[携帯モード] [URL送信]
愛情に横恋慕 前編 その2

「あっれー、カーティスさんが一人で来るなんて、めっずらしぃ」

甘ったるい声がバーMGの個室内に響き渡る。平日で人が少ないのをいいことに個室を貸し切りしているジェイドは、注文を聞きに来た少女を見て、溜息を一つ。

「アニス、何度言ったらわかるんですか。私に媚を売っても無駄ですよ」

「チッ」

アニスは軽く舌打ちすると、ジェイドとは反対の席に座った。

「でも珍しいですねー、カーティスさんが一人で来てるのって。…なんかありました?」

聡い子だな、とジェイドはつくづく思っていた。現在大学生であるアニスは一人暮らしで、生活費を稼ぐのに必死であった。というのも、ダアトにあるローレライ教会の最高権力者であるイオンとフローリアンはアニスの良き友人であり、例え何かあっても金には全く困らないのだが、その二人に甘えることを頑なに拒んでいるアニスは二人の恩恵を受けないようにと必死になっているのだ。そんなアニスはダアト教会という孤児院育ちで、そこで何があったのかは詳しく語られることはないが、教会の名に恥じぬ功績は残しているのだという(実際彼女は大学の入学金を免除になる程の優等生らしい)。時折見え隠れする青い痣が何かがあったことを物語っているが、ジェイドはそれについて多くを突っ込む気はなかった。バーで知り合い、今ではメールなどをするようになった仲ではあるが、アニスが自分から話すまで待とう、と。それをわかっているのか、アニスは多くを語ろうとはしない。しかし、そんな彼女だからこそ、人の気持ちに敏感になれるのだろう。

「大したことではないんですがね」

ジェイドはそんなことを思いながら、メニューにあるいくつかの品物を口にする。アニスはそれをメモしながら、ジェイドに問うた。

「もしかして、ルークとのことですか?」

アニスの鋭い指摘にジェイドは一瞬メニューから顔を上げアニスを見た。そしてすぐさま、視線をメニューへと戻す。図星だなと思ったアニスは、何も言わずにジェイドの次の言葉を待った。

「以上で」

思った通りの言葉であった。あまり触れられたくないのだろう。過去何度か相談に乗ったことはあるが、最近の展開はルークの口からしか聞いていない。ルークは昼間のカフェMGの方で知り合った仲で、ジェイドと同じようにメールをしたりする仲である。しかし、ジェイドとルークはお互いがお互いのことをアニスに相談していることは知らない。アニスとしては難しい立ち回りであるが、しかし決してそういう役は不慣れでない為に、非常にうまく立ち回っている。

「はーい」

アニスはそれ以上は特に何も突っ込まず、素直に立ち上がり部屋を出た。マスターであるアスランにジェイドの注文した品を告げ、アニスは厨房へと入った。基本的にこのバーMGはアスランとアニスだけで成り立っている。酒類はアスランが、料理はアニスが、といったように分担している。それができるのも、このバーが隠れ家的な存在であるからだろう。もっと客が沢山入るような店であれば、バイト一人でやっていけるわけがない。アニスはジェイドの注文した品を手際よく調理し始める。あれやこれやとやっているうちに、カウンターの方からアスランの声が聞こえてきた。

「アニスさん、チョコパフェをお願いできますか?」

「…ほえ?」

ジェイドの注文は自分が取ったし、まさかジェイドが追加でチョコパフェなどを注文するハズもない。となれば、注文をしたのは新しい客という結論が真実に近い。

「(来店して真っ先に甘いもの頼む奴は、一人しか知らないんだけどー…)」

アニスは調理中のものをそれぞれ一通り見てから、カウンターの方へ顔を出す。すると、アニスの予想通りカウンターに座っていたのは、甘いもの×甘いものが大好きなルークの姿であった。(ルークはこのバーに来ると必ずと言っていい程甘いカクテルと甘いスイーツを最初に食べる。理由は、好きだから、だそうだが、アニスにはイマイチよくわからない。)隣にいるのは、ルークの働いている職場の上司。お得意様であるために既に顔は覚えている。勿論、玉の輿候補の一人でもあるが、それは内緒の話である。アニスは二人の姿を確認すると、すぐに顔を引っ込めた。

「(ちょっとちょっとー、なんかこれ、マジヤバじゃない?)」

まさかの展開に、アニスは当事者でもないのに焦っていた。ルークの返事が聞きたくてうずうずしているであろうジェイドの前に(個室に居る為見えないが)ルークが他の男と共に現れたのだ。鉢合わせれば、心中穏やかではなくなるのは目に見えている。アニスは一人であたふたした後、とりあえず、と出来上がった料理を持って個室へと向かった。

「おっ、アニスちゃんじゃーん。ひっさしぶりー」

客席に出る道は一つだけ。カウンターを通る他ない。厨房から出てきたアニスの姿を確認したピオニーは既に酔っているのか、陽気な声でアニスを呼びとめる。しかしアニスはぺこりと一礼しただけで、すぐさま個室へと向かった。両手が塞がっているのを見てピオニーはそれ以上何も言わなかった。内心ホッとしたアニスは、料理を運びながら客席の様子を窺う。客はどうやらジェイド、ピオニー、ルークの三人だけのようだ。人が少ないせいだろうか、いつもより店内を流れる音楽の音が心なしか大きいような気がする。アニスは後で音量調節をしなくては、と思いながら個室の扉をノックし、中へと入った。


「はーい、アニスちゃん特製のおつまみでーっす」

「おや、テンションが高いですね、アニス」

「えぇ〜、そうですかぁ?」

「貴方がそういう時は、何かを隠している時ですね」

びくり、と身体を震わせたアニスの表情を見て、ジェイドは席を立ち上がろうとしたが、その行く手をアニスに遮られる。

「…ルーク達が来ているのでしょう?」

「う…」

ルーク達、と言ったということは、一緒にピオニーが来ていることもわかっているのだろう。アニスは大人しく諦め、しかし今度はジェイドの座る席とは反対側に座った。

「ちょっと様子見しませんか?あたしも最近の展開には付いていけなくて…」

「その言い方ですと、ルークは貴女にも相談していたのですね」

「ギクッ」

墓穴を掘ったなと思ったが、アニスは開き直って唇を尖らせた。

「はぁ、やっぱカーティスさんには何もかもお見通しかぁ」

「ですが、私は貴女にルークがどう思っているのか、どのようなことを話しているのかを聞くつもりはありませんよ」

ジェイドは運ばれてきた料理に手をつけながら、静かに言った。

「それでは、駄目なのですよ」

アニスは少し寂しそうな表情で言ったジェイドを見て、これまでジェイドから言われてきた事を思い出した。自分が不器用であること、どのように接していいのかわからないこと、愛するということに未だ抵抗があること、など。詳しいところまで踏み込んだわけではないが、アニスは何となくその気持ちがわかる為に、ジェイドを応援し続けていた。今は遠くにいる、一人の青年の事を想いながら。思えば彼はどうしているだろうか。最近は連絡も寄こさず、こちらにも遊びに来ない。彼女としては寂しいんだけどな。そんなことを考えていると、何やらカウンターの方が騒がしくなっていた。ジェイドもそれに気付いたのか、個室の扉を開けてその様子を見る。アニスもつられて見れば、カウンター前に座っていたピオニーが伸ばした手を、ルークが振り払うところであった。音響のせいで何を言っているのか詳しくは聞き取れないが、二人の表情から不穏な空気が漂っている事だけは確かであった。アニスはとりあえず止めなければ、と部屋を出ようとしたが、ジェイドが飛び出す方が先だった。

「あっ…!」

アニスは思わず声をあげた。飛び出していったジェイドが、ピオニーを殴ったのだ。とんでもない展開にあたふたし始めたアニスはどうしたものかと悩み、とにかく部屋を出て三人の様子を見守る事にした。

「(…あれ?)」

しかし、その空間にはどこか違和感があった。それは三人ではなく、それをカウンターで見ていたアスランの方。二人を止めることなく、その場に見守るかのごとくただ静かに立っているのだ。とうとう頭がおかしくなったのか、という突っ込みが一瞬頭をよぎったが、勘のいいアニスはすぐさま一つの結論に到達した。もしかして。アニスの結論は、数分後に真実かどうかわかることになる。

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!