0x.早朝の会談
コン、コン。
早朝6時。
かすかに聞こえた部屋をノックする音で、蓬生は目を覚ました。
昨日まで自分が愛用していたベッドは、急遽やってきた幼馴染に譲り、自分は固く冷たい床の上で一晩を過した。
おかげで体のあちこちが痛い。
両手を高く上げ、大きく伸びをするとベッドの上でスヤスヤと眠る幼馴染を眺める。
慣れない長旅に疲れたのだろう。
隅のほうで小さく丸まって起きる気配が無い。
かわええな・・・。
そう思い、柔らかいミルクティー色の髪の毛に触れようとした時。
ドン、ドン、ドン。
先程より幾分強めに、少しイライラした様な、そんなノックの音が部屋の扉の向こうから聞こえてきた。
こんな早朝に蓬生の部屋を訪れる者など、この横浜にはただ1人しかいない。
触れ損ねた手を引っ込め、軽くため息をついて蓬生は部屋の扉を開けた。
「静かにしてくれへん。みーちゃんが起きてまうやろ。」
「なんや、まだ寝てたんか。」
扉の先には予想通りもう1人の幼馴染が、既にきっちりと制服を身に着け仁王立ちしていた。
「今何時やと思っとるん?まだ6時やで?」
「仕方ないやろ、目ぇ醒めてしもたんや。みちるは昨日お前んとこで寝たんか?」
「まだぐっすり寝とるよ。大丈夫や、手なんか出しとらん。」
「当たり前やろ!」
「しー!みーちゃん起きてまう。」
つい上げてしまった声に、慌てて千秋が左手で口を隠す。
そして、部屋の中で眠る少女の様子を窺うが起きる気配はない。
「ラウンジへ行こか。ここじゃあかん。」
寝間着に使用している浴衣の着崩れを直しながら、蓬生が声を落とし言った。
「みちるの事はどないする?」
寮生の憩いの場として用いられるラウンジには、さすがにこの時間誰もいなかった。
天井近くまである大きな窓からは、燦々と太陽の光りが差込、今日も暑くなるのかと蓬生は心なしかゲンナリとした気持ちで外を眺める。
「どないするも、本人帰る気ないで。」
千秋の問いかけに答え、ゆっくりと近くにあった椅子に腰掛ける。
千秋もそれにならい深く椅子に腰掛けた。
「もうこの際、帰る帰らんはどうでもええ。俺達は大会の練習があるし、みちるをかまっている暇なんかあれへんって話や。」
「そやなぁ・・・。正直俺はみーちゃんと買い物とか観光とかしてたいんやけど・・・千秋許してくれんし。」
「当たり前や。いくら向こうが如月無しで楽勝やて、手を抜く気はあらへん。」
「みーちゃんおとなしゅうしてくれへんかなぁ・・・。」
「無理やな。音楽に興味ないあいつが、おとなしく俺達の演奏を聴いてるとは思えへん。」
2人がヴァイオリンを始めた頃から何度となく練習につきあってはきたが、厭きる度にその場を離れ行方をくらまし、必死になって千秋達が探すはめになるのだ。
そんな事をこの横浜でされたら、気がそがれ練習どころではない。
「ほっておく」という事も一つの手だが、なんだかんだ言って幼馴染みを大切に思っている2人は気になって仕方がないのだ。
「そや、八木沢君に面倒見て貰んはどやろ?」
考えをめぐらせていた蓬生が、名案と言わんばかりに手を打って千秋の顔を見る。
「八木沢君なら誠実な感じやし、下手な事せんと思うんやけど。」
「ユキ・・・か。確かにあいつは信用できんな。いや待て、至誠館は男子校やろ。ユキは大丈夫やて他の奴らは女に飢えた獣みたいなやつらとちゃうか?」
至誠館の生徒が聞いたら怒りそうな内容を至極真面目に考える千秋。
「それはあかんな。ほんまは小日向ちゃんが一番安心なんやけど・・・。」
「あいつらも一応大会の練習があるやろ。」
「そやろなぁ・・・。」
「朝早くにどうしたんだ?」
千秋と蓬生が、あーでもないこーでもないと考えている時、ふと男子寮生が寝泊りをしている部屋へと続く廊下から聞き覚えのある声が聞こえた。
「なんだ、如月か。」
驚いて振り向いた2人の目線の先には、同じく寮で生活を共にする星奏学園吹奏学部部長「如月律」の姿があった。
「そや!如月君はどやろ?」
閃いたと言わんばかりに、蓬生がその場から立ち上がり千秋を見る。
「そうか・・・如月は今怪我で練習ができないんだったな。」
「如月君はなんや、そうゆう事に興味なさそうやん。」
「ないな。こいつは。」
2人はうん、うんと頷きながら律を値踏みするように見つめる。
「な・・・なんの話だ?」
話が見えない事に少し動揺している律に、不吉な笑みを浮かべた神南生徒2人が近づいて行く。
そして、ポンと互いに律の肩を叩きこう言った。
「俺達の代わりに世話を頼む!」
その後、千秋に叩き起された私は、寝ている間に勝手に決められたやり取りの話を聞かされる事となる。
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