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01.旅立ちの朝


私達はいつも一緒だった。


「ヒック・・・ヒック・・・・。」

「どないしたん。」

幼い頃の私はよく泣く子供で、同じ幼稚園に通っていた幼馴染の千秋は、そんな私を見つけると、少し怒り気味に声をかけてくれる。

「みちるのっ・・・ヒック・・・うさちゃんハンカチなくなっちゃったの。」

「新しいのこうてくればええやろ。」

「ちーちゃんのバカ!あれはママがプレゼントしてくれたハンカチなんだもん!」

その頃から千秋は傲慢で、私の悩みなど些細な事だとバカにして、よく2人で口喧嘩になっていた。

「どないしたんみーちゃん。」

喧嘩がエスカレートし始めると、いつも何処からか蓬生がやってきて私達の喧嘩を止めてくれた。

「ほうちゃん。うさちゃんのハンカチがないの。」

「ほな一緒に探そ。だから泣かんでええんよ。」

蓬生はいつも優しくて、泣き止まない私の頭を優しく撫でて慰めてくれる。

千秋も、文句を言いながらだけど、一緒にハンカチを探してくれた。

その日は夕方になってもハンカチを見つける事ができなくて、悲しくてまた泣き出した私を、2人が懸命に励ましてくれた事を今でも覚えている。

私は、そんな2人が大好きだった。

ずっと・・・・ずっと・・・・
一緒にいられるって、そう、思いたかった。







「全国大会?」

「あぁ、俺達は西日本の覇者となった。次は全国を狙いに横浜へ行って来る。」

燦々と太陽が照りつける7月末日。
汗が滝のように額から滴る程熱い昼下がり。
冷暖房完備の教室の中では、夏期講習を受けに数名の生徒達が雑談をしながら先生が来るのを待っていた。

私は一番後ろの窓際の席で、1人授業の予習に勤しんでいた。

そんな時、ふと通学用のバッグにしまっていた携帯から、ヴァイオリンのメロディーが流れる。

曲目は『交響詩、死の舞踏』。

千秋からの着信であることを示すそのメロディーを早々に止め、私は電話に出ると冒頭の会話へと繋がる。

「ほうちゃんも?」

「当たり前だろ、アンサンブルのメンバーなんだから。」

いつの頃からか、千秋と蓬生は2人そろってヴァイオリンを始めた。

きっかけはもちろん千秋からで、一時期入退院を繰り返していた蓬生を励ますためだった。

私も負けじとヴァイオリンを習い始めたが、音楽センスが皆無に等しい私は、直ぐに辞めてしまった。

「私も行きたい・・・。」

「ダメだ。親父さんが心配するだろう。お前は大人しく待ってろ、ちゃんと全国制覇の土産を持って来てやるから。」

「そんなお土産いらない・・・。ねぇ何時まで向こうにいるの?」

「そうだな・・・・8月いっぱいは帰ってこないな。ソロの大会にも出るからな。」

「そんなに!?ほうちゃんの誕生日は!?」

「帰って来れたら来るよ。」

それじゃ、と自分の用件だけベラベラと話、千秋は通話を終えてしまった。

耳元にはツーツーという無機質な音だけが残る。

「酷い・・・。」

小学校を出て、中学に上がった頃から私達の関係は微妙に距離があるものへと変わってしまった。

あの2人の関係は大して変化はないが、男女の差からなのか、私だけ除け者にされる事が多くなったような気がする。

知らぬ間に蓬生が運転免許書を取ってたり。

資産運用だかなんだか知らないけど、それで稼いだお金で車を買ってたり。

私の知らないところで恋人がいたり・・・。

初めて知った時はショックで、2人を必要以上に避けてみたり。

1人教室で泣いてたりした。

「どないしたの?」

只、変わらなかったのは、慰めに現れる蓬生の存在だった。

昔から、私が泣いていると励ましに来てくれる蓬生。

私は、そんな彼が大好きだった。




「婚約?」

「お前ももう18歳だろ。高校卒業してすぐに結婚とうわけではないが、いい縁談だからな、断る理由もないだろう。」

8月に入り早々に千秋と蓬生は横浜へと旅立ってしまった。

残された私は、熱い中夏期講習に追われていた。

そんな早朝、学校へ行く準備をしていた私は、珍しく家へと帰ってきた父親から信じられない言葉を聞かされる。

「昔から世話になっている企業のスポンサーをされている所の息子さんでな、お前とまぁ、少し歳は離れてはいるが、県庁で働いているそうだ。
お前の将来を考えればいい縁談だとお前も思うだろ?」

私の家系は代々続く財閥の本家だ。

関西を中心に、飲食関係からホテル経営、提携を結んだ事で最近は石油関係の輸入業も行っている。

1人娘である私は、必然的に家を継ぐことになっていた。

婿をとる。

それは昔から耳に蛸ができるほど聞かされた事。

「い、嫌。」

二十畳もある広いリビングには数名のお手伝いさんと、父親の補佐をする秘書が1人いた。

リビングの中央にある大きめのダイニングテーブルには、父のために用意された朝食が並んでいる。

父は話しながら席に着き、出された紅茶に口付け様とした時、私は拒絶の言葉を口にした。

「嫌。結婚相手くらい私が決める!」

「ダメだ。遊ぶ相手さえろくに選びもしないお前が、父さんが満足する相手を連れてくるとは思えないな。」

父は千秋と蓬生と仲良くする事をよく思っていなかった。

千秋はライバル会社の息子、と言う事だけで毛嫌いしていて、蓬生は体が弱く病気がちなところが気に入らないようだった。

母は私が3歳の時に病気で亡くなった。

もともと体が弱かった母は、私を産んだことで更に命を縮めてしまった。

父はとても悲しんだ。

母をすごく愛していたから。

その反動からか、母が亡くなってから父は私を異常なまでに家に縛りつけるようになった。

歪んだ愛情だ。

「今後一切、あの2人とは会うな。」

「どうして、なんでよ!」

「いう事を聞けないなら、お前を家から出さない。」

父のこの言葉に、私の中の何かが弾けた。

「っ!!」

私は無言のまま家を飛び出した。

私を呼び止める父や、手伝いの者の事など振り返りもせずに、あてもなくただ走り続けた。

瞳からは自然と悔し涙がこぼれる。

どれくらい走っただろう。

疲れから走る足を止め、人々が行き交う大通りから少し外れた細い路地で、私はうずくまった。

額からは止め処なく流れる汗と、涙が混ざり、今の私の顔は見れたものではないだろう。

でも、そんな事はどうでもよかった。

悔しさで私の心は敷き詰められていて、何も考える事ができなかったのだから。

この苦しさから逃げたい・・・!

そう思った時、不意にヴァイオリンの音が聞こえた。

発信源は鞄の中。

携帯の着信メロディーだった。

その曲目は・・・。


『2つのヴァイオリンのための協奏曲』。


蓬生からのメールだった。

《みーちゃんへ。


 おはよう。


 元気しとる?


 こっちも暑くてしんどいよ。


 はよ、みーちゃんに会いたいわ。》


何気ない短いメール。

それでもその一文字一文字に彼の面影を感じで、冷たい水底へと沈んでいた心が、じんわりと温かくなる。


ほうちゃんに会いたい・・・。


その気持ちだけで、私は横浜へと向かう新幹線へと乗り込んだ。





あきゅろす。
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