05.優しく微笑む月光
「私、小日向かなでって言います。」
淡いオレンジ色の太陽みたいな髪色をした女の子が私の前に立つ。
にっこりと微笑んだその少女は、女の私から見ても可愛いって思えた。
「ほら、みーちゃんも挨拶して。」
背後に立つ蓬生が私の両肩を叩き促す。
泣き腫らした酷い顔を上げ、私はぎこちなく自分の名前を口にした。
「日向みちるです。」
「はい。たんとあるからいっぱいお食べ。」
生温い夜風が吹く中、寮生達が集まり庭先でバーベキューを始めていた。
私は皆とは少し離れた場所に設けられた椅子に座り、蓬生から手渡された皿を受け取りそれをぼんやり眺めていた。
そこには美味しそうに焼かれた肉が小山を作って盛られていた。
「熱いから気をつけて食べるんよ。」
蓬生は隣に座り麦茶を飲んでいる。
「ほうちゃんは食べないの?」
「少しな、夏バテ気味で食欲ないんよ。」
「食べなきゃ力でないよ。」
「そやね。だからみーちゃんはいっぱい食べて元気だしてな。」
私が右手に持っていた割り箸を蓬生が取り、パチンと綺麗に二つに割る。
そしてそれを左手に持ち替えると、私が持つ皿の中から一枚こんがり焼けた肉をつまみ私の口のそばまで持ち上げた。
「はい、あーん。」
「あーん。」
私は言われるがままに口をあけ、そこへ蓬生が肉を放り込む。
「美味しい?」
「うん・・・。」
「ほなもう一口。」
咀嚼した肉を飲込むと、私は抵抗無くまた口をあけた。そしてまたそこに蓬生が肉を放り込む。
まさに「親鳥が雛に餌を与えている」といったところだ。
「みーちゃんはどうして、家出なんてしてきたん?」
ある程度私が皿の中身を食べ終えた時、静かに微笑みながら蓬生が呟いた。
家出の理由-----・・・それは突如もたらされた婚約話。
家の存続の為に婿をとる。
それは幼い頃より、ずっと言い聞かされた事。
「その時がきた」それだけの事なのかもしれない。
だけど。
「今後一切、あの2人とは会うな。」
もう・・・会えなくなる。
そんな事考えもしなかった。
私の気持ちが伝わる事がなかったとしても、互いに別のパートナーを迎える事になったとしても、今までのように会えると思っていた。
嫌だった。
その現実から逃げ出したかった。
だから逃げてきた。
この横浜の地に。
彼らがいる所に。
2人なら今の苦しみから逃がしてくれるって思ってた。
だけど違かった。
もしかしたら、2人にとって私は邪魔な存在なんじゃないかって思えてきた。
だって、千秋にあんなに「帰れ」言われるなんて思っても見なかった。
本当の事を話したら、余計に帰れって言われる気がした。
私は・・・・。
「私は・・・2人の邪魔?会いに来ちゃいけなかった?」
「ちゃうよ。みーちゃんが会いに来てくれて嬉しいんよ。でもな・・・・。」
そこで蓬生は口を閉ざし、左手に持っていた箸を右に持ち替え、空いたその手で私の頭をひとなでした。
「心配したんよ。ほんまに。」
甘く囁くような言葉。
大きく優しい手がゆっくりと髪に触れる。
「千秋とて同じや。心配やったからあんな怒ったんよ、わかってな。」
「・・・うん。」
「まぁ、親父さんの事も半分はある思うけどな。」
「ふふ、そうよね。」
体の弱かった蓬生には手加減をした父だったかが、千秋にはかなり本気で殴りかかっていた。
そのせいもあり、千秋は父の事を必要以上に恐れている所がある。
それも実の父親以上に。
それを思い出し、私はクスクス声をこぼして笑った。
「やっと笑ったな。ほんまみーちゃんはかわええな。」
言葉と同時に蓬生の体が椅子から浮き上がった。
そしてゆっくりと私に近づき左頬に顔が近づく。
ちゅ。
左耳の近くでそんな音が聞こえた。
「話したくなったら話してな。約束やで。」
一瞬何が起こったのか理解が追いつかず、呆然とする私の目の前には、悪戯が成功した子供の様な破顔した蓬生がいた。
(やっぱり私、ほうちゃんが好き。)
彼から送られた柔らかい感触を手のひらで覆い、顔に昇る体温を感じながら私は彼への想いを噛締めた。
「ダメだ。」
「何でよ。」
「ダメなものは、ダメだ!」
「だから、何でよ!」
「いいからお前は大人しく地味子に連れられて女子の方へ行け!」
「やだ!1人は嫌だもん!ほうちゃんと寝たい!!」
「あの・・・・どうしましょう。」
私と千秋の言い争う中、不安げにかなでが蓬生の顔を仰ぎ見る。
夜も更け、バーベキューの片付けも程ほどに私達は寝る準備に入った。
替えの服など持って来ていなかった私は、千秋と蓬生に付き合って貰い、急遽コンビニに赴き恥ずかしながら替えの下着などを購入し寮へと戻ってきた。
寮へと戻って来ると、玄関にかなでが待っていて私を部屋へ案内すると言われた。
てっきり大部屋みたいな所で皆で寝れると思っていた私は、まだ慣れていないこの環境で1人っきりにされる不安からかなでと同行する事を拒否した。
そして、千秋の雷がまた落ちたのだ。
「俺かて、みーちゃん抱き枕にして寝たら気持ちええと思うけどなぁ・・・。」
「バカか蓬生!!!んな事思っても口にするな!!!」
「そだよ!私もほうちゃんに抱きついて寝たいよ!」
「おまっ!?意味わかっていってんのか!?」
「何が?」
真っ赤な顔をして怒鳴りつける千秋に、言われている意味がわからないと私は小首をかしげて問いかけた。
この時の私はまだまだ子供で、男女の関係なんてそんな事考えてもいなかったのだ。
または、小さい頃から一緒にいすぎた事が、私の2人にたいする感覚を鈍らせていたのかもしれない。
「もう・・・いい・・・お前と話をしてると頭がおかしくなる・・・。」
ガックリと力なく頭を下げ千秋が呟く。
「そっか。千秋仲間外れにされたくないのね。しかたないなぁ、今日は千秋と一緒に寝てあげるよ?」
やっと千秋が怒っている意味を理解したと、両手を叩き私が喜ぶと、うな垂れていた千秋の頭がゆっくりと持ち上がり私の顔を引きつった笑みで睨みつけてきた。
「そうだな。きっちり男と2人で寝るってどう言う事か、一晩かけてしっかり教え込んでやる。」
ガシッと私の二の腕を掴み、千秋がズンズン自分の部屋へと歩き出した。
「まっ、待ってな千秋!ダメや!俺が許さへん!!」
今までのんびり構えていた蓬生が千秋の行動に慌てだす。
薄っすらと電球が灯るだけの薄暗い廊下へと消えていく私達を、呆然としながら見つめていたかなでではあったが、ふと「やっぱり幼馴染っていいな」っと思い微笑むのであった。
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