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おやすみ
■ED後、よりもずっと後。















果てしなく広がる空。遠くを見れば、厚い雲が少しずつ近づいてくるところだった。
手を広げ、風を感じる。目を見開き、美しい景色を見る。
心地よさに微かな眠気を感じたが、まだ寝てはいけないと、心のどこかでそう思っていた。何故そう思ったのかはわからなかったが。
心は穏やかだった。今までとても辛く、苦しい道を歩んできたような気がしていたが、何だか思いだせない。ただ、今はとても穏やかな気持ちである事しか、わからなかった。
何か大切な事を忘れているような気がする。そんな気がして、ゆっくり目を閉じた。
目蓋の裏に浮かんできたのは、柔らかな光、そして見知った人々。知ってる筈なのに、けれど名前が出てこない。
優しい旋律を奏でる女性も、気丈に弓を放つ金色の人も、細みの剣を振るう青年も、小さな体と大きな人形で戦う少女も。そして、蜂蜜色と深紅を持ち合わせた男性も。
思いだそうとすればするほどわからなくなり、思いださなくていいと言うように眠気が強く身体を襲った。
首を振って、眠気を振り払おうとするが、身体はへたりとその場に座り込んだ。
白い花が、身体を迎えた。揺れる花が、少しくすぐったかった。
眠気にあらがうことができずにそのまま倒れ込むと、花がまるで柔らかなベッドのようで心地が良かった。

──俺は、なんでここにいるんだろう。

何もかも忘れて眠りについてしまえばいい。誰かがそう言っている気がする。けれど、ここにいなければいけないような気もしていた。
それは、幾度となく繰り返されてきた。いつもここで目覚め、そして眠ってはいけないと感じる。
最後がどうだったのかは、いつも覚えていない。気がついたらまた目覚めているのだから、きっと眠りについたのだろう。そうとしか思えない。

──そうだ、俺は誰かを待っているんだ。

誰を待っているかはわからないが、先程目蓋の裏に浮かんだ人物ではないのかと、何となく思っていた。確証はない。けれど、心がそう言っている。

──何十年待っただろうか。
──貴方に逢いたいと、何度願っただろうか。
──……ねぇ、俺はここにいるよ。

眠気が強くなる。しかし、今度の眠りはいつもとは違う眠りだった。何だかもう二度と起きないような、そんな眠気だった。
早く来ないだろうか。
誰かわからない人物を望みながら、眠らないように目をしっかりと開けていた。
そして、暫くした後に、その声は聞こえてきた。




「ここに来れば、貴方に逢える気がしたんですが……気のせいだったでしょうか」

しゃがれた声だったが、とても優しい声だった。どこかで聞いたことのあるような、耳に心地の良い低音だった。

「最期はここで、と決めていましてね」

起き上って、誰かに話しかけている人物を見ようとした。けれど、身体が動かない。
花に埋もれているせいか、話し続ける人物は気付いてはくれない。

「皆、私より早く亡くなりました。私が一番年寄りだったと言うのに……まったく、困ったものです」

どさり、と何かが倒れるような音がした。

「ですが、私ももう限界です。長生きしすぎました……」

続いて、からからと笑う声。

「もう、いいですよね」

独り言のつもりなのだろうが、どうしても応えたかった。けれど、声が出ない。
次第に、話していた人物の寝息が聞こえ始めた。眠ってしまったのだろうか。
そして、ぴたりと止まった。
それを境に、身体が動いた。
ゆっくりと起き上がり、立ちあがる。少し歩くと、一人の男性が眠っていた。

「もう、いいぞ」

先程まで出なかった声が、今は不思議と簡単に出た。
その声を聞いて、眠っている男性がゆっくりと目を開けた。

「立っていないで、寝転んではいかがですか?」

男性が自身の横を手でぽんぽんと叩いたので、それに従って寝転んだ。
仰向けで寝転がれば、先程まで遠くにあった厚い雲がもうすぐそこまで来ていた。

「こうして目を閉じると、不思議と思い浮かぶんです。あの頃が」

「そうだな」

見れば男性が目を瞑っていたので、釣られて目を閉じた。今男性が思い浮かんでいる景色や人物は、自分が思い浮かべているものと同じなのだろう。そんな気がする。

「なぁ」

「はい」

「ありがとう」

目を開けて隣にいる男性の顔をよく見たいと思ったが、目蓋はもう開かなかった。代わりに、自身の手を隣に寝ている男性の手にそっと添えた。すると、それに気付いた男性がその手を握った。

「俺がここにいるって、気付いてくれてありがとう」

「私が気付かないとでも?」

「気付いてくれなかったらどうしようって、思ってた」

様々な景色が目蓋の裏を通り過ぎる。

自分の我儘で大きな罪を犯したこと。
決意を胸にナイフを手に取ったこと。
自身の死で罪をあがなおうとしたこと。
幸せを願って大地に剣を刺したこと。
そして、愛を囁き合って恋をしたこと。

遠くで鳥の鳴き声が聞こえてきた。とても優しい音色で、もう休んでもいいよ、と言っている気がした。
今度はそれが受け入れられる気がした。先程はどんなに言われても眠ってはいけないと思っていたが、今はもう、許される気がした。

「眠りにつきましょうか」

「そうだな」

どこかに落ちていくような感触。けれどそれは決して、嫌な心地ではなかった。

「おやすみなさい、ルーク」

「……おやすみ、ジェイド」

名を呼び合って、二人は幸せに堕ちていった。






20010/04/05 ゆきがた

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