供にこちらが怒っても仕方がない。

「待ってな。なんか作ってやるよ」

驚いたように、こちらを見てくる顔は
俺が知る臨也の珍しい素の顔と、やっぱり、似ていた。









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