04.荊姫・前編
俺は昔からモテた。
「ヴィンセントくんはわたしとあそぶの!」
「ちがうもん!わたしとあそぶんだもん!」
「二人一緒じゃダメなの?」
「だめ!」
俺が5歳の頃。
近所に住んでいたクレアとサラは、毎日のようにどちらが俺と遊ぶかで言い争っていた。
長いストレートの金髪に、真ん丸の碧眼が印象的なクレア。
ぷっくりとした頬をピンク色に染め、笑うとくっきりと笑窪ができるサラ。
二人とも俺は好きだったから、どちらかなんて選べなかった。
「それじゃ、朝御飯食べた後に遊ぶのと、昼御飯食べた後に遊ぶので交互に遊ぼう。」
5歳児にして、堂々と二股宣言をしてしまうあたり、俺はこの頃からモテ男として覚醒していたのかもしれない。
‥‥いや、最低な男か?
どちらにしても、俺はこの日を境に色んな女と遊ぶようになる。
10歳を迎えた頃には、クレアとサラの他に、ショートヘアが良く似合う活発で明るいマギーに、病気がちで体が弱かったアンナ。
内気で物静かだったが、手先が器用で裁縫が得意なジュリアに、話し上手で噂好きなカトレア。
ピンク色のワンピースを常に好んで来ていたハミーに、男勝りで喧嘩早いケイト。
あ〜‥‥まだまだいるが長くなるので省くとして、気づけば俺の回りには多くの女が集まり、午前午後の区分では捌ききれなかったので、時間曜日で交互に遊んでいた。
‥‥‥‥やっぱり最低なのか‥‥‥俺。
こんな生活は、帝都ザーフィアスで騎士になってからも変わらなかった。
「ヴィンセント、また明日も来てくれる?」
「悪いな、明日は別件がある。恋しくなったらまた来るよ。」
城の中にある、騎士達が寝泊まりをしている階とは逆に、下働きで泊まり込んでいるメイド達が休む部屋がある。
俺は同意を得られれば、夜な夜な彼女達の部屋へと忍んで行っていた。
「相変わらずなのね。ねぇヴィンセント、あなた本気で誰か一人を想った事ってある?」
この時俺は16歳だった。
最近付き合い始めた2つ年上のシェラの言葉に、自室に戻るため開けようとした扉の取っ手を掴んだまま、俺は動けずにいた。
本気?一人?
「こんな事ばかりしていると、いざという時信じて貰えないわよ。」
「俺は常に真剣ですけど?」
彼女の方へと振り返ると、長い巻き髪を右手で払い、左手を腰にあて少し怒った表情で俺を見返す瞳とぶつかった。
「真剣だったら、明日は別の女に会いに行くなんて言いません。」
「‥‥そうか?」
「そうです!」
「そうか‥‥。」
シェラの言葉に、やっぱり俺って最低なんだと改めて思う。
思うが‥‥一人なんて俺には選べなかった。
皆それぞれの個性があり、好感がもてるところがいっぱいある魅力的な彼女達から一人を選ぶ?
別に無理矢理選ばなくてもいいんじゃないか?
俺は別に、粗雑に彼女達を扱っているつもりはない。
嫌なら、俺なんかの相手をしなければいい。
好きだと言ってるってことは、そこも含めての言葉じゃないのか?
そんな事をぼんやりと考えながら歩いていると、見張りの騎士すら居ない人気のない裏庭に来ていた。
「やっ!やめてっ!」
来てしまったものは仕方がないと、少し欠け始めた満月を見上げていると、どこからか女の悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
「静かにしろ!大人しくしてれば痛い思いしなくてすむぞ!」
草影に隠れているのか男の声と共に、ガサガサという草の音が2メートル程先で聞こえる。
状況から判断し、女が男に強制的に関係を迫られているようだ。
無理矢理女を押さえつけてヤる意味あんのか?
しかも、こんな固くて土まみれになる草むらで?
優しくエスコートして、ふわふわのベッドで愛し合った方がお互いの満足感が違うだろ?
あ〜‥‥その前に、コイツは相手の了承を得てないんだよな。
強姦だもんなぁ〜。
それだけはしたくないわ。
俺は強姦されかけている女を助けもせず、ぼんやりとそんな事を考えていた。
どういった経緯でこんな状態になってるか知らないが、こんな夜中に出歩く女も悪い。
女に相手にもされない、不憫で情けないアホな男の餌にされてしまう危険があるのに。
おそらく相手の男は騎士だろう。
こんな夜中に城にいるなんて騎士団関係者か、城に住む皇族くらいだ。
どちらにしても、かかわり合うと面倒だ。
そう結論付けた俺は、音をたてないようにゆっくりと元来た道を戻ろうとした。
「そこで何をしているの!」
一歩踏み出そうと右足を踏み出した時、空気を切り裂くような女の怒鳴り声が聞こえた。
驚き、声のした方へ振り返ると、月夜に照らされた鮮やかな緋色の髪が映った。
その女は手にしていた剣を鞘より素早く抜き取ると、男目掛けて剣を素早く振り下ろした。
「や、やめろっ!」
「貴様騎士の人間だな。こんな事して恥ずかしくないのか!」
男は辛うじて女の切先を避け、体を起き上がらせる。
緋色の髪の女は、衣服が乱れ、小刻みに震える女を背に庇い、剣を構え直し男を見据えた。
「なんだよ、誰かと思えば『裏切り者の娘』じゃないか。」
「!?」
「テメーみたいなのが、この俺に剣を向けるとは、はっ!こんな時間に『裏切りさん』は何をしてるんだ?」
「貴様・・・・父様を侮辱するとは、許さない!!」
緋色の髪の女は、重心を低くし、今にも男の懐に飛び込んでその切先を腹部に突き刺す体制をとった。
やばいだろう!
城の中で流血殺傷事件とか!?
「キャー!誰かぁ〜!人かしんでるぅ〜!」
俺は彼女を庇うつもりはなかったが、このままでは相手の男を切りつけてしまいそうだったので、できるだけ甲高い声で女に成りすまし気を逸らす手段にでた。
俺の迫真の演技によって、誰かが来たと勘違いをした男は一目散にその場から立ち去って行った。
「大丈夫よ、これを着て、あなたは自分の部屋に戻りなさい。ここは私が・・・。」
緋色の髪の女は自分の上着を脱ぎ、乱れた女の肩にそれをかけると、そっと彼女をその場から逃がした。
女を安心させるように微笑んだ彼女の表情は、優しく輝く月の光りに照らされて離れた場所から見ていた俺の目にもはっきりと見えた。
綺麗・・・だと思った。
剣を構え、自分より頭一つデカイ男と対峙している姿を見た時も思ったが、彼女はとても綺麗に感じた。
不思議な気分だった。
これが俺と『姫君』との出会いだった。
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