ああ、擦れ違ひたる思ひすら 踏みつけて見下ろすは、戦国に名を馳せたあの独眼竜。 まさか忍の俺ごときがこの竜を喰らうとは誰もが思わなかっただろう。 あれほどに恐れられた竜はこんなにも容易く、美しい竜の鱗は剥げて醜い姿に成り下がった。 竜の爪だって容易く折れた。 諸刃の剣ってやつだったのかもしれないねぇ、なんて薄く笑みを湛えた。 吐き気を催す程の死臭を運ぶ生温い風が頬を掠めるのが鬱陶しくて、顔を歪めた。 自分が幼い頃はこの臭いに噎せ返ったものだったが、今となっては寧ろこの臭いに落ち着きすら感じるようになった。 ああ、俺は生きているという安堵に包まれる反面、そんなことを感じるようでは忍失格だと自分を叱責する。 所詮異臭は異臭で、生理的に受け付けない臭いで、好きか嫌いかと聞かれれば嫌いな訳なのだが。 そんなことをぼんやりと血溜まりの上で考えていれば、急に人影が目の前に現れる。 「梵を、何で殺した」 ぼそりと、低く地を這うような声でその人物は呟く。 面識は無いが、あの竜から話は聞いているし、時折戦場で見たことがある。 独眼竜の従兄弟にあたる人物、伊達成実だ。 伊達成実は片手にもった槍をふるふると小刻みに震わせながら、自分を睨み上げた。 「愛してたから、かな?」 わざとらしい笑みを貼り付けて返す。 そして冷たくなって千切れた竜の腕を拾い上げて接吻を落とした。 相手が小さく舌打ちを零したのが耳に届く。 そして、じりっと砂利が擦れる音がしてから冷たくて鋭利な刃物が頬に突き付けられたのを感じた。 避けられなかった訳じゃなくて、わざと避けなかった。 「意味、わかんねぇよ」 嗚咽混じりに絞り出された声。 別に理解されなくてもよかった。 「………梵の、仇だ」 ぐちゃり、と音がして心臓の辺りがとても熱くなった。 目の前が真っ暗になって意識が遠退いた。 あぁ、政宗、もうすぐ同じところに逝こう 愛してたから、 壊したくなったなんて 常人には理解できないでしょうよ |