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愛情に横恋慕・後編
「あの事件以来、誰かに触れられるのを極端に怖がってるだろ」

好きなものを頼め、と言われてとりあえず長居しない為にと最初から甘いものを頼んだルークは、隣に座るピオニーの言葉に思わず身体が固まった。ルークの様子からして思っていたことが間違いではないことがわかったのか、ピオニーは更に言葉を続けた。

「今日、俺が事務所に入ってきたお前の肩に手を回したら、身体、震わせてたもんな」

「…すみません」

「謝る事じゃないさ」

ルークは隣にいるピオニーの表情を見ることができなかった。いつもと違う声音に、どう反応していいのかわからないからだ。ピオニーはというと、懐から取り出した煙草に火をつけ一服していた。香る煙草の匂い。強烈な匂いに、いつまでも子供のままではいられないことを悟る。

「なぁルーク、俺と付きあわないか?」

「…はっ?」

我を忘れ隣にいる人物を見れば、どこか遠くを見ながら煙草を吸っていた。

「俺は、ジェイドみたいに遠まわしな愛情表現はしないし、必要であればお前を俺の一番近くに置いてやることもできる」

「あ、の、店長…」

「俺は、お前が心配なんだよ」

煙草を灰皿に押しつけ、ピオニーはやっとルークの方を向いた。初めはただの冗談ではないか、と思っていたルークも、いつもと違う声音と表情が合わさったことにより、それが冗談ではないことを悟る。

「ジェイドなんかに、任せてられん」

その言葉に、ルークの頭がカッと熱くなった。ジェイドなんかに。ピオニーは確かにジェイドとは古い付き合いで沢山のことを知っているかもしれない。ルークの知らないこともたくさん。だからと言って、今の言い方はジェイドに対してあまりに失礼ではないだろうか。ジェイドと暮らした短い時間の全てを、ジェイドの優しさを、ジェイドの不器用さを、全て否定された気になって、ルークは思わず声を荒げた。

「て、店長に、ジェイドの何がわかるって言うんですかっ!」

思わず立ち上がり、顔を真っ赤にしながらもルークは言った。

「ジェイドは、いつでも俺の事一番に考えてくれてたし、優しかったし、ちょっと不器用だったけどジェイドの気持ち嬉しかったし…俺はそんなジェイドのことがっ!」

言葉を最後まで言う前に、ルークの身体に立ち上がったピオニーの身体が近付いた。気が付いた時には抱きしめられていて、耳元でピオニーが囁いた。

「それは、俺に言うことじゃないだろう?」

身体が恐怖で震え、反射的に手が出てしまった。突き飛ばされたピオニーは、カウンターにぶつかり、椅子に座る形で落ち着いた。ルークはピオニーを突き飛ばしてしまったことに後悔を覚えながらも、先程の言葉に戸惑っていた。突き飛ばされた方はというと、寂しそうに笑うだけであった。

「悪かったな、ルーク」

伸ばされた手。それがルークの震える頬に触れた瞬間、ルークは矢張りその手を振り払ってしまった。恐怖が身体を占める。あの一件以来、誰かに触れられることがこんなにも恐怖であったなんて。

「ご、ごめんなさっ…い」

震えながらも言葉を紡ぐルークに申し訳なさを感じつつも、これで良いとピオニーは思っていた。そして、背後から迫る気配、次いで胸倉を掴まれ、顔面を思い切り、殴られた。









ジェイドは自分が我を忘れているという事実をどこか遠くから眺めながら、かといってそれを止めるわけでもなく思うがままに動いていた。何が何だかわからない状況の中旧知の仲であり一応上司でもあるピオニーを殴りつけ、ルークの手を取ってバーを飛び出していた。連れられたルークは初めのうちは焦って自分の名を呼び続けていたが、聞く耳を持たないジェイドの様子を見てその内黙ってしまった。ジェイドは今までの流れを冷静に分析している自分がいながらも、身体はまるで別の人格が乗っ取ったかのように、ひたすら歩き続けていた。気が付けば、自身の家が目の前にあった。
そこでハッとなり、やっと我に返った。急いで振り返れば、コートを羽織る間もなく連れ出されたルークが寒そうに身体を震わせていた。

「…とにかく、中に入りましょう」

ジェイドは何とか冷静さを保とうと、色々な思いが渦巻く感情を心の奥底にしまいこみ、部屋へと入った。ルークは何も言わず、ジェイドに促されるままジェイドの部屋へと入った。ルークは先程のことを未だ整理することができずにぼんやりしていて、思っていたことがついそのまま口から飛び出した。

「懐かしい…ただいま…」

ルークは寒さと先程の出来事で頭が混乱していた。理性も何もあったものではなく、ただ思っていたことを、素直に口にしてしまったのだ。

「ルーク…」

「俺、さ。またここに住みたいなぁ、とか、思っちゃった」

ぼんやりとした思考のままジェイドを見れば、ルークが今までに見た事のない表情をしていた。

「なんだよ、ジェイド。そんな泣きそうな顔してさ」

ルークは確かに、状況整理が出来ていなかった。しかし、その中で一つだけまとまっていた考えがあった。
ジェイドが、好きだということ。
あのジェイドが今にも泣き出しそうな顔をしているのがおかしくて、ルークはくすりと笑った。そして、強く握られたままであった手をそのままに、ジェイドに抱きついた。

「俺、考えたんだ。馬鹿だからうまく考えまとまらなくて、色々なことあるのに…それでも、やっぱり、ジェイドが好きだ」

言葉を口にした瞬間、ルークの心は軽くなったような、晴れ渡る空を飛んでいるような、そんな心地だった。苦しかったのだ、本当の思いを溜め込んだままでいることが。それを言った今、ルークは重荷から解放された、そんな気分であった。

「それに俺、ジェイドとこうしてるの…嫌じゃない」

知らない男に触れられることも、ピオニーに触れられることも、どちらも嫌悪感しか抱かなかった。けれど、ジェイドと触れあっているのは、嫌いじゃなかった。むしろ、嬉しいとさえ思える程の、優しさを感じることができるから。

「ルーク…いいんですか?」

そっとルークを離しジェイドを見上げているルークに問えば、ルークは何も言わずに目を閉じた。それが合図となり、ジェイドはルークにキスをした。時間にして数秒、それなのに一生を感じられる程のそのキスは、二人の思いを確かに繋いだのだった。















「はぁ!?」

ジェイドはここが事務所であるというのも忘れて素っ頓狂な声を出した。しかし目の前にいる男はそんなジェイドの様子も予想の範囲内なのか、けらけらと笑っていた。

「だから、俺は社長に戻るって言ってんだよ。だからここの店はお前がやれ」

「いえ、それはわかりましたが…ですが、何故今なんですか」

ピオニーは元々グランコクマの社長であり、本来このような所で店長をやっている立ち場の人間ではない。しかし、自ら店の様子を見たいと言いだし、秘書であったジェイドと情報部にいたディストを引き連れてこのケテルブルク店の店長となったのだ。

「確かに八月も異動の時期ですが…どうせなら春まで」

「春まで、ルークと顔を合わせろと?」

笑顔のままピオニーは言った。名を出された当人は今までの心労がどっと来たのか、ジェイドの家で寝込んでいる。医者の話では、ただの風邪であるが症状が重いから二、三日はしっかり休養した方がいい、とのことであった。

「…それに、私の本来の役職は貴方の秘書であったハズですが?」

「知らん。忘れた。そんな事実、本社だってとっくのとうに忘れてるさ」

ピオニーはあっけらかんと言い放つと、席から立ち上がり荷物をまとめた。

「いい加減戻らんと、重役の爺たちが五月蠅いからな。まぁ、店長として八月までは仕事するから、安心しろ」

何もかも吹っ切れたような笑顔を残して、ピオニーは事務所を後にした。
八月まで後二ヶ月。この夏から色々なことが始まりそうである。期待と不安に包まれながら、ジェイドは溜息を吐いた。











「只今戻りました」

「あ、おかえりー」

玄関をくぐれば、パジャマ姿のルークがぱたぱたと走ってきた。

「ルーク、まだ熱があるのでしょう?大人しくベッドで寝ていなさい」

ジェイドは荷物を置き、ルークの額に手を当てた。もうすぐ夏だというのにジェイドの手はひんやりとしていて、ルークは心地よさそうに目を閉じた。

「ん」

少し頬を赤らめながら目を閉じたルークの姿に、ジェイドは胸がドキリと高鳴るのを感じたが、ルークが風邪をひいていることもあり理性を保った。

「そんなに高くはないですが…ぶり返されては困ります、とにかくベッドに行きましょう」

ジェイドはルークの手を取り、部屋へと連れて行く。ベッドまで連れて行き無理矢理寝かせると、ルークが小さく笑った。

「…どうしました?」

「いや、その…なんていうか………嬉しくて」

愛らしい笑顔を見せたルークに、ジェイドはついに理性を保つことができなくなってしまった。まだ熱い頬を両手で包み、キスをする。本当はもっと深く、それ以上のこともしたいのだが、焦りは禁物であるとジェイドは自身に言い聞かせていた。例の事件もあり、ルークの心と身体は癒えきっていない。

「さぁ、もう休みなさい」

「ん…ジェイド、大好き」

えへへ、と笑いながら、ルークは目を閉じた。

「おやすみ…」

ルークが完全に寝入っても、ジェイドはずっとルークの寝ている姿を見ていた。今まではいつ終わるかわからない寂しさでルークの寝顔を見ている時もあったが、これからは違う。いつでもその姿を見ることができるし、いつでも触れ合うことができる。その幸せを噛み締めようと、ジェイドはいつまでもルークの傍にいた。
















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お粗末さまでした。
これにて愛情シリーズは一応の完結になります。
完結…というか、第一部完、と言ったところでしょうか。
大量のフラグを放置しっぱなしなのでその内回収しようかなとは思っていますが、とりあえずは完\(^0^)/

元々はバイト先の人間関係を腐ったフィルターで小説にしたのが始まりでしたが、まさかこんな長い連載になるとは…思ってもみませんでした。
焦らしプレイし放題でしたが、今までお付き合いくださりありがとうございました。
願わくば、ルークとジェイドの新生活が波乱に満ちたものにならないことを…。
(と言いつつ、波乱になりそうな予感ばっちりで終わってます(笑))




2010/02/19 ゆきがた

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