色気がない(スパーダ) 「お前さ、もうちょっと色気とか出せねぇーの?」 激しく、そして時に優しい風が吹くメスカル山脈。 時折遠くから聞こえる笛岩の音が、冒険者を勇気づける。 「色気?」 「そう、色気。」 この山脈で採れるという鉱石を求め、ディセンダーはスパーダと共に訪れていた。 所構わずマトックを打ちつけるスパーダに対し、ディセンダーはまだ一度もマトックを使用していない。 スパーダががんがんと打ちつけている間、じっと何かを探しているようであった。 「…だって寒いよ?」 ただマトックを打ちつけるだけでは暇なので、こうして何とか会話をしているのだが、ディセンダーである為か、はたまた性格なのか、ディセンダーと会話を続けるには技術がいる。 現に今も、色気のある恰好をしてもいいがこの山脈は風が強くすぐに体温を奪われてしまう、という意味で言葉を返しているのだろうが、彼女と初めて対峙する人間には会話のキャッチボールが取れていないように見えるだろう。 既にディセンダーとの会話のキャッチボールに慣れたスパーダにとっては、さして問題はないのだが。 「寒いとか寒くないとか関係ねーよ。」 「でも、ティアが…。」 「ティアは、ほら、アイツはボインだからよぉ。それに比べお前は…、」 スパーダはマトックを打ちつける手を止め、隣で相変わらずきょろきょろと何かを探しているディセンダーの胸を見た。 マントを羽織っているせいでよくわからないが、脱いでもあるのかないのかわからない程度である。 「スパーダは胸が大きい人が好きなの?」 「そりゃあ、ないよりある方がいいだろ?胸枕とか、ぜってー気持ちいいだろ。」 「ふぅん。じゃあ、スパーダは胸が小さい私のこと、嫌いなんだね。」 ディセンダーが辺りを見渡すのを止め、スパーダの目を見つめた。 どきり、と胸が跳ね上がるのを理性で抑えつけながら、スパーダは視線を逸らした。 「だ、誰もそんなこと言ってねーだろっ!」 そう言い放ち、スパーダは歩き出した。 さくさくと先を行ってしまったスパーダを見送りながら、ディセンダーは反対方向へと歩き出した。 歩くこと数分、視線の先にある岩肌が、太陽の光で微かに煌めいている。 手にしたマトックを強く握り、ディセンダーは岩肌にマトックを打ちつけた。 かぁん! 透き通るような音がした後、中から現れたのは金鉱石。 続いてエメラルドの原石も姿を現した。 依頼で必要なもの以外は全て自身の持ち物となるので、ディセンダーは喜びの笑みを浮かべた。 その時であった。 「…!」 風を切り裂くような音。 ブーボアのジャイアントスタッフがディセンダーの背を掠めたが、マントを羽織っていたおかげで身体に怪我はなかった。 残念ながら、マントには大きく傷が入ってしまったが。 背の部分を大きく切り裂かれ、もはや風を通さないという目的では使えなくなってしまった。 ディセンダーはマントを脱ぎ棄て、鉱石を手早くしまって大剣を構えた。 相手は四匹のブーボアだが、時間をかければ仲間を呼ばれてしまう。 手早く済まさなければ。 ディセンダーは大剣を強く握りしめ、振りかざそうとした、その時であった。 「ウインドカッター!!」 遠くから風に乗ってやってくる、詠唱の気配。 ディセンダーは頭で考えるより先に、横へと飛びのいた。 敵は今の詠唱により一掃されたが、風の刃がディセンダーの胸部を掠め、ディセンダーは思わずその部分を押さえた。 「…っ。」 「わ、わりいっ!」 遠くから駆け寄って来たのはスパーダ。 ディセンダーは顔をあげると、首を傾げた。 「胸の小さい人は、嫌いなんじゃないの?」 「誰もんなこと言ってねぇだろ!それより、お前、大丈夫か?」 従士隊の服は、胸の部分を強調したいのか、その部分だけは肌が露出している。 鎖骨の少し下のあたりに、その傷はあった。 真横に一線。 少量ではあるが、血が流れている。 「大丈夫だよ。回復できるし。」 ディセンダーは傷を癒そうと詠唱を始めた。 しかし、その詠唱が全て終わる前に、かざした手を掴まれ、止められてしまった。 「スパーダ?」 「…。」 不思議がるディセンダーを余所に、スパーダは自身の顔をディセンダーの胸へと近付けた。 そして、傷を舐めた。 「っ!」 ちり、と熱い痛みが走りディセンダーは思わず身を引こうとするが、いつの間にか腰に手を回していたスパーダによって阻まれてしまった。 ディセンダーはスパーダが何故そんな行動を取ったのかわからず、どうしていいかのかわからなかった。 溢れていた血を全て舐め取り、スパーダは顔を上げた。 そして、にやりと笑みを浮かべた。 「…小さいのも、悪くないな。舐める時に、楽そうだ。」 そう言ったスパーダに、ディセンダーは首を傾げた。 「でも、舐める機会なんて殆どないよね?」 「おっ…、まえなぁっ!だから色気がねぇんだよっ!!」 スパーダは自身の額をディセンダーの額に軽くぶつけ、溜息を吐いた。 痛がる目の前の少女を、愛おしく感じながら。 2009/10/31 ゆきがた [戻る] |