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「ひなちゃん、お疲れさま」

「大地先輩もお疲れさまでした」


 屈託なく笑う少女は、純白のドレスをふわりと揺らす。透きとおった陽光のような、笑顔。曇りひとつない眼差しを心地よく受け止めて榊はふ、と微笑を溢した。

 純白のドレスは彼女によく似合っていた。彼女の愛らしさも美しさも白という色が見事に引き立たせている。


「…大地先輩?」


 ちょこんと首を傾げながら覗き込むかなでに、榊は瞳を和ませる。普段彼女が見せる無邪気さも愛らしさも、彼の心を和ませるには十分すぎた。


「いや、よく似合っているよ」

「うっ…あ、ありがとうございます」


 羞じらいつつ視線を伏せた姿は女の子そのものだった。
 そんな初々しい反応をされたらこちらの方が狼狽えてしまうというのに、本人は無自覚なのだから怖い。こうして自分以外の男が何人彼女に陥落してきたのだろう。両手の指で足りないのは確かだ。


「飲み物を取ってくるよ。すぐに戻ってくるからここで待っててくれないか」


 ウインクと共に囁きを残して彼は席を立った。

 飲み物を取ってくるというのは口実でしかなかった。あれ以上一緒に居たら、こちらの方が身が持たない。引き返せなくなってしまう。


(君はどうしてそんなに魅力的なんだろうな)


 一緒に居れば居るほど、彼女の光に照らされていく。染められていく。今まで知りようのなかった感覚に戸惑っているのが自分でもわかる。最初は誤魔化そうとした。そして今も、まだこの距離をつめることを躊躇っている。今ならまだ引き返せるかもしれないと。

 だがそれは――結局叶わなかった。彼女を取られる、とそう思っただけで余裕が吹き飛ぶのを彼は忘れていた。



「小日向さん、俺と踊ってくれないか」

「いや…俺と踊ってくれませんか、かなで先輩」


 グラスを二つ手にして戻ってくると、そこには大勢の男子生徒に囲まれて困惑しているかなでの姿があった。皆が皆、彼女にダンスの申し込みに来たらしい。中には彼女に触れている者さえ居る。


(…面白くない、な)


 榊は僅かに不快げに眉を寄せた。彼女が誰しもを惹き付けるのはわかる。普段は元より、壇上で音楽を奏でる彼女は何よりも美しかった。あのステージを見ていたなら見惚れたことだろう。

 けれど、それは彼女を誰かに譲る理由にはならない。


「そこまで」


 取ってきたグラスを手近なテーブルの上に置き、榊は割って入った。既に数人が彼の登場で、慌てて引き下がっていく。
 残った数人は険のある表情で彼を見た。中でも岡本は特に食い下がる。


「またうちの1stにっていう話ならやめろよ。もう大会は終わったんだからな」

「いいや。――今日は俺も一人の男として彼女にダンスを申し込ませてもらうよ」

「はっ?」


 唖然とする彼らを他所に、榊はつかつかと彼女の側に歩み寄った。かなでもまた、驚きに目を丸くしている。そんな表情もいいな、と彼は唇を緩めた。
 …出来うることなら、彼女が見せるどんな表情も仕草も、全ての一瞬一瞬を、すぐ側で瞳に映していたい。


「遅くなって悪かったね、ひなちゃん」


 微笑んだまま、かなでの前に跪いた榊は、優美な仕草で白く細い手を取った。そして、彼女の手の甲に口付ける。

 まるで騎士か従者が永久の忠誠を誓うように。唇で指をなぞった榊が視線を上げると、首まで真っ赤に染まった彼女と目が合った。――本当に、可愛らしい。





「さ、俺と一緒に踊ってくれないかな、お姫様」







(いつの間にか誤魔化せないくらいに惹かれていたんだよ)





10/03/13

***

企画『君と過ごす夏』様に提出させて頂きました。

大地先輩は本心をするりと隠してしまうイメージがあるんですよね。たまには余裕を無くしてくれたらなあという話でした。
この度は素敵な企画に参加させて下さった主催者の久遠さま、そしてここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。



あきゅろす。
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