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悲劇のヒロインは死にました。
何処までも澄みきった青が広がる空。
青いペンキを零したような、なんて比喩が相応しいくらいに真っ青な空。
こんな空をいつか見たことがあるような気がして、どこか懐かしいようなデジャヴを感じて目を細めた。
いつ見たんだっけ、こんなに綺麗な空を。
空を仰ぎ見てこの空を鳥になって飛んでみたい、そう思った。
でも所詮人間の自分は転生でもしない限り鳥には成れないよなぁ、なんて酷く現実的なことを考えながら煙草の煙を吐き出す。
自分は夢も直ぐに現実的に考えてしまうような可愛くない人間だったのか、と小さく溜め息を吐いた。

「伊達ちゃーん、幸せが逃げちゃうよ」

溜め息を吐き終わらない内に隣に居た佐助がいつもの笑みを拵えながら言う。

「Hm?」

「だからさ、溜め息と一緒に幸せが逃げちゃうよ」

「Ha,幸せねぇー…」

幸せ。happiness.
幸せが逃げると言っても、今現在俺は幸せなのだろうか。
果たして、俺から逃げるような幸福はあるのだろうか。
青い空にそう問い掛けてはみるものの、答えが返って来るはずも無くまた小さく溜め息を零した。
こんなことを考えている時点で、きっと俺は幸せではないのだろう。

「ほら、また溜め息。」

佐助が心配そうな表情を浮かべて俺の顔を覗きこみ言った。
くだらない事を考えてる時、余程辛気臭い顔をしていたのかもしれない。
こんな俺だって、辛気臭くもなるものだ。
右目の所為で親に疎まれほとんど絶縁状態で、学校でも奇異の視線に晒され、幸せだなんてとても言い難い生活をしてきた。
それでもって、漸く出来た心の許せる奴に『幸せが逃げる』とか言われて。
どうせ佐助に悩みなんて無い。
いつもあんなへらへらした笑みを浮かべ、誰にでも優しく振る舞って。
俺とは違う。
俺の苦しみなんざ佐助には分からない。
辛気臭い顔をしない方がおかしいというものだ。

だから、つい、思ってもないことを口走る。

「アンタにお前の何が分かるってんだよ」

口は災いのもと、なんて言うけれど正にこのことなんだろう。
空間に皹が入ったような感覚。
言ってはいけないことを言った気がした。

隣の佐助は黙って立ち上がり、俺の目の前に立ち塞がる。
いつものへらへらした笑みは消えて真っ直ぐ俺を見据えている。

「あー分かりませんよ、分かるわけ無いでしょうが」

いつもと違う低い声で乱暴に吐き捨てるように言の葉が投げられる。
そうだ、分かるわけが無いんだ。
俺は右目を失った穢れた化け物。
誰にも理解など、されない。
だから佐助が何を言おうと俺は救われない。
気休めの慰めなどいらない。
仮初めの幸福などいらない。

「だって伊達ちゃん、俺様に自分のこと話したことある?無いよね。全然無い。例え悩みがあってもさ、相談してくれたこと、無いよね。悩みとかってさ、言っちゃった方が楽なんじゃないの?一人で抱え込んで悲劇のヒロイン気取ってんじゃないよ。自分だけが不幸だとか、そんな下らないこと考えてんなら自分が幸せになれる道を探せよ。」

一気に捲し立てられ、息が詰まる。
何も言えずに佐助を見上げる。

「何も言わないで、理解してくれなんて求めるほうがおかしいよ。何もしないで不幸だと嘆くのはおかしいよ。」

眼前の佐助は俺と静かに視線を絡めたままゆっくりと足を進めて近付いてくる。
華奢な腕を伸ばして俺の頬に佐助の手が触れる。
冷たいような暖かいような、佐助の体温が伝わってくる。
細い指が頬を撫で、右目を隠す眼帯へと触れる。
心臓が、どくん、と脈打つのを感じる。

触らないで。さわらないで。サワラナイデ。

そこは醜い。
穢れたもの。
触れたら不幸になる。
だから、穢れてるから、さわらないで。


「触るンじゃねぇッ!」

「…伊達ちゃん、」


お願いだから、さわらないで。


to be continued...


あきゅろす。
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