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11.ノウゼンカズラ





「きゃ〜!千秋君カッコイイ!!」

「蓬生く〜ん!こっちむいてぇ〜!!」

「神南愛してるぅ〜!!!」




時は午後の3時をまわった頃。
市民の憩いの場である緑豊かな臨海公園では、関西からやって来た2人の王子様に熱い声援を送る女性達で溢れかえっていた。

横浜に来て、僅か一週間たらずでこれほどのファンを集めてしまう幼馴染達を、少し離れたベンチに座りながら遠巻きに眺める。

「相変わらずスゴイですね、神南高校の皆さんは。」

海から吹く潮風を感じながら、沖の方に小さく見える運搬船を眺めていると、ヴァイオリンケースを抱えたかなでが目の前に立っていた。

「うん、いつもの事だよ。神戸にいた時から2人はあんな感じ。」

眉を下げ、苦笑いをこぼしながら私はかなでを仰ぎ見る。

かなでは薄っすらと額に汗を滲ませ頬を赤く染めていた。

きっと今の今まで、明日の大会の為、炎天下の中練習をしていたのだろう。

私はそっと、かなでが座れるようにスペースをあけ、手に持っていた飲みかけの飲料水を彼女の前に差し出した。

「ゴメンね。飲みかけでもよければこれ飲んで。」

「すみません。丁度咽が渇いてて、いただきます。」

かなでは隣に腰掛けると、寝かせるようにヴァイオリンケースを自分の横に置き、私の手から飲料水を取り一口飲んだ。

「ありがとう。」

「うんん、それより明日の大会頑張ってね!」

私がそう両手に握り拳を作って、近くで聞こえる女性達の声援に負けないくらい大きな声で言うと、くりっとした真丸の緑色の目を、さらに大きく見開き驚いたような表情でかなでが見つめてきた。

「えっと・・・みちるちゃん、私達星奏学園の対戦相手・・・知ってる?」

このかなでの質問に、今度は私が目を見開いて、頭の上に大きなハテナマークを浮かべながら小首を傾げる。

「対戦相手?全国の高校生が集まって競い合うんじゃないの?」

「確かに大まかにはそうなんだけど・・・今回の全国学生音楽コンクールは、各校の代表者がアンサンブルを組んで学校ごとに競い合うって形で、私達、星奏学園の対戦相手は事実神南高校と一騎打ちって言うか・・・。」

「えぇ!?一騎打ち!!?」

「トーナメント制になってて・・・そう、なるかな。」

困った様な表情でかなでがニッコリと笑った。

つまり、全国制覇を目指す千秋達にとって、最初の関門となるのが、かなで達星奏学園という事。

「そう言えば、律君もアンサンブルメンバーじゃないの?私、律君が皆と練習してるところ見たことないんだけど・・・。」

「そっか、みちるちゃんは知らないんですね。律は前回の東日本大会で痛めていた傷を悪化させてしまって、今回の大会には出れないんです。」

律の話を持ちかけた瞬間、かなでの表情が曇った。

「そ、そうなんだ!ゴメンね、何か辛い事聞いちゃったよね。」

聞いちゃいけない事を言ったのかもしれない。
そう思った私は、すぐさま謝罪の言葉を口にした。

「最初はショックだったけど、今は大丈夫です。それに、ファイナルまでには傷の痛みが落ち着きそうだって言ってたから・・・だから、必ずセミファイナルは勝ち抜いてファイナルに繋げたくて・・・ってごめんなさいみちるちゃんに言う話じゃないよね。」

少し切なげに、儚く微笑むかなでの表情に心が痛んだ。

本当は心配で、不安でしかたがないのに、それを見ないフリをして大会に集中しようと頑張っている。

なんて健気で可愛いのだろう。
ついそんな事を思ってしまった。

「かなでちゃんは律君の事が好きなんだね。」

思いがけない私の言葉に一瞬で顔を赤く染めるかなで。

「そ・・・そんなんじゃないです!だって・・・律は私の事なんか何にも思ってないし・・・幼馴染だし・・・だから心配するのは当たり前なんです!」

暑さからではないだろう。
額に汗を浮かべ、顔を赤く染めたかなでの表情。

どう見ても動揺してるようにしか見えない。

「ふふ、かなでちゃんって可愛いね。」

「もぅ!みちるちゃんからかわないで下さい!」

怒ったかなでが私の膝をポンポン叩いてきた。

「和むなぁ〜・・・。」

「おっさん臭いぞ、蓬生。」

気付ばライブを終えた千秋と蓬生が、それぞれの楽器を手に持ち近づいてきた。

「ええやん。可愛い女の子が2人でじゃれとるの、見てて和まへんの?」

「俺にコメントを求めるな。」

「なんや、千秋照れとんの?」

「違うっ!それより、帰るぞみちる!!」

少し頬を染めた千秋が睨むように私を見ると、早くしろと言わんばかりに私の腕を掴みベンチから立たせられた。

「痛いよぅ。乱暴なんだから千秋は。」

「そうや、みーちゃんの腕に痕でもついたらどないしてくれんの?」

「うっさい!行くぞお前ら!」

千秋に腕を掴まれたままズルズル引きずられる。

あっという間の出来事にぽかんと口を開けて見つめるかなでに、私は満面の笑みを浮かべ、自由な腕を高く挙げ左右に大きく振った。

「じゃあ、小日向ちゃん。また後でな。」

そう言って長い藤色の髪をなびかせ、歩き出す蓬生の後姿を眺めていた時、ドンという強い衝撃がかなでの背中を襲った。

驚いて振り向くと、そこには見知ったクラスメイトが4人ニヤニヤした表情で見下ろしていた。

「かなでぇ〜、王子様達と仲がいいみたいじゃない。」

「な、仲がいいて言うか、同じ寮に住んでるし・・・それだけだよ?」

「ねぇ!さっきあんたと一緒に居た女の子、誰?」

「千秋様とどういう関係!?」

ベンチに置かれたかなでのヴァイオリンを1人が抱え、左右から取り囲むように彼女達はベンチに座ってきた。

「あの人は神南高校のこで、東金さん達の幼馴染なんだって。」

野次馬根性と言うか、何と言うか・・・。

芸能レポーターなみに真剣な表情で探りを入れてくる彼女達に、少し引きつる笑顔をみせながらかなでが答える。

「ねぇ!お2人のどちらかと付き合ってたりするの!?」

「そ・・・それは無いと思うよ・・・多分・・・まだ・・・。」

最後の言葉は聞こえないくらい小さな声だった。

何故なら、今は『そう』じゃなくても、近い将来『そう』なるんじゃないかと、かなでの中で確信めいた感情があったからだ。

「なんだぁ〜・・・そうなんだぁ〜。」

一通り聞きたい事を聞いて、彼女達は安堵からか力が抜けたようなため息を吐いて、のそのそとベンチから立ち上がった。

「じゃ、これは忠告!」

やっと解放される、そう肩の力を抜いた時、クルッとそのメンバーの中心的な1人がかなでに振り向きこう言った。

「神南高校の2人にかなり熱を上げてる女子もいるから、気をつけた方がいいってその幼馴染のこに伝えて。」

「気をつける?」

「女の嫉妬は恐い・・・って話よ。」









水平線は暗い紫色をしていた。

数時間前のあの騒ぎが嘘のように、打寄せる波の音と、過ぎ去る人たちの足音だけが響いていた。

夏休みに入り、特にする事も無く、暇を持て余しては気の合う仲間同士で臨海公園に集まり時間を潰していた。

全国学生音楽コンクールならぬものが近くで行われているみたいだが、メンバーに選ばれなかった自分には関係のない事だと思っていた。

そんなある日。

心を奪われるある出来事がおきた。

8月に入り、昼間であってもさほど人の集まらないこの公園に多くの人が集まるようになった。

卓越した音楽センスと、人を引き寄せるカリスマ性。

キラキラと輝くその王子様の登場に心が躍った。

お近づきになりたい。

もっと彼の事が知りたい。

淡い恋心のような想いを抱きながら、彼女は惜し気もなく通い続けた。

言葉を交わすことが叶わぬとしても、あなたの姿を見ることができればそれでいい。

だが、その想いはある出来事を境に歪んだ物へと形を変えていった。

あの女は、誰?

親しげに彼と話す女の存在。

最初はほんの小さな傷でしかなかった。

だが、時を追うごとにその傷が深さを増し、彼女の心を引き裂いていった。

苦しい。

苦しい・・・。

彼女の瞳からは一粒の涙が流れ、頬を伝って落ちていった。


「どうかしたんか?お嬢さん。」


ハッとした。

1人でベンチに腰掛けていたはずなのに、気付けば知らない男が自分の隣に座っていたからだ。

「だ・・・誰ですか?」

驚いて、上ずった声で彼女が言葉にする。

「通りすがりのお兄さんやで。」

そう言って、あやしげな関西弁の男は、そっとハンカチを彼女に手渡した。

少し長めの前髪を軽く後ろに流し、サイドの髪は短く整われていた。

切れ長の目を細め、軽く弧を描く唇。

襟を少し立てて、軽く前をあけた白色のYシャツをラフに着こなしていた。

会社帰りのサラリーマンだろうか?

出で立ちや雰囲気からそう感じた。

「なんや、元気ないみたいやな。飴ちゃん食べるか?」

関西弁を喋るあやしげなサラリーマンは、おもむろにズボンのポケットを探り小さなイチゴミルク味の飴を取り出した。

「い・・・いらないです。」

「そっか。じゃ、ついでに聞きたい事あるんやけどな。」

何がどうついでなのか、わけがわからないと思っていると、男が一枚の写真を胸ポケットから出してきた。

「このこ知らんか?」

差し出された写真を見て、彼女は目を見開いた。

そこには、恋焦がれる彼と似た制服を身にまとった1人の少女が写しだされていた。

見間違うはずは無い。

あの女だ!

「知ってるわ、私。」

「ほんま!?いやぁ〜、俺ってラッキーや〜。1人目で見事情報ゲットや〜。」

いや、俺って天才!などと浮かれた台詞を吐いたかと思ったら、グイっと彼女の肩を抱き、今までのチャラチャラした雰囲気から一変し、恐怖を感じる程の強い視線で彼女の瞳を覗き込んできた。


「詳しくよろしゅう頼むわ。」


それは一瞬で、汗が引くくらい凍るような冷たい目だった。








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