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愛情の表現の仕方・前編
■愛情に忍び寄る影、の続き。前編。ルークに忍び寄る影。そしてジェイドは・・・。















ジェイドとピオニーがルークの家に着いてからは、物事があっと言う間に進んでいった。警察に連絡し、その後ジェイドに言われるままに荷物をまとめ、ジェイドの自宅へと向かった。ピオニーとはその際に別れたのだが。




「気を付けろよ。」




と別れ際に声をかけられた。その言葉にジェイドがピオニーをじろりと睨んでいたが、それは一瞬の出来事であった為にどういう意味だったのかを問うことはなかった。貰った鍵を使うことなく、再びジェイドの家を訪れることになってしまった。不思議な縁を感じつつ、ルークはジェイドに感謝していた。ジェイドが直属の上司になった直後はどうなることかと思っていたが、三ヶ月前の出来事以来嫌味を言われるだけではなくなっていたのだ。優しさが、垣間見え始めたのだ。それは今までもあったようで、気付かないような些細なこと。時折触れてくる心地良い手が、ジェイドに触れられた日を思い出す。そして何故かその時、心が痛くなるような、温かくなるような心地がすることを、ルークは不思議に思っていた。




「(またその手で、そっと撫でてほしい。)」




願望が強まる。突然のことで疲れているのだろうか、ジェイドの手を所望してしまう自分がいた。それは過去に幾度もあったことで、だからこそルークはジェイドを避けていたのだ。人の温もりを求めてはいけないのだ。温もりが消える事の方が、手に入れた時の喜びよりももっと大きな感情をもたらすのだから。




「暫くは私の家に泊まりなさい。」



「・・・。」



「ルーク、聞いてますか?」



「・・・えっ、あ、ご、ごめん。」




ぼんやりと考えてしまってジェイドの声が耳に入っていなかったルークは焦って、ずっと握りしめていた鍵を落としてしまった。しまった、と気付いた時にはもう遅く、落としてしまった鍵はジェイドが拾っていた。ルークの温もりが残る鍵を、じっと見つめるジェイド。




「・・・ずっと、持っていたんですか?」



「う、うん。」



「とっくに、捨てられていたと思っていましたよ。」



「え?」




ジェイドの口から出た言葉は意外なものであった。貰ったものを捨てるはずがない、と思っていたルークにとって、捨てるという言葉は心外である。しかし、何も言わずジェイドを避けていたこともあり、そう思われても仕方ないのかも知れない。




「すっ、捨てるはずないだろっ!」




咄嗟に口から出た言葉は、ジェイドを驚かせたようだ。今度はジェイドが握った鍵を落とす番だった。からん、と音を立てて落ちた鍵はどちらの手に戻ることなく暫しの間床の上にあった。続く沈黙。それを破ったのはさすが冷静というべきか、ジェイドの方だった。




「とにかく、暫くは私の家で寝泊まりしなさい、何があるかわかりませんから。貴重品は先程全て持ってきたでしょう?」



「う、うん。」




そう言ってジェイドは鍵を拾い、ルークの掌に乗せそっと握らせた。




「私がいない時は、この鍵を使って家に入っていいですから。まぁ私がオフの時以外は、基本的に一緒に帰るようにはしますが。」



「えっ・・・?」



「一人でいたら、何をされるかわからないでしょう?警察など、当てにはなりませんしね。」




その後、部屋の案内などをされたルークは風呂を借りるとすぐに眠ってしまった。幸いなことに明日はジェイドもルークもオフの日である。ルークは目覚めた時からの生活に緊張しつつも、疲弊していた身体は考えるよりも先に休息を求めていた。









早いようで遅かった二週間。家に帰りただいま、と言えば、おかえりと言える幸福。ただいまと聞こえたなら、おかえりと言える温かみ。ジェイドが作る食事はどれも一流シェフを思わせる料理ばかりで、一口食べれば頬がついゆるんでしまう程。自身が当番の時はあまり料理をしない為に質素なものになってしまうが、それでもジェイドはおいしいと言って食べてくれた。初めの内は緊張していて会話もろくにできなかったが、今では些細な会話にでも笑みが零れるほどに、ルークはジェイドとの暮らしに慣れていった。その過程は、まるで新婚の夫婦のようである。




「(・・・って俺、何考えてんだ!)」




家族に似た心地良さに安堵を覚えた身体がそう簡単に妄想を止められるわけもなく、もやもやと膨らんでいく考えをどこかへやろうとしても、口元は緩んだままである。夕闇の中歩く赤毛の少年がにやにやと笑いながら買い物袋を提げている。明日の朝刊の見出しはこれで決定である。ルークはそれでも笑みを止めることができず、しかしいつまでも甘い妄想を続けていくわけにはいかないので、買ったものと家にあるもので今日の夕食を何にするかを必死に考え始めた。ジェイドには内緒でこっそり料理の本を買ったりもして、勉強もしている。お世話になっている身としては、いつまでも簡素で質素な料理を出すわけにはいかない。いつかはとても、がつくほどに美味しいと言わせてやろう。そう考え始めれば、今日の夕食当番が益々楽しみに感じられた。早く帰って美味しいものを作ろう。そう考えて、マンションまでの真っ直ぐな通り道に差し掛かった時である。




「・・・!」




身体が震えた。感じる視線。まるで舐め尽くされるかのような気持ち悪さ。ルークは咄嗟に振り向くが、闇の中には誰もいない。歩みを急がせるが、視線は一向に止まらなかった。悪寒が身体中を駆け巡る。後少しでマンションに着くというのに、緊張が止まらない。とにかく早く、早く家に入りたかった。マンションの入り口に辿り着き、ルークはポケットから鍵を取り出してすぐさまマンション内に入った。このマンションは割と最近に建てられたのか、入り口には監視カメラが付いており、マンション内には鍵を持った家主か家主が招いた人物しか入れないようになっている。ルークはエレベーターの前まで走ると、ボタンを押してすぐに中に入った。最上階のボタンを押し、扉を閉める。そこで見えた、少し小太りな男の姿。




「・・・!」




所々がエレベーターの外装で見えないが、微かに見えた男の表情は、笑っていた。どこかで見たことのあるその笑みを、ルークは思い出せなかった。










ジェイドは帰りがけに立ち寄った店である物の購入を悩んでいたせいか、ルークが帰宅したと思われる時間よりも大分遅くに帰宅した。すっかり遅くなってしまったと少々後悔しながらも、立ち寄った店で予約した物の仕上りとルークが作る夕食に期待しつつ、玄関の扉を開けた。




「遅くなってすみません、戻りました。」




しかし、返事は一向にない。初めの内は抵抗のあったルークも、今では帰宅すれば必ずダイニングから飛び出してきて今日の夕食の出来栄えを報告するというのに。ジェイドは嫌な予感を感じつつ、ダイニングへ続く扉を開けた。部屋は灯りもなく真っ暗で、テーブルには無造作に置かれた買い物袋と、突っ伏したルークがいた。扉が開く音にルークの身体はびくりと震え、恐怖の目でこちらを見ていた。




「あ・・・じぇーど・・・。」



「どうしたんですか、ルーク。何かあったんですか?」



「あ、の。えっと。」




脅え方が尋常ではない。ジェイドは灯りを付け、買い物袋の中にある物を冷蔵庫にしまい始めた。




「とりあえず、そこに座っていなさい。今ココアを入れます。夕食もまだでしょう?今から作りますから。」



「あっ、ごめんっ。俺っ・・・。」




立ちあがろうとしたルークを、目で制する。有無を言わせないジェイドの瞳に負け、ルークは再度椅子に座りなおした。暫くすれば、温められたココアがルークの前に置かれた。口にすれば、飲みやすい温度であった。ジェイドはいつの間に飲み物の適温まで把握したのか。そんなことをぼんやり考えながら、ルークはゆっくりココアを飲んでいった。温まる身体。寒さも落ち着きもうじき夏を迎えるというのに、身体は大分冷え切っていた。ジェイドが夕食の支度をする内に、部屋も大分温かさを取り戻していった。その心地良さに安堵するルークだったが、すぐさま先程の視線が脳裏に過る。手に入れた温かさが、壊れていくような、そんな気がした。震えだす身体。抑えきれずに自信の腕で身体を抱くが、震えは中々治まらない。




「ルーク。」




背後からかかるジェイドの声。振り向こうとする前に、スーツを着たジェイドの腕が伸びてきた。肩を抱かれ、ルークは驚きのあまり声を上げてしまった。




「え・・・?」



「ルーク。」




いつになく神妙な様子に、ルークの鼓動は何故か動きを早くしていく。多少ではあるが、ルークはジェイドの表情や言葉の変化に気づくようになっていた。慣れとは恐ろしいものである。そして今のジェイドの声は、鍵を渡された時のような真面目な声音だった。




「私は・・・。」




ルークはその言葉の続きが気になって口を閉ざすが、ジェイドの口からは一向に言葉が紡がれない。不安になって振り向こうにも、肩を抱かれては振り向けない。なんだろう、と言葉の続きが気になって緊張していると、耳元でそっと囁かれた。




「今日の夕飯に、ブウサギの肉、入れてもいいですか?」



「・・・はぁ!?」




ジェイドの紡いだ言葉に驚いて振り向けば、いつの間にかぱっと手を離しにこりと笑ったジェイドがいた。




「いえね、貴方が先日間違えて買ってきたブウサギの肉がもう賞味期限が危ないんですよ。私だってできれば食べたくはありませんが、好き嫌いを言っていたら大人になれませんしねぇ?」



「う・・・、い、入れればいいだろっ!食べないと、もったいねーし。」



「そうですか。貴方が我儘を言うんじゃないかと心配していたんですが、余計な心配だったみたいですね。」




いつもの嫌味を交えつつ、ジェイドは笑みを浮かべた。そして一瞬、その表情が曇る。驚く暇もなく、ジェイドはすぐさま背を向けて夕食の支度に戻ってしまった。何か言うべきだったのだろうか。ルークは先程の恐怖も忘れ考え始めたが、しかしジェイドが本当は何を言いたかったのかがわからない。はぐらかされたような気がしつつも、ルークは何も言うことができなかった。










「(結局昨日は、誰かに付きまとわれていること、言えなかったなぁ。)」




ルークは売り場に並べられている商品を綺麗に並び変えながら、ぼんやりと昨日の事を考えていた。今朝はジェイドと共に仕事場まで来たせいかあの視線もなかったが、不安が無くなったわけではない。部屋を荒らされた事といい、自分を付きまとう事といい、犯人は何が目的なのだろうか。本当に自分は、何も盗られていなかったのだろうか。実は何か大切なものを見落としているのではないかと、不安が過る。いつの間にか作業していた手は止まり、ルークはぼんやりと考え込んでしまったのだが、その思考もPHSのけたたましい着信音によって遮られた。着信先は事務所である。またクレームだろうかと怖々しつつ、ルークは通話ボタンを押した。




「はい、ルークです。」



「ルーク、今すぐ事務所へ来なさい。持ち場はそのままにして構いません。」



「え、えっ?」



「いいから、今すぐに来るのです!」




ディストの怒鳴る声と共に、通話は終了してしまった。何だろうと不思議がりつつも、ルークは事務所へと向かった。しかし、事務所へと辿り着く前に待ち構えていたピオニーとディストに捕まり、突如引っ張られてあらかじめ従業員専用入り口の近くに止めてあったピオニーの車の助手席へと入れられた。




「あっ、あの、どうしたんですかっ!?」




無言のまま運転席に乗り込むピオニーと、後部座席にルークの私物を放り投げ車を見送るディスト。まったく話に付いて行けないまま走り出す車に、ルークは嫌な予感を覚え始めていた。




「ルーク、落ち着いて聞けよ。」




ある程度走ったところで、ピオニーは先程の答えを述べた。声音が、震えていた。




「外回りに出ている時に、誰かに刃物で刺されたらしい。幸い急所が外れている。命に別状はないそうだ。」




一体誰のことか、と問おうとしてルークは口を開きかけたが、すぐさま止めた。ピオニーが自分を呼んだのだから、該当する人物は一人だけである。心臓が止まってしまう様な冷たさがルークの身体を包み込んだ。言い知れない恐怖。やはり、自分は幸せを望んではいけなかったのだ。その罰が、下ったのだ。




「ジェイド・・・!」




ざわざわと波を立てる心が、ルークを恐怖の闇へと誘った。


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