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web拍手ログ その2



09: さよならの音色





「大佐は、寂しくないんですか?」



「寂しい、ですか。」




グランドピアノの悲壮な音色が響くケセドニアのバーに、アニスとジェイドはいた。お互い仕事の帰りである為に、服装はいつもと変わらぬ姿である。歴史に残る、それでいて表沙汰になっていないあの戦いから、一年が過ぎようとしていた。それぞれが新しい人生を歩もうと模索している中、アニスとジェイドの交友は二ヶ月に一度会うようになるほど進展していた。




「大佐、イイ感じだったじゃないですか。」



「・・・あぁ、ルークとの事ですね。」




ルークは必ず帰ってくると信じているアニスだが、ふとその可能性を疑ってしまうことがある。ルークの名を口にすれば、不安はどんどん増えていく。しかし、誰よりも一番ルークに帰ってほしいと願う者の前でルークの名を口に出すのを躊躇っていたアニスは、当の本人があっさりとルークの名を口にしたことで妙な安心感を覚えた。




「旅の間でも、見ているこっちが恥ずかしくなる位ラブラブだったから、寂しくないのかな、って思ったんですけどー・・・。」




そっとジェイドの表情を窺おうとするアニスだったが、真っ直ぐに、だが店の中ではないどこか遠くを見るジェイドの瞳と表情からは、何を読み取ればいいのかよくわからなかった。しばらくの沈黙の後、ジェイドは突然振り返り、グランドピアノの方向を見やる。つられて振り返ったアニスは、そこで初めて先程とは違った、柔らかな音色が響いていることに気がついた。




「決戦前夜、ここで貴方と話したのは覚えてますね?」




ぽつり、と紡がれた言葉は先程のアニスの質問への回答ではなかったが、何も言わずにアニスは頷いた。




「あの後ルークが来て、きっぱりと、別れを告げられました。」



「ええっ!?」




初めて聞く出来事に、アニスは動揺を顕わにした。鳴りやまない音色を聴きながら、ジェイドは目を伏せ、話し始めた。







「おや、ここは子供の来るようなところではありませんよ?」



「しょうがないだろ、ジェイドと話がしたかったんだから。」




ルークはカウンターで一人飲んでいたジェイドの隣に座る。マスターが注文を聞こうとするが、それを手で制止して、すぐに出て行くから、と一言告げる。




「どうしたんですか?」



「あのな、別れたいんだ。」




予想通りだと思った。しかし、心臓は早鐘のように鳴り始める。冷静になろうとグラスを一気に飲み干す。冷たく刺激のある液体が喉を通ると、何か言葉を言わなければと考え始めた。






「この曲ね、俺が一番好きな曲なんだ。」




話題の急展開に驚きつつ、ジェイドはルークが見つめる先を見る。グランドピアノからは、柔らかなメロディが流れている。




「俺、またこの曲を、ジェイドと聴きたい。それで、今度は、好きです、って言いたいんだ。」




へらりと、今流れている曲によく似合う笑みを浮かべ、ルークはジェイドを見た。その瞳が微かに潤んでいたのをジェイドは見逃さなかったが、それについては何も触れないでおいた。




「・・・わかりました。ですが、私が貴方を好きな気持ちに変わりはありません。」



「うん、ありがとう。」




そう言って、ルークは立ち上がった。踵を返し去っていく後ろ姿を、抱きしめたい気持ちに駆られた。







話し終えた頃には、柔らかい音色は止んでいた。最後の曲だったのだろう、奏者は立ち上がり礼をすると、スタッフルームへと向かっていった。




「そう、だったんですか・・・。」




あの時、本当は抱きしめて、縛り付けてしまいたかった。しかし、それではルークの決意を見過ごすこととなる。七年しか生きていない幼子が、自分なりに考え、決断したのだ。ルークを愛し、見守ってきた人物としては、受け入れる義務がある。




「大佐がルークの事大好きで、ルークが大佐の事大好きなの、よくわかりました。」




ふぅ、と溜息をついて天井を見上げるアニスの瞳には、過去に失くした大切なモノを思い描いているのだろう。




「寂しくない、と言ったら嘘になりますが、私はルークを信じています。必ず帰ってきて、もう一度あの曲を聴きたいですからね。」




だが、ジェイドの口から出た言葉は心とは違った考えであった。ジェイドは知っていた、ルークは二度と帰ってこないだろうと。それでも、もう一度あの笑顔を、あの柔らかな音色と共に、聞きたいのだ。








さよならの音色

(この音色が、好きの音色に変わるその日まで。)











2008/12/29 ゆきがた







お題:ユグドラシル

君に巣食う10のお題

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