07.不揃いな想い
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
照りつける真夏の太陽を避け、私達は海風が心地よい臨海公園のベンチに腰掛けていた。
大地が買って来てくれたソフトクリームを受け取り、私は上機嫌でそれを食べながら今日のことを振り返る。
突如現れた大地に連れられて着いた先は元町通りだった。
沢山の可愛らしいショップが並び、目移りしてしまってどの服を買っていいのか悩む私に、大地は根気強く付き合ってくれた。
時々「こっちの色の方が似合う」とか、「このデザインの方が可愛い」とかアドバイスまでしてくれてとても助かった。
おかげで予想以上に買い込んでしまって、大地の両手は私の荷物で塞がれてしまっていた。
「本当に今日はありがとうございました。」
「いいよ、俺も楽しかったし。こんなのでよければいつでも付き合うよ。」
改めてお礼を言った私に、気さくな笑みで答えてくれる大地。
蓬生とはまた違う安心感が彼にはあった。
「千秋と買い物なんて行ったら、「早くしろ」、「どっちだって同じだろう」ばかり繰り返すんですよ。」
「あはは、何かそれ想像できるな。」
「ほうちゃんも、「みーちゃんは何でも似おとるから、どれでもええんちゃう」とか言い出すし。」
「へー・・・それは意外だな。土岐なら色々口を出してきそうなイメージがあったけど。」
隣に座る大地が驚いた表情で私を見返す。
「2人とも、私に興味なんかなんですよ。」
不満気に唇を突き出して私が言葉にすると、それを見た大地が声を上げて笑い出した。
「あはは!それもないと思うよ。きっと「君」という存在が大事であって、外見はどうでもいいんだと思うよ。」
腹を押さえ、見尻に溜まった涙を拭いながら大地が話す。
そこまで笑わなくてもいいんじゃないか?っと思いながらその様子を横目で見る私。
「う〜・・・ん。複雑です。」
「君だってそうだろ?東金達と一緒にいるのは見た目がいいからじゃないだろ?」
もぐもぐとソフトクリームが乗っていたコーンをかじりながら私は大地にこう切り替えした。
「でも、千秋が100キロくらいの太っちょだったらチョット幻滅かも。」
「あははは!!それっ!面白すぎだよ!!」
どうやら彼のツボを突いたのか、大地が今まで以上にお腹を抱えて笑い出した。
彼らといる理由。
それはイコール「離れたくない理由」に繋がるのではないだろうか。
私は蓬生の事が好きだし、もちろん千秋の事だって好きだ。
では、彼等はどうなのだろう。
大地の言葉を聞くまで、私が一方的に好意を抱いていて、彼らは私の事を手のかかる幼馴染程度にしか思っていないと思っていた。
一緒に居られればそれで良かった。
今までは。
だけど、もう一緒には居られないかもしれない。
では一緒にいるだめには何が必要なんだろう。
「好きに・・・なってくれないかな。」
「ん?どうしたの?」
ポツリとこぼした私の言葉に大地が反応する。
「え・・・とぉ・・・。私、2人ともっと一緒にいたい。でも、それって迷惑じゃないかなって。」
最後の一口を口に放り込み、私は俯きプラプラと揺れる自分の足を眺める。
「みちるちゃんにとって、本当に傍にいて欲しいのはどっち?」
「え?」
予想もしていなかった質問に驚き俯いていた視線を上げる。
そこには穏やかさの中に、探りを入れるようなそんな大地の微笑みがあった。
「はっきり伝える事は伝えないと、有耶無耶のままの関係が続くだけだよ。」
「伝え・・・る?」
「あぁ、ゴメンね。お門違いだったら謝るよ。実はすぐ近くに同じように悩んでる女の子がいてね。君と重なって見えたんだよ。」
ホント、ごめん。
そう言って大地は視線を外し海を眺める。
「キャー!!ライブが始まるわよ!!」
少し気まずい雰囲気が私達を包んだ時、脳天を突き抜けるような甲高い声を上げた女性が1人私達の背後を駆け抜けて行った。
「今日ってライブの日だっけ?」
「何かシークレットライブらしいわよ!」
「早く!前に陣取らないと見えない!!」
その後、次から次へと女性達が興奮気味に私達の横を駆け足で駆け抜けて行く。
「な、何か始まるのかな?」
「噂をすれば、だね。土岐達が外で演奏を始めるんだよ。行ってみる?」
大地の言葉に、状況が飲込めぬまま私は静かに頷いた。
千秋達は練習室を飛び出し、臨海公園へとやって来ていた。
狭い部屋で、コソコソと練習をしていると、いらぬ事ばかりが脳裏を過ぎり、集中して演奏どころではなかった。
これなら人前で演奏をしていた方が何も考えず集中できる。
その考えに最終的に辿り着いた結果だった。
何度となくライブを行ってきた臨海公園。
もう顔なじみとなった観客達。
千秋達が姿を見せたと同時に彼女達はどこからともなく集まってくる。
簡易的なステージを簡単に組み立て、早々と千秋達は音あわせに入る。
一曲弾き終わった頃には多くの人だかりが彼等の周りに集まって来ていた。
「チョット!あんたもっとそっちに行きなさいよ!!」
「押さないで!千秋君が見えなくなるでしょ!!」
人の多さに、後ろではいざこざが始まっていた。
「す・・・凄いですね。」
聴こえてくる音に吸い寄せられるように彼等のもとへ近づくと、とんでもない人の塊に私は圧倒されてしまった。
「そうだね。あまり近づかないほうが身のためかな?」
大地はそっと、さり気なく私を人込から守るように壁を作ってくれていた。
「あ、『死の舞踏』・・・。」
聴き慣れた旋律が私の耳をつく。
「しっとお・・・この曲は『死生観』を表してんよ。」
死生観?
「何故、人は生きるんか。死ぬんかって事や。」
ほうちゃんは死なないよ。
ずっと、ずっと私が手を繋いでるよ。
「そやね。俺にはみーちゃんがおる。それでええよ。」
「君も彼等の演奏を聞いて涙するんだね。」
頬を伝う涙を大地が指で静かに拭う。
「ご、ごめんなさい。少し昔の事を思い出して・・・。」
流れる涙を手の甲で拭いながら、私は気恥ずかしい気持ちを隠すように俯いた。
何時だっただろう。
風邪をこじらせて、蓬生が生死を彷徨った瞬間があった。
こわくて。
こわくて。
ずっと寒い病院のロビーで千秋と寄り添いあって、蓬生が目覚めるのを待った。
体も丈夫になり、今では想像もできない出来事ではあるが、あの時は本当に不安で、こわかった記憶だけが残っている。
そんな蓬生がこんなに多くの人前で演奏をしてるんだ。
しかも、音楽コンクールの全国大会に西日本代表校として。
ふと、自分の事しか考えていなかった自分が恥ずかしくなった。
彼等を応援しなくては。
そんな思いが自然と生まれた。
「ねぇ、大地君。教えて欲しい所があるんだけど・・・。」
そう言って、私は大地を見上げた。
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