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出会い


友人主催の飲み会でSさんという人と知り合った。
 言葉少なだったせいでイマイチ確信は持てないけど、薬品関係の開発職にお就きらしい。


 その飲み会で、皆思い思いの『怖い話』をすることになった。
 節電で冷房温度が上がっている中、ビールでも吹き飛ばない暑さを何とかしよう、という流れだったと記憶している。

 皆がくねくねやらテンソウメツやら山小屋なんかの何度何度も聞いたような怪談話を披露していく中、Sさんはずっと仏頂面だった。
 Sさんの番になって話を促されても、「馬鹿馬鹿しい」と一刀両断して淡々と飲み続けるだけ。


 そして、Sさんを飛ばして私の番になった。

 私の、体験談。
 現在進行形の奇妙な話。

「一月ほど前から、影を見かけるようになったんです。──え?ああはい、実体験です。」

「影、といっても太陽とか街頭とかの下で出来る影法師じゃないんです。ええ、見た目は本当に影なんですけどね。影を作っている本体がいないんです。影だけ」

「その影がね、見てるんです、私を。あ、私も思いました、気のせいじゃないかって。でもね、違うんです、確かに見てるんです」

「ほら、例えば私が右から左に行ったとするでしょう?影の前を通って。そうすると、影の顔の部分が、広くなって、狭くなって、また広くなるんです」

「右を向いて、正面を向いて、左を向いているんでしょうね。私を追って」

「今までに影は8回見ました。最初はただ地面に張り付いてるだけだったんですよ、影。動きだしたのは4回目に出会ってしまった時だったかな」

「うん、怖いけど、実害がないから。多分大丈夫」

「でも私思うんです。今はまだ顔を動かしているだけだけれど、いつか私を追いかけだして、そして追い付かれてしまったら、どうなるんだろうって」

「まあ、全部見間違いかもしれないし、疲れて見だした妄想かもしれないんですけどね」

 定番の怪談には及ばないまでもそれなりに盛り上がりを見せ、私は満足だった。

 話している間、Sさんと何度か目が合ったことを憶えている。
 怪談嫌いが面白いと思うほどの話術だったか、それとも、気に入られてしまったのかな。
 このときの私は、そんな想像しかできなかった。



「駅まで送ろう」

 飲み会が御開きになって、その帰り道。
 Sさんに声を掛けられた。

 出来れば遠慮したかったので(だって物凄く印象が悪かったから)友人に助けを求めたけれど、それぞれお気に入りの相手と意気投合出来た様で私の視線は清々しくスルーされてしまった。

「……すみません、お願いします」

「君に個人的な関心は微塵もない。安心したまえ」

 失礼な奴だな!じゃあなんで声を掛けて来たんだよ!
 という疑問は、数分の後に解けることとなった。




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あきゅろす。
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