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06.荊姫・後編





「ふあぁ〜・・・。」

「でかい欠伸だな。昨晩も遅くまで何処で何をしてたんだ?」

「可憐な緋色の騎士様と見回りだよ。」

「は?」

あれから一週間。

日中どんなにクタクタになるまで訓練だの、警護だの、書庫整理だの、報告書作成・・・・お構いましに緋色の騎士様は夜中の11時〜朝方3時までウロウロと城の中外関係なく目を光らせている。

言ってしまったからには俺もそれに同行しているわけだが・・・・正直しんどかった。

最初の頃は二人っきりって事もあり、少なからず下心有りだったが、三日目過ぎた頃にはそんな気持ちは薄れていき、軽装を身にまとった彼女の後ろを大人しく付いて回る日々だ。

一応ここは規律厳しい騎士団のお膝元だ。

毎日何かしらトラブルが起きるわけも無く、ただひたすら歩き続ける事もある。

そしてそんな日常が9日程続いた時、ある出来事が起きた。

俺は連日連夜続く不眠に耐え切れず、ウトウトと転寝をしてしまい、見張りの時間を遅刻してしまった。

起きて時計を見ると、深夜1時半。

ぼんやりする頭でルートを思い描き、彼女がこの時間帯何処をパトロールしていたのか考える。

あの裏庭か。

初めて会った時もこの時間帯だったと思う。

どう言い訳をしようか思考を巡らせながら、俺は愛用の剣を掴み、大きく伸びをして部屋を出た。



少し小走りで例の裏庭へと近づいた時、剣と剣がぶつかり合う金属音が聞こえ、不審に思い歩く早さを緩める。

こんな時間に稽古・・・・な訳ないよな?

しかも相手は1人じゃない。

数人の足音も聞こえる。

俺は足音を偲ばせ、そっと様子を伺った。

「もうそろそろ観念した方が身のためだぜ。」

そこには姫君と初めて出合ったあの日、女の襲っていた騎士が数名の仲間を連れて地面に倒れこむ彼女を見下ろしていた。

薄っすらと月明かりに照らされた彼女の体は土で汚れ、あちこちを擦り剥き血が滲んでいた。

「私は貴様の様な卑怯者に負けはしない!」

男の言葉に俯いていた顔をキッと上げ、彼女は睨みをきかせ地の底から吐き出すような低い声で男を威嚇した。

「ここまで痛みつけられて、自分が置かれてる状況を把握できていないとみる。」

「やはり『裏切り者』の娘は相当頭が悪いみたいだな。」

「帝国を裏切るくらいだ、頭が悪いに決まっているだろう!」

彼女の言葉に、男共は甲高い声を上げて笑いだす。

「貴様ら・・・!」

彼女が剣を掴み、立ち上がろうとすると、あの男が剣を握る拳を左足で踏みつけた。

「テメーがどんなに頑張ったところで、帝国でおける貴様の存在は変わらない。一生裏切り者として蔑まれ、疎まれ、踏みにじられる存在でしかねーんだよ!!」

そう言って、男は彼女の右頬目掛けて右ひじを打ち付けた後、気色悪い声を上げて高々に笑い声を発した。

俺は今までに感じた事のない「怒り」で、握り締めていた拳が震えていた。

そして剣を鞘から抜くと、男達目掛けて飛び込んでいった。

背後から連続して二人の男を地面に沈め、異変に気付き俺の方へ振り返った時には更に二人に攻撃を仕掛けている時だった。

「貴様!何者だ!!」

「こいつ、数日前からこの女と一緒にうろついてた奴っすよ!」

俺の乱入に慌てだした男共は、そそくさと逃げていった。

所詮女1人に集団でリンチしているあたり、気の小せぇどうしようもない小物って事だ。

「おい!大丈夫か!?」

男達が去って行ったのを確認し、俺はすぐに彼女に駆け寄った。

倒れた体を静かにお越し、殴られた顔の怪我を見ようと、俯く彼女の顔を覗くため頬に手を触れた時、冷たい何かが俺の手を濡らした。

彼女は歯を食いしばり、懸命に声を漏らさないよう泣いていた。

「何で・・・あんたはそんなに一生懸命なんだ?」

彼女自身がおった罪でないにも関わらず、裏切り者と蔑まれ、暴力まで振るわれる始末。

小刻みに肩を震わせ泣いているのは、華奢な小さな女の子だ。

本当なら、剣など握らず、華美で色鮮やかなドレスを身にまとい、豪奢な屋敷で数名の召使に傅かれ生活しているはずのお嬢様。

何故、彼女はこの過酷な道を選んだのか。

「父様は帝国を理由無く裏切る様な方ではなかったわ・・・!私は・・・それを証明したい・・・!私が頑張れば父様の汚名を晴らせる・・・!晴らし・・たいの・・・。」

「こんな傷だらけになってまで・・・か?」

腫らした頬を伝う涙をそっと拭い、涙で濡れる澄んだ碧色の瞳と視線を合わせる。

「そうよ。私が選んだ、道だから。」

嗚咽を堪え、はっきりとそれを口にした彼女の瞳はどこまでも澄んで綺麗だと思った。

彼女の選ぶ道が荊の道だと言うのであれば、俺はその棘から守る存在でありたい。

「ならば、俺が傍であんたを支えるよ。辛くて倒れそうになったら支えてやる。だからあんたは自分が選んだ道を貫いてくれ。」

運命・・・というものが本当に存在するというのであれば、俺と姫君との出会いは運命だったんだと思う。

日々、目的もなく飄々と生きる俺に、初めて「俺が存在する意味」を見出せた気がしたんだ。

そっと抱き寄せた彼女の体温を肌で感じながら、この女(ひと)を守り、燃え尽きる事こそが俺の「道」だと・・・・心に決めた瞬間だった。




あきゅろす。
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