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08.闇夜に沈みし乱れた心






自分の中に潜むこの想いを、なんと呼ぼうか。







「あ、東金さん達も練習の帰りですか?」

日は既に西へと傾き、辺りは夕焼けで赤く染まっていた。

蓬生と千秋は、山下公園でのライブを終え寮へと帰る途中、交差点を右折した所でかなでに声をかけられた。

「よう、地味子じゃねーか。お前も練習帰りか?」

パタパタと駆け足で近づいてきたかなでの足音に歩みを止め振り返ると、夕日に照らされてキラリと眼鏡を光らせた律がのんびりとこちらへ近づいてくる。

「如月、今日はみちるの世話をして貰って悪かったな。」

「礼を言われる程の事じゃない。」

相変わらず感情の読み取れない表情で淡々と答える律。

千秋と律がそんな会話をしていた時、蓬生はある違和感を感じ、キョロキョロと周りを見渡した。

「あれ、みーちゃんは一緒とちゃうの?」

今朝、練習に集中する為、寮へと置いて来た幼馴染。

箱入り娘として育てられたせいか、幾分世間の常識から外れたその少女を心配し、自分達以外で保護者的な存在となり得る律に「見張り」を任せたはず。

だが、律の隣には彼の幼馴染であるかなでしか居ない。

これはどう言う事なのだろう。

「すまない。俺は小日向の練習を見に出てしまって、代わりに大地が彼女と一緒に居る。」

こちらは考えに考え抜いて頼んだ事だというのに、事の重要性にまったく気付いていない律は悪びれも無くそんな事を口にした。

「大地?」

聞き慣れないファーストネームに千秋は復唱しながらぼんやりと仰ぐ。

「榊くんや!」

誰の事を指しているのか直ぐに気付いた蓬生は驚きの表情と共に千秋を見る。

「榊って・・・お前んとこのヴィオラか?」

ファミリーネームを聞かされて誰を指しているのか気付いた千秋は、確信を得るようにかなでに訊ねる。

聞かれたかなでは静かに頷いた。

「よりによって・・・何故そこをチョイスしたんだ・・・。」

横浜に来てまだ数日しか経っていないが、ある程度身近に存在する人物の特徴は把握できていた。

榊大地。

一般的な高校男子と比べ姿形良く、それなりに女の扱いを知った男だと思った。

はっきり言えば、ダントツ一番で彼女に近づけたくない人物でもあった。

「如月君・・・俺一生あんたを恨むで。」

蓬生の言葉に、意味がわからないと複雑な表情を見せる律。

恋愛面に敏感な現役女子高生であるかなでは、彼らの様子や、今までの会話から状況を読み取り、律が犯してしまった罪を心の中で謝罪した。

仕方ない。

そういった事に鈍感な律だからこそ、彼女の保護者役に任命したのだから。

半分諦めにも似た脱力感に苛まれながら、蓬生は菩提樹という名の家路へと急いだ。






寮へと戻ってきた蓬生は荷物を千秋に渡しラウンジの方へ足を向けた。

キョロキョロと周りを見渡し、くまなく探したが何処を探しても幼馴染の姿が見当たらない。

かなでに協力して貰い、女子寮の方も探してもらったが見つからない。

律の話を聞いてからというもの、忙しなく騒ぐ己の心を直隠しにして平常心を装っていた蓬生だったが、寮に幼馴染がいないと状況に動揺が走る。

「もしかしたら大地先輩とお出かけしてるの・・・かも?」

表情を曇らせる蓬生に、遠慮がちにかなでが話す。

「ただいま〜。」

気まずい雰囲気が漂う中、ヴァイオリンを抱えた響也が練習から帰ってきた。

「あ、お帰り響也!ねぇ、みちるちゃんと大地先輩どこかで見かけなかった?」

その場の雰囲気を変えようと、努めて明るく話すかなで。

「いきなり何だよ。みちるってあんたんとこの幼馴染?」

「そや、そちらさんの副部長にさらわれてしもて困っとんのよ。」

状況が飲込めず、眉をひそめる響也に棘のある物言いで蓬生が返す。

「何だかよくわかんねーが・・・とりあえず俺は見てねーぜ。」

「兄弟そろってなんも役にたたんな。」

「あんたな・・・!」

「まぁ!まぁ!」

不穏な空気が流れ始め、慌ててかなでが仲裁に入る。

「蓬生、如月弟に絡むな。相手はどうあれ今回は1人じゃないんだ、遅かれ早かれ帰って来んだろ。」

荷物を置き終わった千秋がため息混じりにラウンジに入ってきた。

「わかっとるけど・・・・もうええわ。」

何か言いかけて、蓬生はそのままその場を離れ庭へと出て行った。
「どうしたんでしょう、土岐さんらしくありませんね。」

離れて行く蓬生の後ろ姿を眺めながら不安げにかなでが話す。

「まぁ、お前達から見ればそうだろうが。俺からしてみればいつもの事だがな。」





ほうちゃんは死なないよ。


入退院を繰り返し、思うように体が動かない日々が続いた。

周りに気を使われながら、きっと良くなるから頑張って、と言われ続けた幼き日々。

こんな体なら捨ててしまいたい。

そう、自暴自棄になることも珍しくなかった。

死んだらどうなるんだろう。

そんな事を病院のベッドで、手首に繋がれた点滴の管を眺めながら良く考えていた。

そしてそんな時、必ず彼女はあの言葉をくれた。



ほうちゃんは死なないよ。

だって。

ずっと、

すっと、

私がこうして手を繋いでいてあげるもん。

ね。

どこにも行けないでしょ?



愛おしかった。

ぎゅっと握りしめてくれる小さな手が。

励まそうと、懸命に笑顔を向けてくれるその表情が。

彼女を形作る全てのものが愛おしかった。



「みちるは大切な跡継ぎだ。お前達が家の敷居を跨ぐ事は許さんからな。」



彼女の父親から発せられた言葉。


それは間接的に、交際を認めないと言われたのも同然だった。

叶わぬ恋だと知っていた。

わかってはいるが、想いを止める事はできなかった。




「今日はありがとうございました。」

庭のテラスにある長いすにもたれながら、昔の事を思い出していると、玄関の方から彼女の声が聞こえた。

「どういたしまして。こちらこそ久々にデートを楽しんだって感じ。」

横にしていた体を起し、声が聞こえた方へ視線を向けると、生い茂った緑の隙間から2人の様子を盗み見る事ができた。

「デ・・・デートだったんですか!?」

「はははっ!そんな気分だったって話だよ。」

楽しげに話す2人の男女。

傍から見れば、仲の良い恋人同士に見えなくもないだろう。

「そうだ!メルアド教えてよ。メールするからさ。」

「あ、はい!」

大地に言われるままに返事を返す。

先に携帯をポケットから出した大地が、赤外線を受信しようと待っている。

慌てながらバッグの中から携帯を探る彼女。



あかん。

そないなこと

ゆるさへん。



お願いや・・・


俺から


そのこを奪わんといて・・・!





「あっ、あった!」

やっと携帯を見つけ、赤外線モードにしようと携帯を操作し始めた時、画面が着信を知らせるものへと変わった。

そして、それと同時に彼からの着信を知らせるヴァイオリンの音色が流れる。

曲目は「2つのヴァイオリンのための協奏曲」。

蓬生からだった。

急いで通話ボタンを押し電話に出る。

「あ、もしもしほうちゃん?」

問いかけても、電話口から返答が返って来ない。

不審に思い、何度か名前を呼んだ。

「ほうちゃん?どうしたの?あれ?もしかして電波が悪いのかな??」

いっこうに返答が無い事に不審を抱き、耳から携帯を離し、電波の状況を確信しようとした時。

「みーちゃん、今どこにおるん。」

「あ、聞こえた!あのね、今、寮の玄関に居るよ。」

「・・・・みーちゃんどこにもおらんよ。」

「?うん・・・今着いたから、待っててすぐに中に入るから!」

「待てへん。今すぐ来てや。」

「ほうちゃん?」

「来て・・・みーちゃん。」

消え入りそうな声で蓬生がそう言った。

今までにない彼の様子に、不安に思いながら大地を振り返ると、察した彼が早く中へ入りな、と言ってくれた。

それに甘え、通話を繋いだまま大量に買った荷物をそこそこに玄関から中へと入る。

「ねぇ、ほうちゃん今どこにいるの?」

問いかけても返事がなかった。

本当にどうしたんだろう。

具合でも悪いのだろうか。

ラウンジへと足を向けると丁度、千秋が居たので蓬生の居場所を訊ね、彼が庭にいる事を知る。

荷物を千秋に預け、急いで庭へと通じる扉を開け外へと出ると、長いすに体を小さくして座り込む蓬生がいた。

「ほうちゃん、どうしたの?」

前に回りこみ、彼の様子を見ようと顔を覗きこんだ時、強い力で体を引き寄せられた。

「ほう・・・ちゃん?」

無言のまま、蓬生はその存在を確かめるように小さな、小さな幼馴染の体を力いっぱい抱きしめた。








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