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愛情を目に見える形で渡す
■愛情が始まる前の傷、の続き。ジェイド宅で目が覚めたルーク。















「おや、目が覚めたようですね。」




部屋に一つしかない扉が開き、男が現われた。聞き慣れた声、見知った姿。




「じぇ、いど・・・?」




その人物は職場の上司である、ジェイド・カーティスであった。急速に蘇る記憶、ロッカールームでの出来事。急なめまいで力の抜けた身体を支えられて、そして。




「(・・・そして、どうしたんだ?)」




冷たくて気持ちが良かった事は記憶にあるのに、何が良かったのか記憶からすっぽりと抜け落ちていた。ぼーっとしたままのルークの様子が気になったのか、ジェイドはルークの額に手を伸ばした。




「まだ熱があるんじゃないですか?」



「・・・っ!」




ひんやりとした手が、ルークの額を覆った。




「(これ・・・だ。)」




この手が確かにあの時触れたのだ。ジェイドの、手が。ぼんやりとしていると、失礼しますよ、と一声かけられて背中に手を回された。次いで膝裏に伸ばされた手。何だろうと不思議に思った瞬間、身体がぐいと持ち上げられた。え、と疑問の声を上げる暇すら与えられずに、身体は先程のベッドへと降ろされた。毛布をかけられ、ジェイドは先程ルークを抱いた両手を腰に当て、溜息を吐いた。




「軽すぎですね。きちんと食事を取っていますか?」



「えっと、昨日は何も・・・。」



「休憩中は。」



「・・・仕事、してました。」




再度盛大な溜息。自身の仕事の出来の悪さに呆れられたのだろうか(今に始まったことではないが)また嫌味を言われるのだと反射的に身をすくめたが、予想に反して返ってきた言葉は意外なものだった。




「少し熱も下がったようですし、粥なら食べれるでしょう。今作りますから、寝て待っていなさい。」




そう言ってジェイドは出て行ってしまった。やけに優しいジェイドに驚いたルークは、まだ余韻の残る先程の手を思い出した。ひんやりとして心地良い手。まるで、そう、まるで母親を連想させるような、温かさも兼ね備えていた。この心地良さを、ルークは以前にも感じたような気がする。それは、いつのことだったろうか。




「(俺、どうしてジェイドの部屋を知っているんだ?)」




見渡して見える家具、扉の位置、照明の明るさ、そしてベッドに微かに残る、ジェイドの香り。全てが初めてでは、ない。思いだそうとするが、先程の夢もあってか、記憶が混乱している。




「・・・はぁ、なんで今更あんな夢。」




キムラスカでの事を何度忘れようと思っただろうか。しかし、どうして忘れることなどできようか。今でもあの日々が懐かしく思えるし、自身の今の境遇を恨んだこともある。何が原因だったかと考え始めれば、他人のせいだと思える部分が多いが、だが自分の立場やアッシュに対する配慮が足りなかったことを全て棚に上げて一切合財他人のせいだと押し付けるのもおこがましい。今の生活に満足していると言えば嘘になる。嫌味を言われ続けるのも、何をやっても駄目な自分も、本当は全てが嫌で嫌でしょうがないのだが、だからと言って今の現実から逃げるわけにもいかない。他人を傷つけるのは、もう嫌だ。自分さえ我慢すればそれでいいのだ。それにしても、何故ジェイドはルークをここまで連れてきたのだろうか。部下だから放っておけなかったのか。もしかすると今倒れられては後続がいないから困る、かも知れない。




「(何でだろう・・・俺、嫌われてるんじゃないのかな。)」




ルークは扉が開いたのと同時に、思案を中断した。ふんわりとダシの聞いた匂いがルークの鼻をくすぐったのだ。タイミングを計ったように空腹を感じる脳。サイドテーブルに出来たばかりの粥を置くと、ジェイドはルークの身体を起こした。




「すみません。」



「病人に意地悪をして、治るのが遅くなったら困りますからね。おかげさまで今日の仕事は滅茶苦茶でした。」



「今日の・・・仕事、って!え!?」



「貴方は昨日から先程までずっと寝ていたんですよ。貴方を一人にするのは心配でしたが、私が仕事に行かなければ貴方の部署は壊滅しますからね。午前中で仕事を切り上げて帰ってきました。今はまだ夕方ですよ。」




そう言われてサイドテーブルに置いてある時計を見れば、確かに時刻は夕方である。ほぼ丸一日寝ていたということだろうか。




「あっ、俺・・・!」



「悪かったと思うなら、さっさとこれを食べて寝なさい。まだ本調子ではないのですし。」




トレーに乗せられた粥と水を渡すと、ジェイドはその場から立ち去ろうとした。




「あっ。」




背を向けるジェイド。今この部屋に一人にされるのは、怖い。何かが起こるというわけでもないのだが、先程見た夢のせいで、嫌なことまで思い出してしまいそうであった。まるで、追い出された日のような、あの孤独感が自分を苛むような気がして。咄嗟に声を出したルークだったが、その先に何と言葉を続ければいいかわからない。




「なんですか?」




呼び止められて振り向いたジェイドは、人を呼び止めたにも関わらずその先を何と続けていいのか迷っていたルークを見つめた。あー、だとかうー、だとか、意味の成さない言葉を紡いでは、救いを求めるような瞳でこちらを見つめている。ジェイドはその瞳を振り切り、居間へと進んだ。テーブルの上に置いてあったノートパソコンと飲みかけのコーヒーを持って再度ルークのいる部屋へと戻れば、いなくなったジェイドが戻ってきたことに、ルークは驚きを見せた。




「ここにいますから、早く食べなさい。」




ため息交じりに言えば、ルークはごめんなさいと謝罪を述べ、粥に手を付け始めた。落ち込ませるつもりはなかったのだが、どうしてこうも人を傷つけるような言い方しかできないのだろうか。ジェイドはもう一度溜息を付くと、ベッドの端に座ってノートパソコンを開いた。




「以前も倒れてこのベッドで寝たことがありますが、覚えてますか?」



「えっと、あの、なんで倒れたのか、覚えてないです。」




パソコンの画面からは目を逸らさず、ジェイドは答えた。やはり覚えていなかったのか、と。




「成人祝いに、とピオニーに誘われて飲んでいたのでしょう?その後、ピオニーは貴方を連れて私の所に来た。既に、貴方はべろんべろんの状態でしたねぇ。ちなみに言っておきますが、ピオニーはザルですよ。以前も言いましたが、あいつと飲むのはやめなさい。」



「そうだ!それで目が覚めたらこの部屋にいて・・・。」



「貴方の家に連れていく方がめんどうでしたからね。」




そしてずきずきと痛む頭を抱えながら、ジェイドに自宅まで送ってもらったのだ。蘇る記憶に、ルークは顔を真っ赤に染め上げた。一年以上も前の話とは言え、何故忘れていたのだろうか。




「まったく、貴方ときたら、人に迷惑をかけることしか知らないんですか?」



「・・・。」




カチカチとキーボードをタッチする音が響く。長い沈黙。スプーンを口に運ぶ音や嚥下する音も聞こえず不思議に思ったジェイドは、画面から目を離してルークを見た。手を止め、俯いている。前髪で見えない顔からは、いくつかの水滴。まさかこの程度で泣いているとは思わず、ジェイドは深く反省した。過去のこともあり元々強くない精神が今は更に弱っているというのに、自分は何をしているのだろうか。




「ルーク。」



「・・・そう、ですよね。俺、迷惑ばっかかけてますよね。」




ぽたぽたと零れ落ちる涙は止まらない。ルークには多少の自虐癖があることをジェイドは失念していた。ジェイドはどうにか話を逸らせないかと、立ち上がり涙を流すルークを置いて玄関へ向かう。そしてある物を手に取ると、すぐさまルークの元へと戻った。依然として涙を零し続けるルークから粥を取り上げサイドテーブルへ戻すと、ジェイドはベッドに乗りあがり、ルークを抱きしめた。




「・・・っ。」



「すみません、言いすぎましたね。病気で弱っている貴方に嫌味を言うなんて、上司らしからぬ行為です。」




そっと髪を撫で、あやす様に抱きしめる。突然のジェイドの行動にルークは初めの内は戸惑っていたが、髪を撫でる手の心地良さに、次第に涙は止まっていった。心地良い温かさがルークを包み込む。縋りつくようにジェイドの腰に手を回そうかとルークは悩んだが、その前にジェイドがルークを離してしまった。そのことを残念に思う自分がいることにルークは驚いたが、それはきっと抱きしめられたからなのだろう。まるで、母親を連想させるような温かさをくれたことが残念なのであって、決してジェイドが離れたことに対して残念がっているわけではない。ジェイドは、未だ悩んでいるような顔を見せているものの落ち着きを取り戻したルークの手に、銀色に光る物を渡した。




「こ、れ。」



「うちの鍵、ですよ。何かあったらここに来なさい。仕事場では職業柄、貴方に優しくすることはできません。ですが・・・、まぁ、プライベートなら、少し位は面倒を見てあげないこともないです。」



「・・・え、なんで・・・。」



「意味は自分で考えなさい。」




ジェイドは鍵をルークの手に握らせると、ルークをベッドに寝かしつける。空腹が満たされたことと先程のジェイドの心地良さもあり、既に眠気が襲っていたルークはされるがままである。




「さぁ、もう一度寝なさい。明日は幸い私も貴方も元々オフです。時間を気にせず、ゆっくり休みなさい。」




その言葉を最後に、ルークの思考はぼやけていった。しかし、それでもルークは覚えていた。手に残る冷たい鍵の感触と、眠りに付くまでベッドサイドに腰掛けていたジェイドの事を。




2009/05/26 ゆきがた


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