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06.グラジオラスとポピー






千秋と蓬生はそんじょそこらのアイドルより姿形が整っていると思う。

そんな2人を幼い頃よりずっと見てきた私は、「美形」の基準が平均より幾分「高め」だと思っている。

ちまたの女子高生達が「カッコイイ」と騒ぎ立てるイケメン俳優だって、千秋と比べれば大差ないと思うし。

着飾っていっぱいのライトに照らされ、笑顔を振りまくアイドル達なんかよりも、蓬生の笑顔の方が何十倍だって輝いて見える。

恵まれているのか、それとも不運なのか、私はそんな環境で育ったおかげで彼ら以外の男性をあまり「カッコイイ」と思った事がない。

だけど今、私は生まれて初めて彼ら以外の男性で「カッコイイ」と思う人と出合ってしまった。

「カッコイイ」?

うんん。違う。

「キレイ」だ。

「いいか。俺達は大会の練習がある。お前にかまっている暇は無い。だから俺達がいない間はコイツの傍にいろ。絶対他の奴なんかの誘いにフラフラついて行ったりするんじゃないぞ!・・・・ってお前聞いてるか?」

「みーちゃん?」

千秋が右側で何か話している。

左側では蓬生が私の名前を呼びながら軽く肩を揺すっている。

だけど私は、正面に立つキラキラと輝く彼しか見ていなかった。

「初めまして、如月律だ。何かわからない事とかあれば気軽に聞いてくれてかまわない。」

「ほぅ〜・・・・。カッコイイ・・・。」

「!?・・・・今何だって?」

「みーちゃん・・・もしかして・・・・。」

「私、こんなカッコイイ人初めてみたよ〜・・・。」

ポーと、顔を赤らめ私が言葉にすると、両端に立つ2人が勢いよく律の顔を見る。

「あ・・・いや。別に俺はそんな・・・。」

私のストレートな言葉に、どう反応していいのか戸惑いながら、視線を逸らし顔を赤らめ律が答えた。






「みーちゃんが如月君みたいなの好きやったなんて・・・・なんかショックやわ。」

「選択ミスったか?俺達。」

「どないしよ・・・・。みーちゃんが如月君とできてしもたら・・・。」

「いくら女に興味ない如月だって、あの可愛いみちるに好きや言われたら落ちるだろ。」

「いやや〜!そんなん!!好きや言われんのは俺だけや!」

「俺かて言われたい!」



「あの・・・・練習しないんですか?」



椅子に腰掛け、どんよりとした空気を漂わせる部長、副部長コンビに遠慮がちにアンサンブルメンバーとしてピアノ伴奏を担当する芹沢が遠巻きに言葉をかける。

セミファイナルまで日にちも後わずか。

集中して練習がしたい。

と、今日は路上ライブではなく、冷房のきいた練習室をお金を払い借りたというのに、部屋に入るなりヴァイオリンをケースから出すでもなく、それぞれ微妙に距離を置いたところで椅子に腰掛け俯きながら話し込む2人。

芹沢の声も届いていないようで、彼の問いかけには答えずブツブツと「どないしよ・・・。」ばかりを繰り返している。

何の為に如月律にあずけたのだろう・・・。

集中して練習する為ではなかったのか?

そんな2人を見ながら軽くため息を吐き、芹沢は己の練習に集中しようと鍵盤に指を滑らせたのだった。





「日向はどこか出かけたい所とかあるのか?」

蓬生達が練習に出かけ、残された私と律は、まったりと食後のティータイムを楽しみながら食堂で他愛無い話をしていた。

「あ、はい!あの、荷造りして来なかったから、着替えの服とかなくて買いに行きたいなって。」

「服か・・・あいにく俺は女性の服を取り扱っている店は詳しくないんだ。小日向なら色々知っていると思うんだが・・・。」

左手を顎に乗せ、目線を左斜めに下げ考え込む姿は絵になると思った。

制服を規定どおりきちんと身に着け、洒落込むでもなく、ラフにセンターで分けられたサラサラの前髪。

シンプルなデザインの眼鏡も自然体の彼に良く似合う。

「律君って彼女とかいないんですか?」

モテると思った。

千秋達のような派手さはないが、落ち着いた雰囲気といい、真面目で誠実な感じといい、絶対学内で噂のイケメン男子に選ばれる類だと思う。

「いないな。ずっと音楽ばかり追ってきたから。」

「好きな人とかいないんですか?」

不躾な質問だったかもしれない。

だけど、身近にいるモテ男子はキャーキャーと年齢問わず女性達に囲まれ、それに応え、その中の何人かと付き合っていた事実を少なからず私は知ってしまっていた。

「好きな人・・・・か。あまり考えた事がないな。」

「真面目なんですね。律君は。」

「そうじゃないさ。音楽・・・ヴァイオリン以外の事は無頓着なだけだ。俺達はこの夏に・・・この大会に全てをかけているからな。」

何も迷いの無い、澄んだ瞳が私をとらえる。




「そや、意外にやってみたら面白い。これから練習いっぱいして全国制覇してみせる!」



ふと、私の中に幼き思い出が蘇る。

初めて千秋からヴァイオリンを習い始めたと聞かされた時の言葉。

彼は意気揚々と新調したヴァイオリンを私に見せてくれた。




「そなら俺もやってみよかな。」




駆けっこも、鬼ごっこも、野球やサッカー、バスケットにテニス。

幼い頃病気がちだった蓬生は、激しい運動などができるはずも無く、私達が遊んでいる風景を眺めている事が多かった。

千秋と何か同じ事をやりたい。

その思いが彼をヴァイオリンの道へと導いた。



「俺達は西日本の覇者となった。次は全国を狙いに横浜へ行って来る。」


「これから練習いっぱいして全国制覇してみせる!」



千秋達はやっと追い求めた「夢」を現実にさせようとしている。



「あれ。律が女の子と2人っきりなんて、珍しいな。」

私が考えにふけっていると、寮の入り口、律の背後から聞き慣れない声がした。

俯いていた顔を上げると、茶色のYシャツを身にまとい、深い緑色の瞳を細め微笑む長身の男がゆっくりと近づいて来る。

この寮に住む、星奏学園のものとも、至誠館のものとも違う制服を身にまとう彼に、誰なんだろうと疑問を抱きながらゆっくりと会釈を返す。

「初めまして、みちるちゃん。俺は律と同じ星奏学園の榊大地です。」

急に名前を呼ばれ、動揺した私は勢いよく椅子から立ち上がった。

「日向みちるです!はじめましてです!」

勢いよく立ち上がったおかげで、私が腰掛けていた椅子が反動でバタンと後ろに倒れる。

その音を聞いてさらに動揺した私は、あわわっと変な声を上げて倒れた椅子を起す為しゃがみ込んだ。

「あぁ、いいよ俺がやるから。」

私の慌てぶりに、クスクスと笑いながら大地が倒れた椅子を軽々と片手で起こした。

「みちるちゃんは小動物みたいで可愛いね。千秋達が子飼いにしたがるのもわからなくはないな。」

「こ・・・子飼い?」

大地の言葉に意味がわからないと小首を傾け律を見ると、あきれたような複雑な表情の彼が居た。

「大地、大会の練習はいいのか?」

一つため息をついて律が言葉にすると、「響也とハルが喧嘩した。」と、困った表情を浮かべ大地が答える。

「ヒナちゃんも何か悩んでいるみたいだし、今日は解散して個人練習にあてたんだよ。」

「そうか・・・。」

「ヒナちゃんは練習室に行くって言ってたよ。」

「そうか・・・。」

「早く行ってあげなよ、律。」

「そう・・・・あ、いや。俺は東金達に彼女の事を頼まれている。」

上の空のように大地の言葉に答えていた律が弾かれたように私を見る。

「わ、私は大丈夫です!」

どう言う意味なのかこの時の私は理解できていなかったが、律の不安そうな表情を見て、彼がかなでの事を心配していることは一目両全だった。

「なんなら俺がみちるちゃんの相手をするよ。気がそがれて練習って気分じゃないし。」

そう言って私の横に並ぶ大地。

蓬生も背が高いと思っていたが、横に並ばれると大地の身長の高さに思わず見上げる。

そうして見上げた私に気付いた大地がニッコリと微笑みかけ、それにつられ私も反射的に笑顔を返した。

「今のヒナちゃんには律が必要だよ。ほら、早く行ってあげて。」

大地の押しに根負けした律は、渋々と言った感じではあったが急ぎ足で寮を後にした。

「律君はかなでちゃんの事が心配なんですね。」

「そうだね。だけど、君だって東金達に凄く大切にされていると思うよ。」

「そ・・・そうかな・・・。」

玄関で律を送り出し、そのまま立ち尽くしていた私に隣に立つ大地が微笑みかける。

「今朝なんて、たまたま道であった俺に「みちるには絶対近づくな」なんてわざわざ忠告してくれたくらいだからね。」

少しものまね交じりに話す大地に、私は驚きから口をあんぐりとあけて彼を見返す。

「ほ・・・ホントですか?」

「ま、俺は気にせずこうして君に近づいちゃったりしちゃうけどね。」

無防備に垂れ下がっていた私の手を取り、眩しいくらいの微笑みにウインクのおまけをつけて大地が言葉にする。

「じゃ、ここにいてもすることないし、一緒におでかけしようか。」

取られた手を引かれ、私はされるがまま大地の後をついて行ってしまった。


絶対他の奴なんかの誘いにフラフラついて行ったりするんじゃないぞ!


そんな千秋の言葉などすっかり忘れて。




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