[携帯モード] [URL送信]
愛情が始まる前の傷



■愛情は裏返して突き付けるの続き。















春、満開の桜の下、ルークは自分と瓜二つの少年と手を繋いで、小学校の門をくぐった。学校は楽しかった。勉強は嫌いではなかったし、頑張れば頑張るほど父や母が褒めてくれた。何より、身近にライバルが居るということが、ルークの勉強意欲を掻き立てていた。自分と同じ顔の少年は、双子だが自分よりも少しだけ生まれるのが早く、兄として頑張らなければと常に強気だった。少し不器用な所もある双子の兄は、ルークよりも些か病弱であったが、ルークはそのことをさして気にしていなかった。その頃はまだ、ただの子供でいられたのだ。時は巡り、私立の中学校の門をくぐった。昔のように手を繋いで仲良く桜の下を通る、ということは無くなってしまったが、それでもルークは嬉しかった。何一つ不自由がないとさえ、思っていた。親しい友人もでき、三人で遊んだり、勉強したり、毎日が楽しかった。中学三年になり、進学する高校を選ばなければいけない時であった。初めて二人に、父親の家業を継ぐ話が持ち上がったのである。父は名義上長男であるアッシュに継がせようとしていた。ルークはそれで構わなかった。自分には社長などという地位は重すぎるし、アッシュは自分よりも出来た人間だと思っていたからである。そうして中学の友人と三人で、地元の中ではランクの高い高校に入った。高校の門を、またアッシュとくぐれることをルークは喜んでいたが、アッシュの胸の内はルークとは少し違っていた。この頃から、ルークの成績が目立つように伸びていたのだ。何事も器用にこなすアッシュと違い、ルークは何をするにも人一倍時間がかかったが、努力を無駄にする人間ではなかった。その事に焦りを覚えたアッシュは、次第にルークとの成績の差を広げていった。




「アッシュ、お前は兄だと言うのに、この成績はなんだ。ルークを見なさい、あんなに成績が優秀だというのに。」




父は何かにつけてルークと比較するようになり、アッシュとルークの間には見えない壁ができていた。アッシュはルークに対し冷たい態度を取るようになり、次第には自分の地位を取られるのではないかとさえ思うようになっていた。




「俺は、アッシュが後継者になってくれればいいと、そう思っているんだ!」



「はっ、どうだか。本当はお前も、社長になりたいと思っているんじゃねぇのか。」




どんな言葉もアッシュには届かなくなり、ついには口も利かなくなってしまった。ルークは昔のように仲良くしたいと思い、少しずつ自身の成績を下げていった。目に見えるような形では怪しまれてしまうので、少しずつ、少しずつ、テストでの点数を下げるようになった。それでも勉強は続けていた。いつか、アッシュの補佐役として活躍できる日を夢見て。










しかし、ルークの努力も空しく、事件は起こった。現社長である父を快く思わない人間が、ルークを次期社長にと提案し出したのだ。ルークにはまったくその気はないというのに、周りはルークを社長に、アッシュを社長にと争いを始めた。父はルークが部下に取り入ったのか部下がルークに取り入ったのかを問いただすが、ルークには当然身に覚えがあるはずもなく。しかし、父はルークの言葉を信じなかった。




「くっ・・・出て行きなさい。私はお前をそのような人間に育てた覚えはないっ!」



「あなた、やめて下さい!ルークはまだ高校生だと言うのにっ・・・!」




ルークは実の父親に家から放り出された。身も凍るような冬、玄関先で激情した父を止めようと母が必至になっていたのを、今でも覚えている。




「お前もアッシュが後継者になることを望んでいたと思っていたんだがな。残念だよ、私に楯突く連中といつの間にか手を組んでいたとはな!」



「俺は、そんなことしてません!」




必死に抗議するルークの声に耳も傾けず、父は家の扉を強引に閉めた。何故こんなことになってしまったのだろう。そして、アッシュはどう思っているのだろう。疑問ばかりが頭に浮かんでいたルークは、そっと頭上を見上げた。窓のガラス越しに、冷やかな目をしたアッシュが居た。目が合った瞬間ルークは、もう元には戻れない事を悟ってしまった。さっと締め切られたカーテンが、二人を隔てていた。










行く宛は一つしかなかった。中学からの長い付き合いである、ガイ・セシルのところである。ガイは父の部下の義理の息子らしいが、今は一人暮らしをしている。夜中に突然訪れたルークをガイは温かく迎え、そして熱心に話を聞いてくれた。




「そんなことがあったのか・・・。俺は構わないぜ、二人暮らしの方が楽しいしな!でも、ルークは、どうしたいんだ?」



「俺は・・・、家に、帰りたい。」



「だよな。今日はとりあえずうちに泊まって、また明日行ってみろよ。」



「そうする。」




その夜はガイの家に泊まらせてもらい、次の日、ルークは制服姿のガイに見送られながら自宅へと向かった。本来ならば学校に行くべきなのだが、荷物は全て自宅である。気が進まないながらも、それでも帰ったら昨日はすまなかったと父が迎え入れてくれるのではないかと、淡い期待を抱いていた。後少しで自宅へ着くという所で、ルークは進行を遮られた。




「ルーク・フォン・ファブレ、で合っているかな。」




黒いスーツを身にまとった男が一人、同じく黒い車から降りてルークに近付いてきた。閑静な住宅街に、異様な光景である。




「・・・だったら何ですか。」




男の顔には見覚えがあった。以前父の会社のパーティーに呼ばれた時に見た顔である。名前は何と言っただろうか。




「父上に追い出されたんだろう?可哀想に、キミは無実なのに家から追い出されたんだ。」



「・・・あんた、誰だ。」




顔は確かに見覚えがあるというのに、名前が思い出せない。にやりと浮かべた笑みが、やけに印象的な人物だった。




「私のことなどいいのだよ。それより、家に帰りたくはないか?」



「・・・。」




酷く優しい声音で話す男だが、瞳の奥にはルークを利用したいという策略が見え隠れしている。それはルークにとって良いものであるのか、悪いものであるのか。それはまだ、わからない。




「ルーク、キミはトップに立つ資質を持っている。私と共にキムラスカの頂点を目指そう。そして、キミを見下している父上やアッシュを見返すんだ。そうすれば、彼らはキミを手放した事を後悔する筈だ。」




ごつごつとした手がルークに差し伸べられた。所々に傷のある手は、素人のルークでさえ辛く厳しい努力を抱いた手だと理解できた。しかし、今ここで手を握り返していいのだろうか。ルークが目指しているものはあくまでアッシュの補佐であり、キムラスカの頂点を目指すことではない。少しの野心は、確かにルークの中にあったが、それでも理性の方が勝っていた。お断りします、そう告げようとした時であった。




「ルー、ク・・・!」




背後から聞こえる柔らかな女性の声。何度も聞きなれた、大好きな声。振り返れば、母であるシュザンヌが立っていた。顔を真っ青にして。




「は、はう・・え。」



「ど、どうしてその方と一緒にいるのですか?」



「・・・え、」



「あぁ、信じたくはないけれど、貴方はやはり父の席を狙う方たちと面識を持っていたのね・・・!」




その言葉に、全てのパズルが組み合わさった。急速に蘇る記憶。ルークに誘いをかけた男の名は、ヴァン・グランツ。食えぬ奴、と父がぼやいたのを今でも覚えている。鋭い瞳、不敵な笑み、指導者としての資質を兼ね備えた男で、彼の下には彼を慕う者が数名いた。その男が、ルークに取り入り父をその座から降ろそうとしている者だったのだ。ルークはヴァンを睨みつけた。平和を乱した、男の顔を。何か言わなければ、と口を開こうとした瞬間のことであった。どさっ、と何かが倒れるような音。




「はっ、母上っ・・・!」




急いで倒れたシュザンヌを抱き上げる。寝ていないのだろうか、顔色が悪い。




「キミが、全ての原因なのだよ、ルーク。」




まるで全てが予想通りかのような表情を浮かべたヴァンは、車に乗り込むとルークとシュザンヌをそのままに走り出した。運転席に座っていた女がちらりとこちらに目をやるが、それも一瞬のこと。しかし、ルークはそれどころではなかった。母を背に乗せ、急ぎ自宅へと向かった。










ルークは倒れた母をベッドに寝かせ、出ていきますという書置きを残し、荷物をまとめ家を飛び出した。




「(どうしてこんなことになったんだろう。)」




人気のない道路に響く靴音。伸びる影。




「(俺はただ、普通にしてただけなのに。)」




じわりと歪んだ視界の先に、未来は見えない。




「(ただ、いつまでもこの幸せが続けばいいと思っていたのに。)」




全ての元凶は、自分なのだろうか。




「(嫌だ。どうして、兄弟で争わなきゃいけないんだ。)」




目が合った、兄の冷たい瞳が鮮明に蘇った。




「(俺が、いなくなれば、良かったのかな。そうだ、俺がいなければいいんだ。アッシュは優秀だし、俺がいなくたってやっていける。キムラスカから離れよう。そう、俺がいなければ。俺がいなければ・・・。)」




アッシュのそばにいるから後継者争いに巻き込まれるのだ。ルークはもう、巻き込まれるのも、誰かを巻き込むのも嫌だった。その日ルークは、今までの過去を全て捨てようと決意した。










目を覚ますとそこは見慣れぬ天井であった。見慣れない、というのには些か語弊がある。知らないはずなのに、何故か知っているような気がするのだ。そっと身体を起こすと、頭がずきずきと痛んだ。喉がやけに渇いている。とにかくここがどこなのか確認しようとベッドから降りる。身体がぐらりと傾いた。重力に逆らうこともできずに床に倒れ込んでしまった。起き上ろうにも腕に力が入らず、ルークはぼんやりとした頭で眠ってしまう前の出来事を思い出そうと頭を回転させた。しかし、頭に浮かんだのは何故か高校を卒業する時のことであった。家を追い出されキムラスカから離れようと決意したルークは、高校を卒業するまでの間ガイの家で世話になり、その後単身マルクトへ。キムラスカのライバル店であるグランコクマに就職すれば、キムラスカと関わることがなくなると思い高卒で入社した。そして。




「(そして、俺は、)」



「おや、目が覚めたようですね。」




出会ったのだ。ジェイド・カーティスと。





2009/05/14 ゆきがた




(ブログで公開していたものを加筆修正。)


[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!