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愛情に忍び寄る影
■愛情を目に見える形で渡す、の続き。時は流れ三ヶ月後。帰宅したルークが見たものは。















夜も更け、空には星が瞬いている。ルークは駅の近くの弁当屋で適当に夕飯を購入すると、暗い道を急いだ。見たいテレビ番組があるわけではなく、単に空腹が限界に近い為である。急ぎ足で人気のない道を歩いていると、ふと背後が気になった。ぞわりと背筋が震える。立ち止まり振り向けば、電灯に照らされた道があるだけである。誰かに見つめられているような視線を感じたが、気のせいだったのだろうか。朝の朝礼で店長が、最近痴漢やストーカーが出回っているから気をつけるように、と注意を促していたが、まさか男の自分にストーカーや痴漢の類は寄ってこないだろう。再度空腹が訴えてきたので、ルークは歩きだした。先程よりも少し早いスピードで。そこから自宅までの道のりで特におかしいな事はなかった。まさかな、と不安に思いつつも急いで歩いたせいかやけに疲れてしまった。ルークはアパートの階段をゆっくり上ると、扉の前に立った。財布の中から鍵を取りだし、鍵穴に差し込み回した。しかし、何も音がしない。




「え。」




恐る恐るドアノブに手をかけ回す。そっと引けば、何の障害もなく扉は開いた。暗い室内。早鐘を打つ胸を押さえながら、ルークは中に入った。入ってすぐの壁には玄関の照明のスイッチがあるが、点けることにすら恐怖を抱く。玄関で靴も脱がず、落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせていると、ガチャリ、と音が鳴った。振り向けば、扉が音を立てて閉まるところであった。扉が閉まる音でさえも、ルークの恐怖心を煽るものでしかない。しかし、いつまでも玄関でぼーっと突っ立っているわけにもいかない。もしも中に人がいたのなら、この自衛手段がない瞬間が一番の危険である。ルークは意を決して壁のスイッチに手を伸ばす。




「あ・・・。」




キッチンが供えられた狭い廊下の先、一つしかないその部屋は、見るも無残な荒れ方だった。引き出しという引き出しは開けられ、何かを探すかのように中身は引っ張り出されている。洋服は邪魔だったのか投げ捨てられ、押し入れからは卒業アルバムなどを閉まっているダンボールが引き出されていた。中身は勿論、散らばっている。ルークは荷物を置き、キッチンにある包丁を取り出した。それを構えながら、人の隠れられそうな所を隅から隅まで見て回る。引っ掻き回された押し入れ、ひんやりとした空気を抱く風呂場、柵の付いた窓の外。そして誰もいないのを確認し、ルークは玄関の鍵をそっと閉めた。溜息。握りしめていた包丁をキッチンに置き、ふらふらと部屋に戻った。次は盗られたものがないかの確認。今すぐ座り込んで、泣きだしたかった。だが、何を目的として入られたのかを確認するまでは泣き寝入りすらできない。しかし、どこを見ても、盗られたと思われるものが見当たらない。通帳や、仕事の書類も洋服と一緒に床に散らばっている始末である。一体何が目的なのかが検討が全く付かず、ルークは遂に座り込んだ。




「意味がわかんねー。」




価値のあると思われるものが、何一つとして失くなっていないのだ。ただ貴重な物を盗られるだけならばいい。だが、ただ荒らされているのは一体どういう訳か。意味の無い行動を、空き巣狙いがするだろうか。ぞくり、と身体が震えた。先程の帰り道に感じた視線を感じる。どこから見られているかわからない恐怖。カーテンを開けて確認しようにも、身体は震えたままで動かない。言い知れぬ恐怖がルークを襲う。




「(どうしよう・・・!)」




その内中に侵入してくるのではないかと思ったルークは、とにかく警察か何かに連絡するべきだと思い、鞄から携帯を取り出そうとした。しかし、何故かこんな時に限って携帯が中々見つからない。一体どこにしまったのかと焦って鞄を探ると、冷たいものが指先を掠めた。何だろうと思って取り出してみれば、それは鍵であった。三か月前、ジェイドに渡されたものである。サイフの中に入れておいたというのに、いつの間に飛び出したのか。脳裏に浮かぶジェイドの顔。次いで思い出される、ジェイドの心地良い手、そして温もり。今すぐに欲しいのは、言い知れぬ恐怖を対処してくれる人間ではない。ルークは急いで携帯を取り出し、ある番号に電話をかけた。










ジェイドはその日、ピオニーの飲みに付き合わされていた。本来ならば、三ヶ月前に渡した鍵のことをルークに聞いてみようと思ったのだが、それよりも早くピオニーに捕まってしまいバーに連れ込まれた。また明日にでも聞くか、と思えば明日はルークもジェイドもオフである。最初の一ヶ月目は、あまり焦らすのも悪いと思い黙っていたが、二ヶ月目になっても何の音沙汰もないのはおかしいと思い、三ヶ月目に突入したら聞こうと思っていたのだ。しかし、最近どうもタイミングが悪い。




「はっはっは、どうもルークは仕事以外の時間ではお前を避けてるような節があるよな。」



「・・・うるさいですよ、ピオニー。」




考えていることを当てられムッときたジェイドは、隣に座る男に目もくれず答えた。やはりこの男に話したのは間違いだっただろうかと、三ヶ月前の自分を恨んだ。進展はあったのかとしつこく聞かれ、答えた結果がこれである。ジェイドは額に手を当て、溜息一つ。目の前にあったジントニックを一気に飲み干すと、空になったグラスをバーのマスターに渡した。マスターはジェイドとピオニーがザルを通り越してゲコであることを知っている為か、何も言わずその日の気分に合うようにカクテルを作る。何も注文しなくていいのが、あまり飲食に興味の少ないジェイドにとっては幸いである。要は、酒が飲めればいいのだ。一時的な浮上感を楽しむことに意義がある。再度溜息を吐くと、そんなジェイドの様子がおかしいのかピオニーはからからと笑った。




「お前も大変だなぁ。鍵を渡したってことは、好意があるって口にしないで伝えたようなもんなのによ。」



「まぁ、あの時の彼は病人でしたからね。いつも以上に頭の回転が悪かったのでしょう。」




思い起こせば三ヶ月前。ジェイドの家で休息を取ったルークは、何日も世話になるわけにはいかないと次の日の朝帰宅した。ジェイドは内心鍵を突き返されるかと思っていたが、心配していた出来事は起こらなかった。むしろ、鍵の事には何一つ触れなかったことの方が不思議である。ジェイドにとってはそれなりに重要な出来事であったのだが、ルークに関してはそうでもなかったようである。




「しっかし、帰る時にまったく鍵については触れず、かといって返すわけでもない、と。」



「・・・えぇ。」



「今のところルークがお前に惚れてるような気配はないし・・・。これは俺の勘だがな、ルークは無意識の内に温もりを求めていたんじゃないか?病の時に優しくされたこともあって、ジェイドという存在が温もりをくれる存在だと、認識したのかも知れんな。」



「・・・。」



「そう、それは所謂・・・ギャップ萌え、ってやつだな!」




ジェイドは再び額に手を当て、いつの間にか出されていたグラスに手を付け始めた。甘さの中に広がる爽快感。青に近い緑が、薄暗い照明に当てられて輝く。まるで、彼の瞳の色のような。そう思っていると、ポケットに入れておいた携帯が震えた。仕事の話であれば酒が不味くなる為にあまりとりたくないが、そ
ういうわけにもいかない。携帯を取り出し着信先を見れば、ルークの文字。一人ギャップ萌えについて語り始めようとするピオニーを置いてジェイドはバーの外へ飛び出し、通話ボタンを押した。




「どうしました?」




しかし、返事がない。ルークに限っていたずら電話だという可能性はないだろう。繋がる先に注意深く耳を傾けながら、ジェイドはもう一度言葉を発する。




「ルーク、何かあったんですか?」




黙ったままのルークに、ジェイドは嫌な予感を感じた。何かあったのだろうか。全身の血が沸騰するような、そんな気を押さえながら、ジェイドはゆっくりと話を進める。




「今どこにいるのですか?」



「・・・じ、たく。」




初めての返事に、ジェイドは安堵した。声が聞けなければ、何があったのかもわからない。電話を切られてしまってはどうすることもできなくなるので、ジェイドは慎重にルークに尋ねる。




「家で何かありましたか?」



「あ、の・・・。」




背後に気配。振り向けばピオニーが黙って立っていた。ジェイドの言葉から、ルークに何があったのか察したのだろう。目で合図すると、ピオニーは懐から携帯を取り出し、どこかに連絡を始めた。




「とにかく、今からそちらに向かいますから。」



「・・・空き巣に、あったんです。今も、誰かに見られているような、気がして・・・。」




やはり無理矢理にでもルークを自身の手元に置いておくべきだっただろうかと一瞬でも考えが過るが、今は過去の自分の失態を悔いている場合ではない。一刻も早く、ルークの元へたどり着くことが第一優先事項である。




「わかりました。今すぐそちらに行きます。このまま電話は切らないでくださいね、そちらに着くまで絶対に切ってはいけませんよ。」



「う、うん・・・。」




ピオニーが呼んでいたタクシーがバーの前に止まった。電話を切らずに乗り込み、ジェイドは簡単に事情を聴きながらルークの自宅へと向かった。どうか無事でいてくださいと、願いながら。




「・・・どうやら、俺の勘は当たりそうだな。」




ピオニーは必死の形相で電話をしているジェイドの隣で一人、考え込んでいた。




2009/06/02 ゆきがた


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