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許可

唇をぎゅっと強く噛み締めてないと、嗚咽が漏れそうだった。
だから強く強く唇を噛み締めた。
すると、ピリリという鋭い痛みと共に鉄の味が口内に広がった。

そうしたら、そんなに強く噛んだら駄目じゃないと唇を柔らかな暖かな指の腹でなぞられた。


眉を顰めて眉間に皺を寄せていないと、涙が溢れそうだった。
だから不細工なしかめっ面をした。
それでも視界はぐにゃりと歪んでまともに佐助の姿は見えなかった。
気を抜けば直ぐにでも大粒の涙がぼたぼたと零れ落ちそうだった。
泣き顔を見られるのが嫌だったから、俯いて佐助の足元一点をじっと見つめた。

そうしたら佐助は俺の唇から頬に手を滑らせて何度か優しく頬を撫でた。


何かが、足りないと思った。
その何かがどんなものなのかは全くわからないのだけれど、確実に何かが足りないと思った。

「さすけ、」

未だに血が滲む唇から名前を紡ぐ声は、鼻声で少し掠れていた。
初めて言葉を覚えた子供のような稚拙な発音で名前を呼んだ。
佐助の名を呼べば何かが満たされると思ったからだ。

「さすけ、さすけ、」

壊れたテープレコーダーみたいに、あるいはその言葉しか喋れない不良品のロボットみたいに、名前を繰り返し呼んだ。

「さすけ、さすけ、さすけっ」

それでもまだ足りなくて、何かを満たしたくて何度も何度も名前を呼んだ。
それでもやっぱりまだ満たされなくて、縋るように佐助に手を伸ばした。

「俺は此処に居るよ、大丈夫だよ」

ふわりと大きな掌が俺の背中に回された。
そしてぎゅっと抱き締められた。
俺は佐助の胸に顔を押し付けるように埋めた。
頬を包み込んでいた手が滑らかに滑り、俺の黒髪を撫でた。
何かが埋まっていくのを感じた。

「泣きたい時は泣いていいんだよ、」

その言葉を合図に
俺の右目から、暖かい、暖かい涙が流れた。
佐助の胸で子供みたいに大きな泣き声をあげて泣いた。







そして気付いた。
足りなかったのは「  」だって。


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