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滴り落ちるそれは
■この小説には大変不適切な表現があります。それでも良いと思われる方のみ、以下からどうぞ。











































(リストカットをするルーク、それを見てしまったジェイド。)














腕を出してくださいと言われ、ルークは左手を差し出す。手首に冷たい指が押し当てられた。自分ではわからないが、心拍数を測ることができるという。しばらくして、ジェイドはルークの手首から指を離し、もういいですよと一言告げた。ルークは自身の部屋に戻ろうと腰を上げたが、何故かジェイドの視線が突き刺さるように痛い。異常がないからいいと告げたのではないのだろうか。




「なんだよ、いつも通りじゃねーの?」





「……少しですが、血中音素の減りが早いですね。それに、顔色もあまり良いとはいえない。ルーク、私に何か隠しているでしょう?」



「…何か、って…なんだよ。」




ひやりとして、それでいて早鐘を打つ心臓。今心拍数を測ったら確実に嫌な結果になるだろう。ルークは右手を隠す為に、怪しまれないよう両手を後ろに回した。




「おや、質問に質問で返すとは悪い子ですねぇ。…まぁいいでしょう、部屋に戻って休みなさい。」



「お、おう。」





ジェイドの視線に解放されたルークは、ありがとうと一言ジェイドに伝え部屋を出た。バタンと音を立てて閉まった扉によりかかり、そっと溜息をついた。










部屋に戻ったルークは、以前ティアに貰ったナイフを荷から取り出した。剣を失った際の防衛として、持つようにしているのだ。鋭く尖った刃の先を右手首に押し当てる。少し力を入れると、赤い液体がぷっくりと姿を表した。そのまま横に線を引けば、液体は更に量を増やした。ナイフを離し、ルークは洗面台へと向かった。蛇口を捻り流れ出した水に、血の溢れる手首を突き出した。ぴりぴりと痛むのも気にせず、水が血を洗い流すのをただぼんやりと眺めていた。あぁ、今日もまだ人間だ。満たされた感情がルークの心を埋め尽くす。安心しきったルークは傍らにあったティッシュを手首に当て、代わりに血がついたままだったナイフを水につけた。




「顔色が悪い、か…。」




ジェイドは勘がいいから困る。隠し事をしていてもすぐに見抜いてしまうから、ルークはジェイドだけには本当に頭が上がらない。嘘もつきたくない、恋人として。だが、だからこそ心配をかけたくないし、離れたいと願う。ルークは自身の末路が見えていた。あまりにも残酷すぎるその現実を、ジェイドは踏み越えていけるだろうか。




「ジェイドは、大丈夫だよ、な。」




ふっと笑みを漏らす。今日は一人部屋だが、明日は同じ部屋になるかも知れない。そうなったら、笑ってジェイドに抱きつこう。そして言うのだ、大好きだ、と。そこまで考えてから、ルークはちゃんと笑えているかが急に心配になった。先程の診察時も、思わず動揺してしまった自分がいた。今のうちに笑顔のトレーニングでもするべきだろうか。顔を上げ、自分の笑顔を見ようとした。鏡に映っていたのは、壁、であった。




「え?」




瞬きをすると、呆然とした表情を持った自分が居た。今のは、なんだ。目をこすりもう一度鏡を見るが、やはり映っているのは自分の姿だけである。身体が急に震えだした。目線をそっと降ろす。視界に入ったのは洗面台。手に持っていたナイフがからりと音を立てて落ちた。




「あ、あああああああ・・・!!」




後ずさり、壁に身を預けてずるずると座り込んだ。現実を見ないようにしようと手で顔を覆うと、それは確かにあった。では、先程見えた光景はなんだったというのか。幻覚なのか、それとも夢でも見ているのではないか。急ぎ立ち上がり、洗面台で鈍く光っていたナイフを手に取り、腕に押し当てる。ナイフを伝って滴り落ちる血液。それでも安心できなくて、ルークはナイフを持つ手を替え、今度は左手の手首にナイフを押しあてた。まだ生きている、まだ生きている、まだ生きていたい!




「そこまでになさい。」




押し当て今にも鮮明な赤が広がるところであった。ハッと顔を上げれば、背後にはジェイドが立っていた。紅の瞳が、鏡越しにまっすぐルークを見つめていた。










ジェイドは呆然としたルークをティアの部屋へと連れて行った。突然の事に驚いていたティアであったが、静かに怒りを湛えていたジェイドがルークの面倒を見るだろうと、応急措置をするだけで特に何も言わなかった。ジェイドはティアに例を述べると、自室へとルークを連れて行った。何も言わないルークをベッドに座らせ、自身は膝をついて俯くルークを下からのぞき込んだ。そっと手を握る。冷たい指先、手首には癒しきれなかった傷痕。




「どうして、こんなことを?」



「・・・。」



「貴方は、何をしているのかわかってやっていたのですか?」



「・・・。」



「答えなさい、ルーク。」




ルークは黙ったままであった。見られてしまった、それも手首を切るところを。ジェイドに迷惑をかけまいとして隠していたことを。




「ご、めんなさい。」




ぽつりと漏らした言葉に、ジェイドは溜息を吐いた。怒らせてしまったのだろうか、それとも呆れたのだろうか。今となってはどちらでも構わないのかも知れない。きっとジェイドは、自分に対して興味を失くしただろう。




「まったく、謝罪の言葉が聞きたいんじゃないんですよ。どうしてこのようなことをしたのか、それを聞いているんです。いえ、言わなくても答えは推測できますが。」




ジェイドは再度ルークの手を強く握った。それを額に当て、静かに呟いた。




「貴方は生きています。確かに、生きています。お願いですから、自らを傷つけてまで自らの生を確認しようなどという事は、やめてください。どうして疑う必要があるのですか。仲間がいて、私がいて。そうして旅をして。それだけでは、生きている証拠にはなり得ませんか。」




そこまで言ってから、ジェイドは深く溜息を付き、立ちあがった。何をするのだろうとぼんやり顔を上げれば、胸を軽く押されベッドに倒れ込んだ。その上に覆いかぶさるようにベッドに乗りあがったジェイドは、眼鏡を外し、ルークの胸に耳を当てた。目の前に広がるジェイドの髪、香る香水。気恥しくなったルークは、ジェイドをどかそうとするが、ジェイドはびくともしなかった。それどころか、今度はルークを引っ張り上げ、体制を交換し始めたのだ。突如ジェイドの上にまたがるようになったルークは、上からジェイドを見下ろす形となった。




「私の胸に、耳を当ててみなさい。」




腕を引っ張られ、頭を押さえつけられる。




「なぁ、ジェイド。」



「静かに。」




沈黙を要求され、ルークは大人しく黙った。平たく、それでいて硬い胸が上下する。お互いの息遣いしか聞こえないと思っていると、それは突如聞こえ始めた。とく、とく、とく。




「聞こえるでしょう?私の、心音が。」



「き、こえる。」




不思議な感触であった、他人の心音を直に聞くのは。とく、とく、とく。ゆったりとした心音が、ルークの中に沁みわたる。




「先程、貴方のも確認しました。・・・ちゃんと、聞こえていましたよ。これが、生きている証です。貴方が生きているという、証だ。」



「でも。」



「それとも、ルークは私の言うことが信じられませんか?」




込み上げた言葉が呑み込まれていく。確かに、ジェイドの言う事に嘘があっただろうか。ジェイドがルークに、嘘を吐いただろうか。ジェイドが生きている、と言えば、それでいいのではないだろうか。ジェイドの事が好きだと言いながら、ルークは自分がジェイドの言葉ですらも信じきれていないことに気付かされた。




「あ、お、俺・・・。」



「しばらく、こうしていなさい。」




起き上ろうとしたルークを抱きしめ、二人でベッドの上で転がった。ルークの耳はジェイドの胸に押し当てられたままで。とく、とく、とく。聞こえる心音。ルークはそっとジェイドの腰に腕を回すと、黙ってそれを聞いていた。満たされていく自身の感情に、心地よさを感じながら。





2009/05/15 ゆきがた






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