涙ではなく、それは雨
■泣けない子どもと大人。
「なぁ、ジェイド。泣くってさ、どうやってやるんだ?」
ぼんやりと窓の外を眺めていたルークが、ぽつりと呟く。窓の外は雨。雪でも降るかもしれないという寒さなのに、グランコクマには雨ばかりが降っている。だが、雪よりはましだ、とジェイドは思う。雪上での思い出など、ろくなものがないのだ。
「泣きたいと思った時に、涙が出ると思いますよ。」
それは、答えになっていないかも知れない。実際、ジェイドは泣いた、という記憶がない。思えば、師ネビリムの死を目の前にした時も、悲しむ、という感情はなかった。故に、涙も出なかった。ただ、生き返らせることしか考えていなかった。
「そっか。」
「・・・何故、私に聞くんですか?」
未だ振り向きもしないルークに問いかける。ルークはジェイドの事を仲間内で誰よりもよく知っているはずである。感情の出し方が、わからないことも。
「俺もさ、最近全然泣いてないんだ。生まれたばっかの時は、生きる術を身につけるために毎日勉強で、結構泣いたけどさ。今は、そうでもないんだ。・・・もう、泣き方がわからないんだ。」
ルークの言葉に、ジェイドは驚きを隠せなかった。誰よりも一番感情の表現があるのが、ルークだと思っていたからだ。ふとした時に見せる、笑顔も、怒った顔も、悲しげな表情も、その全てが愛おしく、また、見習いたいと思っていたくらいである。しかし、言われてみれば、ルークが泣いている姿というものを、見たことがない。この旅の間、辛いことも、悲しいことも、厭きれる程腹が立つこともあっただろうに、ルークが涙を流している場面を、一度も見たことがないのだ。
「どうして、泣かなくなったのですか?」
「・・・あの日は、父上が珍しく俺に話しかけに来たんだ。あの父上が、さ。」
ルークの父親は、預言でルークが死ぬことを詠まれていた為に、ルークを愛そうとはしなかった。死ぬと言われている人間を、愛することに意味はないのだ、と。
「相変わらず泣いてた俺を見て、すごく冷たい瞳で、男なら泣くな、っ怒られたんだ。ああ、男は泣いちゃいけないんだ、って子供の頃の俺は思った。悔しいから、二度と泣いてやるもんか、って思ったらさ、気がついたら、泣けなくなってた。悲しくても、涙が出ないんだ。」
やっと振り向いたルークは、微笑んでいた。その瞳に、悲しさを湛えながら。窓から離れ、背後にいたジェイドに抱きつく。回された腕に答えるように、そっと抱きしめれば、離れたくないと言わんばかりに、強く抱きしめられた。
「ジェイド。」
「はい。」
「この雨が、代わりに泣いてくれてるって思っていいかな。」
「・・・はい。」
涙を流すことのできない子どもは、雨に思いを託した。
「あ、でも、ジェイドと一緒の時は、泣きたいな。」
「どういう意味ですか?」
「ジェイドには、俺の表情、全部知って欲しいから。」
「おや、言うようになりましたね。」
えへへ、と笑うルークの額にそっと口付けを落とせば、くすぐったそうに目を細めた。罪の証である、愛しい子。いつまでもこの時間が続けばいいと、思わずにはいられなかった。
「ここからなら、ホドを見渡せる。それに・・・。」
その言葉の先を、聞きたくはなかった。求めた解が解でない計算式など、いらない。仲間達が一つの赤に集まっていく中、ジェイドはただ一人、遠くで見ていた。
「(貴方は、帰ってこなかったのですね。)」
かつて愛した笑顔が、怒った顔が、悲しげな表情が、脳裏に蘇る。目の前にいる人物は、どれにも当てはまらない。その様子を見ていたジェイドは、いつの間にか自らの頬を伝っていたものに触れる。そっと舐めてみれば、しょっぱさが口の中に広がる。
「(涙・・・?私は、悲しいのか?)」
しかし、流れ出たのはその一粒だけであった。ジェイドは口に含んだものが涙であると認めたくなくて、それを雨だと勝手に決め付けた。
「(涙は流しません。私も、貴方と同じように、雨に悲しみを託すのですから。)」
もしも涙を流すのであれば、それは貴方との再会の時だけなのだから。
2009/01/25 ゆきがた
(ブログで公開していたものを加筆修正。)
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