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温度(アニス+ジェイルク)
■アニス+ジェイルク。イオンの死後。(メインはアニス)













燃え盛る炎の中で、一つの命が空へ還る。その瞳が本当に穏やかであったのかはわからない。しかし、差し出された手を握っていれば…握っていれば、何かが変わっていたかも知れない。そんなことは有り得ないのに、そう思うと、胸が締め付けられた。最後に彼の温もりを感じたのはいつだろうか。それは、温かかっただろうか。





体中に嫌な汗をかいた状態で、アニスは目覚めた。纏わり付くような汗が、今まで見ていた夢の恐ろしさを物語る。その夢は毎日のように続く。一旦眠りにつくものの、何度もその夢を見ては、目を覚ますのだ。彼の、最期の夢を。


「眠れませんか。」


感情の読めないその声は、焚き火の傍にいた。寝ずに見張り番をしている、ジェイドである。


「寒いですからね、とりあえずこちらへ来て温まる方がよろしいかと。」


そう言われて初めて、微かに聞こえる轟々という風の音に気付いた。ジェイドに隠し事が出来ないのはわかっていたのでアニスは素直に従うことにした。


ロニール雪山のパッセージリングでアッシュと会った一行は、すでに日の暮れかかった時間だった為に、無理に山を降りず、パッセージリング内で野宿をすることにした。夜までに戻らない場合、ケテルブルクに行くようにノエルには言ってあるので問題は特になかった。イオンの一件から、強行軍で事を進めてきていたために疲労が溜まっていた。辺りを見回すと、各々ぐっすり寝入っている。


「大佐、私、起きちゃいましたし、見張り番変わりますよ?」


起きてしまったアニスの為に、ホットミルクを作っていたジェイドは、手を止めた。


「いえ、私は・・・まだ、寝るわけにはいかないのですよ。」


どこか思いつめた表情を向ける先にいたのは、赤毛の少年であった。アニスは、何故ルークなのだろう、と少し疑問に思った。しかし、それを口にして聞くべきことなのか、少し迷ってしまったのは、なんとなく理由が読めていたからなのかも知れない。


「えっと、それってもしかして・・・。」

「さて、ホットミルクの出来上がりです。熱いですから、気をつけて飲んでくださいね〜?」


少しおどけた口調で言ったジェイドに、アニスはそれ以上何も話せなくなってしまった。いつもなら、子供扱いしないでください〜、と一言言い返すのだが、先ほどの夢のこともあり、アニスは素直に好意に甘えることにした。何も聞かずに、いつもと変わらず接してくるジェイドが、今はありがたかった。





それから、どちらから話すこともなく、ただ焚き火の音と吹雪の音だけを聞いていた。アニスはホットミルクを飲み終わり、少し落ち着いてきていた。温かさが身体中に広まり、少し眠気も戻ってきた。しかし、先ほどの夢をまた見るのではないかと思い、眠ることに対して恐怖心を抱いていた。飲み終わった、まだ温かさの残るカップを持て余しながら、焚き火を見つめていると、苦しむような声が仲間の寝息に混じって聞こえてくる。


「う・・・、あ、うあ・・・・。」


その声は、ルークのものであった。苦しそうに胸を押さえている。


「ルー・・・ク?」

「・・・いつものことです。毎晩のように、うなされていて。」


ルークの目から、涙が溢れてくる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・。」


そして、何度も何度も、謝り始めた。しかし、夢は終わらないのか、謝る度に涙を流し、謝る勢いは増していく。見ているこちらが苦しくなってくるその様子に、アニスは胸が締め付けられた。そして、アニスが、あっと思った時には、ジェイドがルークの上半身を起こし、抱きしめていた。


「ルーク、大丈夫ですよ。私はここにいますから。」

「あ・・・ジェイド・・・ジェイド、どこ・・・?」

「ここにいます、ほら、貴方の手を握っています。」


そう言って、そっとルークの手を握り、あやす様に背中をさする。ルークはそれに安心したのか、謝るのを止め、少しずつ、落ち着きを見せていった。そして、暫くすると、安らかな寝息がアニスにも聞こえてきた。それを見たジェイドはそっとルークを降ろすと、焚き火の傍に戻ってきた。


「アクゼリュスの一件以来、ずっとあの調子です。特に野宿の時が一番酷いのですよ。安心できないのでしょうね。」

「大佐・・・いつから知ってたんですか?」

「ナタリアとイオン様を救出し、ダアトを脱出してから港に着くまでに野宿をした時ですかね、うなされている彼を見たのは。その後、彼と一緒の部屋になった時も、この調子でしたからねぇ。」


不思議な眼差しでルークを見つめるジェイドの瞳には、一体どのようにルークが映っているのだろうか。しかし、それは聞くことではないとわかっていたアニスは、心のなかでご馳走様、と呟いた。二人の中に、仲間としてではない、特殊な感情が芽生えていることを、当事者以外の仲間達は皆、暗黙の了解としている。もっとも、当事者のうち一人は、その感情に気づいているようには見えないが。


「アニース、今、ご馳走様、とか思ったでしょう?」

「いえー、そんなことはないですよぅ。」


心の中を読み取っていますよ、と言わんばかりの発言に、アニスはにやけながら返答した。


「・・・こうすることでしか、彼は落ち着かないんです。温もりを感じていないと、堕ちそうになる、と以前話していました。」


温もり、という言葉に、アニスの中で何かが引っかかったような気がした。それは、今自分が一番欲していて、手に入れることのできないものである。


「さて、お話はこれで終わりです。貴方もそろそろ寝なさい。・・・落ち着いてきたでしょう?」

「ぶー、子供扱いしないでくださいー。・・・でも、確かに、落ち着きました。」

「もし貴方がうなされていたら、私が抱きしめてあげますよ?」


にやにやと、冗談めかした言葉でこちらを見るジェイドに、アニスはべー、と舌を出した。


「それは、ルーク専用ですー。・・・私は、大丈夫です。」


にへら、と笑うと、毛布をかけ寝る体制に入る。何気ないやり取りに感謝しながら、もう一度目を瞑った。夢のことを一瞬でも忘れたおかげなのか、その日はもう、夢を見ることはなかった。








「フローリアン、また、来るから。」


そう言って握った手は、とても温かかった。その時アニスは、あの時感じられなかったイオンの温もりを、感じた気がしていた。


「(温もり・・・、この温もりを、忘れたく、ない。失いたくない・・・!)」


もう一度、この温もりを感じるために。そう誓ったアニスは、一行と共にダアトを後にした。夢は、もう見なかった。




2008/09/03 ゆきがた


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