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愛情の表現の仕方・中編
■愛情に忍び寄る影、の続き。中編。大切なものを見つけたルーク。















「まったく・・・事を大袈裟にして。一体どこの誰ですか、私を重症患者に仕立て上げたのは。右腕を少し掠っただけですよ。」




ルークは病院に着き車を降りたなり唖然とした。刺されたはずのジェイドが病院の入り口に立っていたのだ。一体どこを刺されたのだろうか、腹か、背中か。急所を外れていたとは言え、傷が深かったらどうしよう。そんなことをもやもやと考えていたルークは、呆れ顔で立っているジェイドを見て、その場にへたりと座り込んだ。




「いやぁ、その方が迫力が出るだろ?それに、急所は外れたとは言ったが、具体的にどことは言わなかったしなー。」




ジェイドの横に立ちルークをにやにやと見つめるピオニーに心底腹が立ったルークだったが、それよりもジェイドが無事であったことの安堵の方が強かったのか、瞳からは涙が零れ始めた。まさか涙を流すとは思わなかったのか、ピオニーはあたふたしてルークに謝ろうとするが、それより先にジェイドがルークの前にしゃがみ込む方が早かった。




「すみません、心配をおかけして。どこかの馬鹿のせいで。」



「おっ、おい、俺はお前らを思って、」



「何か言いましたか、ピオニー?」



「・・・い、いや。」




ジェイドの睨みにピオニーは邪魔をしない方がいいと思い黙りこんだ。今口出しをすれば、後で確実にジェイドに一服盛られ死ねるだろう。大人しく黙っていようと、ピオニーは成り行きを見守ることにした。




「ルーク、大丈夫です。少々腕を切られただけですので、命に別状どころか、ぴんぴんしていますよ。」



「ほ、本当か・・・?」



「ええ、ですから自分のせいで私が傷ついた、などと考えるのはやめてくださいね?」



「えっ?」




ルークはジェイドの言葉に顔をあげた。優しげな表情を浮かべたジェイドが視界いっぱいに広がる。そっと伸ばされた手が、頭を撫でた。




「さぁ、今日はもう帰りますよ。後はピオニーがうまくやってくれるでしょうから。」




そう言ってジェイドは立ちあがり、怪我をしていない左手でルークに手を差し出した。




「う、うん・・・。」




伸ばされた手を掴み、立ちあがるルーク。しかし、本当にこのまま帰っていいのだろうか。心配になって店長であるピオニーを見れば、不安そうな表情を浮かべるルークに対しにこりと笑った。




「俺は警察と話もあるしな、お前らは今日は帰れ。心配するな、最初からそのつもりだ。」




ピオニーは後押しするかのように二人を見送り、溜息を吐いた。こうなるであろうことは予測していたというのに、友人が傷つくのを阻止することができなかった。もうすでに、犯人の目星は付いているのだ。しかし、決定的な証拠がない者を警察に突き出したところで何の意味も持たない。それどころか、ルークへの行為を益々ヒートアップされては困るのだ。




「(それに・・・。)」




この件は、ただのストーカー行為だけでは済まされない、何かがあるように思われる。犯人の狙いはルーク本人と見て間違いないだろうが、どうも裏で誰かが糸を引いているような、そんな気配があるとピオニーは感じていた。だとすれば、余計に早計な行動を取るべきではない。ジェイドにもこの考えは既に話してある。




「(・・・しっかし、あの泣き顔は、反則だよなぁ。)」




ピオニーは額に手を当て、空を仰いだ。先程のルークの泣き顔が脳裏を過る。親友を傷つけ、部下を傷つける者は許さない。だが、それ以外の感情も、ピオニーを動かしている要因の一つとなっている。大切な親友と部下の幸せを願おう。そう何度も心に言い聞かせるが、逆らうかのように心は痛みに悲鳴を上げた。










それから一週間。嫌というほど熱烈にあった視線は、ジェイドが刺された日を境にぱたりと途絶えた。束の間の安らぎにルークは安堵を覚えたが、不安が消えたわけではない。またジェイドに危機が及べば、今度こそ本当に命に危険が迫ることも考えられる。一体何が目的なのだろうか。終わらない思考に疲れため息を吐いたルークは、事件のあった日から一体どれだけの日数が経ったのか見ようとカレンダーに目をやった。そして、ある一点に目がいった。明日の日付に、赤色のペンで印が付いているのだ。何かあっただろうかと首を傾けると、カレンダーを前に疑問符を浮かべているルークの方に手が置かれた。




「あぁ、もう明日ですか。」



「なぁ、これ何の日だ?」




振り返り疑問を投げかければ、ジェイドは心底呆れた顔をして、ルークの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。




「ご自身の誕生日を、お忘れで?」



「・・・あぁ。」




ルークは自嘲気味に笑うと、カレンダーの数字に指を這わせた。実家を追い出されて以来、誕生日はただの通過儀礼であり、年齢が変わる以外の何物でもないとルークは思っていた。周りが率先して祝うこともあったが、歳をとった事に対し感慨深く思うわけではなかった。




「今年は、祝いますよ。プレゼントも用意しましたし。」



「いいよ、21歳になるだけで、節目とかでもなんでもねーし。」



「私が、祝いたいんですよ。」




その言葉に再度振り向くが、先程までそこにいたジェイドは夕食の支度をするためにキッチンへ戻ってしまった。その背を見送りながら、どうしてジェイドはここまで自身に良くしてくれるのだろうかと、不思議に思った。そして、明日が楽しみに思える自分がいることに気づいて、ルークは笑みを零した。入社以来何かと気にかけてくれていたピオニーや、部下であるティア、果ては事務所のディストまで、それぞれからプレゼントを貰ったことがあるが、ジェイドから誕生日プレゼントを貰うのは初めてのはずである。




「(そういや、ジェイドに初めて貰った物って、ここの鍵かぁ。)」




ふとルークは、ジェイドの家に寝泊まりすることになったきっかけの一つでもある、鍵を思い出した。小さく使い込まれていなかった鍵は、今では毎日のように使われすこし汚れが目立ち始めている。そのことを少し嬉しく思うルークの毎朝の日課は、鍵を忘れていないかどうか確認することである。勿論忘れてしまってもジェイドに連絡を取ればいいだけの話だが、そういう問題ではない。いつでも必ず、持ち歩きたいのだ。




(この鍵を、必ず持ち歩くのですよ?失くしてはなりません。)




突如脳裏に蘇った母シュザンヌの声。自身の記憶に混乱を覚えながら額に手を当て、今の言葉が紡がれた出来事を思い出す。記憶は遠き日まで遡った。まだルークが幼き日の出来事である。ある歳の誕生日に、母シュザンヌがルークに小さな鍵を渡したのだ。金色に光るその鍵を小さなルークの手に握らせ、シュザンヌはある言葉と共に渡したのだ。




(いいですかルーク。この鍵は真実を守る鍵です。もしも貴方が真実を知りたいと思ったのなら、この鍵を使いなさい。これは私と貴方だけの、秘密です。)




今尚守られている真実。今となってはシュザンヌから託された鍵をどこでどのようにして使うのかもわからないが、とても大切なものだと念を押されたのを覚えている。真実とは一体如何なるものなのだろうか。真実の内容が気になりつつも、それよりも鍵の在り処の方が今は心配である。ルークは自分に宛がわれた部屋に戻り荷物を漁り始めたが、金色の鍵は出てこなかった。今この場にないということは、鍵はルークの住んでいるアパートの部屋にあるということになる。どうしてもっと早く気付かなかったのだろうか、と自分を責めるが、忘れていても仕方のない事であった。キムラスカを出て以来、キムラスカでの日々やそれらに関わることを全て忘れようと、アルバム等見ただけで懐古の情が起きるものは何もかもダンボールに詰めて押し入れの奥深くに仕舞ってしまったのだ。




「(確かめたい。)」




鍵が今何処にあるのかを、ルークは確かめなければと決意した。何故かはわからないが、そうしなければならないという感情だけが、ルークを突き動かしていた。










翌日、ジェイドが仕事に行くのを見送った後ルークは家事を一通り済ませて家を出た。ジェイドには何も言わないで出ることになってしまったが、必要なものを探して帰るだけである、心配はいらないだろう。ジェイドの家の鍵を大事に仕舞い、数週間ぶりの自宅へと向かう。久しぶりに見る自宅付近の景色に懐かしさを覚えながら、しかし自宅に帰るという思いはあまり感じられなかった。歩くこと数十分、数週間前に恐怖を感じた扉が目の前にある。鍵を差し込み回せば、カチャリと音が鳴った。空けていた時間は長かったが、その間に荒らされた形跡がないことがわかる。部屋に踏みこむと、荒らされていたものをさっと片付けただけの部屋があった。いつかはきちんと片づけたいと思いながら、ルークは開けられた形跡のあるダンボールの一つに手をかけた。アルバムや文集に一度は手をつけたものの、目当ての物がなかったのかそれらは無造作に突っ込まれていた。その中の一つのアルバムを、ルークは取り出した。家族で撮った写真ばかりを集めたアルバムで、表紙には家族全員で撮った写真が貼ってある。ルークはその写真にそっと指を這わせ、苦笑を零した。徐々に蘇る記憶。キムラスカでの思い出を封印する際に、隠し場所に困った鍵の在り処も同時に。ルークは表紙に貼ってあった写真を勢いよく剥がした。その下にはもう一枚の写真が貼ってあった。ルークと、母シュザンヌが二人きりで写っている写真である。鍵を貰った誕生日に撮った、一枚きりの写真。幼いルークを抱き上げているシュザンヌの頬笑みが、少し懐かしい。そして、その写真も躊躇うことなく剥がした。そして現れる小さな溝、中には金色の小さな鍵。




「あった・・・。」




取り出せば、曇ることなく輝きを抱いたままの金が眩しかった。小さなブウサギ型のキーホルダーは、幼いルークの為だと言ってシュザンヌが付けたものである。鞄から財布を取り出し、ルークはそのキーホルダーにジェイドの鍵も付け、二つを一つにした。大切なものはもう失くさないと心に誓い、ルークは二つの鍵を大切に握りしめた。脳裏に過るジェイドの笑み。早く帰ろうと立ちあがろうとしたその時であった。不意に目の前が暗くなる。背後に人が立つ気配を感じて振り向こうとするが、伸びてきた手がルークの口元を押さえる方が早かった。当てられたハンカチ。突然のことに大きく息を吸ってしまい、身体中がマヒするかのような感覚がルークを襲った。そして、意識はそこで途切れた。





2009/06/21 ゆきがた


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