[通常モード] [URL送信]
鍵が届いた、心の扉を開ける鍵だ(アカヒカ)
■ロトムと出会うための鍵を受け取ったヒカリとやぶれたせかいに残ったアカギ。















調子が悪い。具体的に言うと身体がだるく、やる気がおきない。ポケモントレーナーとしては最悪の状況にヒカリは陥っていた。人間である以上、やる気が出ない日などあってもおかしくはないのだが、ヒカリの場合症状が長いから困っていた。それが始まったのはやぶれたせかいを出てから。症状が重くなり始めたのがハードマウンテンの入り口でギンガ団の幹部であったマーズ・ジュピターと戦った後である。










バクと別れ、少し休養を取ろうかと思ったヒカリは、ポケモンセンターに手持ちのポケモン達を預け、ショップへと向かった。ショップに売っているものはポケモン専用の道具ばかりではない。旅をするトレーナーの為に、食糧から薬まで様々なものが置いてある。滋養強壮の栄養ドリンクでもないかな、とドリンクコーナーを見ていると、ふとどこからか視線を感じた。どこだろうと辺りを見回すと、カウンターの近くにいた配達員がこちらをじっと見ていた。なんだろうと不思議に思っていると、その配達員はこちらに歩み寄ってきた。




「あの、失礼ですが、シンオウ地方チャンピオンの、ヒカリ様でしょうか?」



「ええ、ヒカリは私ですけど・・・。」




配達員は安堵の表情を浮かべ、にこりと笑って小さな箱を取り出した。




「お届けものです。」



「・・・どなたからですか?」



「私はただの配達員ですので、存じ上げません。」



「・・・はぁ。」




差出人不明の贈り物を受け取る。やけに軽いその箱を振ると、小さなものが音をたててその存在を主張した。ひとまず配達員にお礼を言い、ヒカリはポケモンセンターへと戻る。預けていたポケモンを貰い、近くのソファに座って箱の中身を確かめる。




「・・・?」




箱から出てきたのは、小さな鍵だった。持ち手のところには、どこかで見たことのあるようなポケモンの形をしたキーカバーが付いている。しかし、ヒカリにはその鍵が何の鍵かはわからなかった。悩んでいると、ふっと目の前が暗くなる。




「あら、がきんちょ。奇遇すぎて腹が立つわね。」




視線を上げるとハードマウンテンで普通の女の子になる、と宣言してアカギを探しに行ったはずのマーズだった。髪形は変わらぬものの、その服装はギンガ団のものではなかった。宣言通り、普通の女の子に戻るようだ。もっとも、女の子、と呼べる歳かどうかは定かではないが。




「・・・ねぇ、その鍵、なんであんたが持ってるの!?」




驚いた声をあげて、マーズはヒカリの持っている鍵を食い入るようにして見つめた。




「・・・え?知ってるの?」



「知ってるも何も、その鍵は私たちのアジトでアカギ様が使ってたものよ!」




その言葉を聞いた瞬間、ヒカリの中に不思議な感情が生まれた。それは、初めて経験した感情だったが、それが何かを考えるより先に、ヒカリは行動していた。ちょっと待ちなさいよ、とマーズの怒鳴る声が背後から聞こえていたが、その声は耳に入っていなかった。ヒカリは、感情と鍵に導かれるがままにあの場所へと向かっていた。そこに、自分の不調の原因がある、そんな気がしていた。



















やぶれたせかい。世界の裏側。どんよりとした空間は、恐怖と共に心地よさを覚える。一体どれほどの時が経ったかもわからぬほど、アカギはその世界にいた。正確には、時間を知る術がなかった。この世界には昼も夜もなかった。そして何より、人間の体内時計と呼ばれる機能が全く動かなくなっていた。空腹など、最後に感じたのはこの世界ではなかったはずだ。何もない世界で、アカギは独りだった。怒りや憎しみよりも、とうの昔に忘れてきた淋しさという感情が、身体中を支配していた。そして、悲鳴をあげるアカギの心にいつも浮かぶのは、眩しいほどの光を纏った、少女の姿だった。その少女はいつも自分の名前を呼んでは、アカギを諭すように、優しく語りかける。湖のポケモンを捕まえた時も、やりのはしらで対峙した時も、現実の世界に帰ることを拒んだ時も。まるで主君に忠実な犬のように、名前を呼んでは微笑んで、手を差し伸べて。思い浮かべると、左右に激しく振る尻尾まで、オプションとして見えてきそうだ。そうして、呼ぶのだ。アカギさん、と。




「アカギさんっ・・・!!」




そう今の声のように。アカギはそれを記憶の中の声だと思っていた。しかし、その声は記憶にしてはやけに鮮明に聞こえた。そして、もう一度、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。




「アカギさん、待って!」




振り返ると、アカギのいる大地より遠く離れた大地に、何度も思い描いた少女の姿があった。少女は一生懸命近づこうとしているが、その足取りはふらふらとして危ない。重力が不規則になっているやぶれたせかいで、二人の距離は近くにも遠くにも見えた。




「あっ・・・。」




少女が近づいてくるのを黙って見ていたアカギは、少女が着地した大地から落ちようとするのを見て、思わず駆け寄った。そして、今にも落ちようとしているその手を、握った。










「危ないだろう。重力が不安定なのだから、走るな。」



「え、へへ。ごめんなさい。でも、走らないとアカギさん、どっか行っちゃうでしょ?」




少女の言うことに間違いが無い為か、アカギは肯定も否定もしなかった。それよりも、腕の中での少女の柔らかな感触だけが掌に残っていて、気になって仕方がなかった。




「それで、何の用だ。」



「あ、えっと。この鍵、アカギさんのですよね。」




突き出された小さな手に乗っていたのは、鍵だった。それは確かにアカギのものであったが、失くしていたと思っていた鍵であった。




「何故それを持っている。」



「わかりません、私宛に届きました。失礼だとは思いましたけど、お部屋にあった日記、拝見させていただきました。」



「構わない。昔のものだ。」



「・・・ねぇ、アカギさん。帰りましょう。」




少女は鍵を持った手とは反対の手を差し出す。




「アカギさんは忘れているだけ。怒りや憎しみがあるからこそ、優しさがある。不完全だからこそ、見えるものがある。ロボットになっていつも貴方を見守っていたロトムのことも、不完全だと言うんですか?」



「・・・昔の私とは、もう違うのだよ。」



「同じだよ!機械が大好きだった貴方も、ギンガ団の頂点にいた貴方も、不完全なもの全てを憎む貴方も・・・。みんな同じアカギさんだよ!どうして忘れようとするの?どうして否定しようとするの?いつも一生懸命だったアカギさんを私は知ってます!ギンガ団のみんなだって、そんな貴方だからこそ付いて行ったんじゃないんですか!?私だって、私だって・・・!」




そこまで口にして、不意に少女は黙った。瞳には涙が溜まっている。女性との付き合いが少なかったアカギは、どうしていいものか少し悩んだ。そして、口を開いた。




「そんなことは、わかっているのだよ。」



「え?」




俯いていた少女は顔を上げる。




「だが、もう道を正すことはできない。闇に慣れてしまったのだよ、私は。もう、光を掴めない。」



「そんなことない!まだやり直せる!」




アカギは何も言わなかった。心ではわかっていることを、口に出して認めてしまえば、今までの自分が崩れていく気がして、怖かった。そんなアカギの心を感じ取ったのか、少女はアカギに歩み寄り、そっと抱きしめた。




「じゃあ、頑固なアカギさんに、私が不完全の世界の良さを教えてあげます。今まで独りだったから見えなかったものも、私と一緒なら、見えるようになる。アカギさんは私についてくるだけ。嫌々でも何でもいいです、私と行くの。」



「・・・何?」



「私、シンオウ地方のチャンピオンなんです。好きな所に好きな時に行けるようになりました。アカギさんの行きたいところ、どこだって連れてってあげます!」




少女はアカギの手を引っ張った。何故か抵抗できない力を、少女は持っていた。為すがまま少女に引っ張られたアカギは、気がつけば現実世界とやぶれたせかいを繋ぐ渦の前にいた。




「さぁ、行きましょう。絶対、損はさせません。」




少女はニコリと笑った。温かい、笑顔だった。背中に、光を背負って。










目を開けると、そこは花畑だった。隣では少女が手を握ったまま、すやすやと眠っていた。久し振りの太陽は、目に痛かった。周りでは花がさわさわと風に揺られている。雲ひとつない空は、綺麗だった。沢山の色に囲まれた世界は、美しかった。




「これが、世界、か。」




ぽつりと呟くと、それが目覚ましとなったのか、少女が動く。ぽやぽやとした目が、こちらを見る。




「おはよう・・・ヒカリ。」




空いた手でそっとヒカリの頬に触る。ほんのり温かく、触ったその部分はほんのりと赤みを増す。




「おはようございます、アカギさん。」




へらりと笑った少女の笑顔が、眩しかった。アカギはふっと笑みを浮かべると、握っていた手を自身の唇にそっと押しあてた。隣で顔を真っ赤にした少女が、何よりも愛おしく感じた。










握りしめた光。

(もうこの手を、離せない。)





2009/05/17 ゆきがた




(ブログで公開していたものを加筆修正)


[次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!