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愛情に横恋慕 前編 その1
いつもと変わらぬ朝、変わらぬ景色。多少部屋が乱雑になっていることを除けば、いつもと変わらないハズだった。ルークはぼんやりとする意識を振り払い、台所に立った。二時間後には出勤の時間であるが、ルークはできればサボりたいとすら思える程、気分が落ち込んでいた。事件も解決し、平穏な日々が戻ったのは確かであるが、どうしても顔を合わせたくない人物がいた。ジェイド・カーティス、ルークの上司でありスーパーグランコクマケテルブルク店の副店長に当たる人物である。

「はぁ」

ルークは溜息を吐くと、黙ってインスタントコーヒーを淹れた。最近はこのアパートに帰っていなかった為冷蔵庫に食材は入っておらず、毎朝インスタントコーヒーだけを飲む生活。ルークにとっては一日二食、あるいは一食で済ますことが殆どだった為に毎朝インスタントコーヒーの生活に戻る事はなんの苦でもないはず、であったが、一日三食という実に健康的な生活を数週間味わったルークの身体は、その健康的な生活に戻る事を望んでいるのかインスタントコーヒーだけでは足りないとばかりに毎日腹を鳴かせていた。
ルークは悩んでいた。ジェイドに何と答えるべきかを。
数日前、ルークを取り巻いていた事件は一時の安息を得たが、それは同時にジェイドとの暮らしの終着点でもあった。元々得体の知れない何かから身を守るためにとジェイドの家に住まわせてもらっていたが、その事件が解決した今、ルークがジェイドの家に住む必要性はなくなっていた。それを寂しく思っていたルークは、ジェイドの告白に喜びを感じずにはいられなかった。

『これからもずっと、一緒に暮らしていただけませんか』

思いだせば思いだす程、胸は高鳴り、頬は熱くなる。しかし、ルークはジェイドのその言葉に、すぐには応えず、時間が欲しいと頼んだ。確かに喜ぶべき申し出ではあったのだが、それを悩ませるには十分すぎる程の理由を、ルークは抱えていた。
奪われてしまった鍵のことである。
一度は捨てられ、そして捨てたキムラスカでのことを今更掘り返した所でなんの意味もないのかも知れない。ただ、あの場に存在しても良かったんだという証拠が欲しかっただけなのかも知れない。結局は捨てきれていないのだ、キムラスカを、家族を。だからこそ鍵を手にすることを望んだ。けれど、その鍵は奪われてしまった。見覚えのある女性に。あの鍵は母シュザンヌと自分だけの、真実を知る為の鍵ではなかったのだろうか。どんな真実かはわからないが、あの鍵を奪う理由が知りたかった。自分は一体、何に巻き込まれているのかを。
ルークは知らない。ルークが大きな抗争の中の中心人物であることを。
ルークは知らない。その抗争が、彼の運命を大きく左右することを。
ルークは知っていた。何か大きな出来事が、遠くない未来で、自分を巻き込むのではないかということを。
そんな理由があるからこそ、ジェイドと共に暮らすのはジェイドの為にも良くないのではないかと思っていた。けれど、心のどこかでは、全てを捨てて、見ぬ振りをして、自分の好きなようにすればいいと思っている部分もあった。どうしたら良いかわからず思案に暮れるルークは、とっくに冷めてしまったコーヒーを飲み干し、出勤の支度をした。








「おはようございます…」

事務所に入り出勤のスキャンをするべくカードをポケットから取り出した。袖に引っ掛かったのか、ポケットに入れていたボールペンまで飛び出し、床に落ちる。ルークは急いでスキャンすると、すぐに落としてしまったボールペンを拾おうとするが、ルークの手が伸びるより早く、別の人間がボールペンを拾っていた。

「落としましたよ」

「あ、ありがとうございます」

ルークは身体を硬直させながら、礼を言った。今一番逢いたくない人物であるジェイドは、ルークが自分を見てその瞳に暗い影を落としたのを見て、何も言わずに自身の席へとついた。その様子を店長席で見ていたピオニーは、書類に判を押すのを思わず止めた。相変わらず進展のない奴らだな、と考えたピオニーは立ち上がり、事務所から出ようとするルークの肩に手を回し、言った。

「よぉルーク」

「あ、お、おはようございます」

一瞬びくりと身体を震わせるが、にっこりと笑って挨拶をするピオニーに、ルークは何事もなかったかのようにぺこりと首を下げた。

「悪いな、明日監査が入るから、今日は売り場を厳しくチェックさせてもらうぞ」

「わ、わかりました」

監査、の言葉に別の意味で身体を震わせるルーク。売り場や倉庫など厳しくチェックする監査では店長や副店長の厳しい事前チェックのおかげか一度も怒られたことはないが、いつもギリギリのラインで通っていた。ルークは久しぶりだから気合を入れないと、と意気込んでいたが、ピオニーはあんまり気張るなと言いながらルークの肩をぽんぽんと叩く。その様子を遠目で見ていたジェイドは、事務所から出ていく二人の背を睨んでいた。そのジェイドの様子を見ていたディストは、溜息を吐いた。この事務所にいるのは全員不器用な奴らばかりなのか、と。そんなことを思っているディストでさえ不器用であることを、当の本人は気付いていないが。








「なぁルーク、今日久々に飲みに行かないか?」

ピオニーに指摘されるがままに売り場を見直してたルークは、突然のピオニーの誘いに思わず手を止めた。

「え?」

「いやな、お前、色々悩んでるだろ?少し位手伝ってやれないかなー、って思ってさ」

当たり障りのないように言うピオニーであったが、その内容は確実にある一つのことを指していた。ジェイドとのこと。それを脳裏に浮かべたルークは、このまま一人で悩んでいるのは良くないと思い、その誘いを受けた。

「よっし、じゃあ九時にMGで!あ、ルーク、そこのチョコ、品切れてるぞ」

「あっ、はい」

嬉しそうに言ったピオニーは、その表情が嘘であったかのようにすぐさま仕事の表情へと戻った。人の顔色に敏感なエルークは、ピオニーの些細な表情の違いも見抜けるようになっていた。一見公私を混同している様に見られがちなピオニーであるが、仕事の時と私事の時では笑顔も声のトーンも全然違う。特にジェイドやディストを前にしている時の彼の表情は本当に楽しそうで、それが羨ましくも思える。自分もジェイドとあのような関係になれたら。そこまで考えて、ルークは思考を止めた。とにかく今日の夜に話して、少しでもすっきりさせようと考え、仕事モードへと戻った。

「……」

先程から様々な表情を浮かべているルークを見ていたピオニーは少し考えた後、矢張り自分はこういう役回りなんだな、と一人自嘲しながら、その考えを表に出さずにルークに指示を出し続けた。


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あきゅろす。
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