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10.鉄壁の守り 崩すのは君





私が横浜にやって来て4日目の朝を迎えた。



ピピピ・・・。

携帯から鳴り響くアラームの音を止め、私は寝癖でくしゃくしゃの頭を起しながら周りを見渡す。

初めて横浜に来て2日目の夜。
この日から私専用に割り当てて貰った女子寮の個室で1人で寝ている。

6畳程の小さな部屋は、備え付けのベッドと家具によってほとんどの面積を占められていた。

それは男子寮も同じ事で。
私が蓬生の部屋に転がり込む事で彼の寝床を占領してしまい、結果、硬い床で一晩を過させてしまった。

流石に身長の高い蓬生相手では、簡易的に設けられたシングルベッドは、私と2人では狭く寝づらかったのかもしれない。

夏バテ気味で少し弱っている蓬生の体を気遣い、大人しく1人で寝る事に決めたのだ。

半分は千秋に無理矢理部屋に押し込まれた・・・という感じだけど。

まだ慣れないこの部屋には寝る事以外で過す事はなかった。

早々に起き、身支度を整え、足早にラウンジへと向かう。

今日は、白地にピンクの花柄が散りばめられ、裾にレースがあしらわれたワンピースを一枚着た。

大地と一緒に買い物をした時に新調したものだ。

「律君、おはよう!」

熱帯魚の入った水槽の前に居た律に声をかける。

「おはよう。」

私に気付いた律が、振り向きながら穏やかに微笑み返してくれる。

朝からお美しい律の微笑みを見ることができて、なんて贅沢なんだろう・・・なんて事を考えていると。

「うっわぁ〜!寝坊した!!」

ドタドタと大きな足音と共に、男子寮からトロンボーンを抱えた新がかけてきた。

「新君、おはよう!」

寝癖でぴょんぴょんはねた髪を見つめながら、玄関先で急いでクツを履く新に挨拶をする。

「あ!おはよう、みちるちゃん!うっわぁ〜・・・その花柄のワンピース姿、可愛いよ!」

声をかけられ振り向いた新は、私の姿を見て満面の笑みで嬉しい事を言ってくれる。

調子に乗った私は、そう?と言いながらクルリとその場で一回転してみせた。

蕾の様に丸みを帯びたスカートの裾が、回ったことでいっそうふんわりと揺れる。

「か・・・可愛い!もう一回、もう一回回って!」

「よーし!リクエストにお答えしていつもより多めに回っちゃうよ!」

目を輝かせ満面の笑顔で褒めてくれる新に気をよくした私は、スカート丈が短い事など気にも留めず言われるままにクルクル回る。

「お前は朝から何をしてるんだ!」

そんな事を2、3度繰り返していると、後ろから怒気のこもった声で千秋にド突かれた。

「い・・・痛い・・・。」

平手チョップを頭に受けた私は、両手で頭を押さえながら涙目で千秋を振り返る。

「あ〜・・・俺、朝練行かなきゃ!またね、みちるちゃん!」

空気を読んだ新が早口でそこまで言うと、いそいそと出て行った。

「叩く事ないのに・・・。」

まだジンジンと痛む頭を押さえながら恨めしそうに千秋の顔を見上げると、それがどうした、と言わんばかりに平然と見下ろす彼の瞳と視線がぶつかる。

そしてフッと小さく微笑むと、大きな手の平が私の背中に触れ。

「朝飯、食いに行くぞ。」

そう言って千秋は私の横に並び、歩き出した。

私は背中に回された手に押し出されるように歩き出す。

食堂に着くと、星奏学園の制服を着た寮生達が用意された朝食を食べていた。

「あ、みちるちゃんに東金さん、おはようございます。」

私達に気付いたかなでが席を立ち、にこやかに挨拶をしてくれる。

食堂には10人が座れる程の大きなダイニングテーブルが3つあり、彼らは向かって左側のテーブルを囲うように座っていた。

かなでの向かいには律の弟だという響也が、そして1つ席をおいて律が並んで居た。

そして・・・。

「睦君、なんでそんなに離れて食べてるの?」

この3人から距離を置くように、真ん中のテーブルの端で細々とご飯を食べる芹沢が居た。

声をかけられた芹沢は、一度箸を置くと、おもむろに立ち上がり「部長、先に頂いてます」と千秋に向かって一礼をした。

「芹沢、お前の隣いいか?」

「あ、はい。」

けっして社交性がある・・・とはお世辞にも言えない芹沢の性格。

他校生ばかりしかいないこの状況に気まずさがあったのだろう。

それを読んだ千秋はごく自然に芹沢の側に寄る。

後をついて私も千秋の隣に座った。

席について間も無く、キッチンに用意されていた朝食をおぼんに乗せ、かなでが私達の前に運んできてくれた。

「ご、ごめんなさい。自分でやるね!」

座ってれば自然とご飯が出てくる、という環境で育ってきたせいか、何の疑問も抱かず席についてしまった事に恥ずかしさを感じる。

そうだ。

ここは家ではないのだから、自分のご飯くらい自分で用意しなくてはいけなかったんだ。

「悪いな地味子。後、お茶を持って来い。」

悪びれも無くかなでに御願い・・・いや、命令をする千秋にため息が出る。

「ダメだよ。自分の分は、自分で持って来るんだよ。」

「使える奴は使う。それが俺のモットーだ。」

「呆れた・・・。まぁ、千秋ってそーゆう人だよね。」

「だろ?」

「そこ、関心する所ではないと思いますが・・・。」

私と千秋の会話を聞いて、芹沢がボソリと呟く。

今日の朝食はご飯、お味噌汁、鮭の塩焼きに卵焼き、ウインナー焼きに生卵、昨日の夕飯の残りの煮物に・・・。

「それを俺の横で食べるなよ。」

千秋の大っっ嫌いな納豆だった。

「相変わらずだなぁ〜。納豆美味しいよ。」

納豆のパックに手を伸ばした私に、憎悪の瞳で千秋に睨まれた。

そこまで睨まなくてもいいと思うのだけれど・・・。

納豆を食べる事をあきらめた私は、箸を持ちお味噌汁に口をつける。

豆腐とわかめ、というオーソドックスなお味噌汁をすすりながら、蓬生はまだ起きて来ないのかな、なんて考えていた。

蓬生は朝が弱い。

低血圧なのか、なかなか朝は起きて来ない。

ほって置けば自然と起きては来るのだけれど・・・ご飯を食べたら起しに行こうかな。

そう思った時、不意に千秋に名前を呼ばれた。

「ん?何?」

呼ばれ隣を振り返ると、目の前に箸に摘まれた美味しそうな卵焼きがあった。

言われている事がその行動でわかった私は、口を開け、出された卵焼きを半分口に含んで咀嚼した。

「甘くないよ。美味しいよ。」

「ん。」

その私の言葉に、残りの半分を口にする千秋。

彼に言わせると甘い卵焼きはありえない、らしい。

時々毒味の様に、私に甘さの加減を確認させてから食べていた。

つまり私達にとって普通のやり取りなのだが、その光景を初めて見たかなで達は好奇な物を見るような視線で私達を遠目から眺めていた。

「本当に仲がいいんですね。東金さん達って。」

少し遠慮気味にかなでが話しかけてきて、その問いに首をかしげながら私が肯定の言葉を口にした。

「かなでちゃん達もしない?」

「するか!」

私の問いかけに、何故か顔を赤らめて響也が答える。

「そうなの?」

同じ幼馴染でも違うのかな?なんて思っていると、今度はウィンナーを私の目の前に持ってくる千秋。

「ほら。」

「うん。」

出されるまま抵抗無くそれをまた口にすると。

「餌付けしてるみたいで、いいだろ。」

肘を立て、頬杖をつきながら挑発するような視線で響也を見る千秋。

「あんたな・・・!」

言葉の意味をどう捉えたのか、先程よりもいっそう顔を赤らめ、呆れたような怒るようなそんな複雑な表情を見せる響也。

「え〜!私餌付けられてたの!?」

「今頃気付いたのか?」

千秋の言葉に、少しショックを受けた私は、仕返しとばかりに千秋の前に同じく箸に摘んだウィンナーを突き出す。

「はい、千秋召し上がれ。」



「あかんよ。それは俺のや。」



言葉と同時に、箸を持つ私の右手首にスラリと伸びた白く長い指が絡みつく。

そして、ギュっと優しく握られるとそのままグイっと上に上げられた。

呆気にとられ、私の手首を握る人物を仰ぎ見ると、箸につままれたウィンナーをパクリと食べてしまった。

「ほうちゃん!?」

「おはよう、みーちゃん。今日もかわええな。」

もぐもぐとウィンナーを咀嚼しながらニッコリと笑う蓬生。

「蓬生・・・お前図ったな。」

「さぁ、なんの事やろ。」

少し怪訝な空気を漂わせる千秋に対し、飄々と答える蓬生。

「ねぇ、見てみて!この服!」

箸を置き、席から立ち上がると、蓬生の前に立ち、新の前でもやった様にくるりと一回りして見せた。

「それ、この間こうてきた服やね。よぅにおとるよ。」

「ホント?嬉しい!これね、大地君に買って貰ったの!」

私の一言に、その場が一瞬時が止まった様に感じた。

ん?あれ??

何だろう。

何か空気が重くなった様な・・・。
そんな事を感じたが、見上げる蓬生は笑顔のままだ。

気のせいかな?そう思い言葉を続ける。

「これね、一目惚れしてね、凄く気に入ってね!そしたら大地君がプレゼントしてくれたんだよ!」

意気揚々とそこまで口にすると、後ろで「はぁ〜・・・」っと壮大なため息が聞こえた。

ん?

私なんか拙い事でも言ったのかな?

「みーちゃん。それ、脱ごうな。」

「え!?」

「そやね、みーちゃんにはもっとにおとる服があるはずやから、それ今着んでもええよね。」

「えぇ!?」

「そや、今日は替えの服こうてこよ。えぇよな、千秋。」

「好きにしろ。」

「決まりや。とりあえず、それ脱ごうな?」

ニコニコ笑っているのに、蓬生の背後からはただならぬ冷気を感じて、私は訳がわからぬまま頷く事しかできなかった。

そして私の腕を取ると、スタスタと女子寮の方へと歩き出す。



「何やってんだ・・・アイツは・・・。」

私達が立ち去ると、重い空気を断ち切る様に、大きめのため息を吐き響也が愚痴る。

「大地先輩は、多分・・・悪気は無いんだよ。」

苦笑いをこぼしながらかなでが口にする。

律はと言うと、この状況に頭が追いついていないのだろう。

「似合っていたのに、勿体無いな。」などとボソリと呟いていた。

「東金さん・・・もしかして・・・・・土岐さんってすッごくやきもち焼きですか?」

かなでの言葉に、黙々と朝食を片付けていた千秋が小さくため息を吐き。


「『あれ』はみちる限定だ。」


その後、元町通りで買い物をしているところを偶然通りかかった大地と出会い、少々いざこざがあった事は・・・また、別の話。



あきゅろす。
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