想い、秘められて
■ジェイ→←ルク。好きだと言えないジェイドとルーク。
静かに、それでいて美しい光を放つ焔の髪が、びくりと震えた。震えが治まらないかと、身体に回した手に強く力を込めた。溶けてしまうのではないかと錯覚するくらいに、密着した部分が熱い。
「なっ…、ど、どうしたんだよ一体。」
声は震えていた。今に泣き出しそうな声にも聞こえる。しかし、ジェイドには返す言葉が見つからなかった。沈黙が苦しい。
「なぁ、ジェイド。黙ってたらわかんねーよ。」
回した腕に小さな指がそっと添えられた。やはり触れられた部分が熱い。どうかしている、と理性が告げるが、どこかで自身の感情を受け入れていた。好き、なのだ。愛しているとすら今なら言えるだろう。しかし、その言葉を告げられない理由も、ジェイドはよく理解していた。
「…すみません。」
返された言葉に、ルークは一体何を感じただろうか。優しい言葉の一つも言えないことに呆れただろうか。いっそのこと、嫌われた方がマシとも思えた。馬鹿だと、罵られた方がいっそのこと清々しい。
「ジェイドの考えてることはわかりにくいんだよ…。」
ふっと笑った気配に涙が出そうになった。優しい、それでいて全てを包み込む少年は、ひどく甘美な声音で言った。
「よくわかんねーけど、気の済むまでこうしてろよ。そっち、向かないからさ。」
エルドラントに突入する、当日の朝の事である。
「なぁ、旦那。あんたはそれでいいのか?」
殿を歩くジェイドにルークの使用人兼自称心の友であるガイが声をかけた。目線は先頭を歩くルークに向けたままで。全体的に重たい足取りの中、一人軽やかに歩き続けている。
「…おっしゃる意味が、」
「自分の気持ち隠したままでいいのか、ってことだよ。」
栄光の大地エルドラント。まだ美しさを保つ床を歩く音が、二つ減った。幸い前方を歩くルーク達には気付かれていない。
「ルークもあんたのことが好きなんだ。だったら…。」
「言いませんよ。あなたなら言わなくてもわかるでしょう。」
振り向いてこちらを見るガイに対し、冷静な表情を見せていた、と思う。五臓六腑が急激に氷のように冷たくなっていく。
「私は、言えないんですよ。誰もが彼に優しい言葉をかければ、誰よりも彼が傷つくんです。辛く、決心を鈍らせる。優しくすることが、彼の為だとは言い切れない。ましてや、今まで辛い言葉を投げ掛けてきた私が彼に掌を返すように優しい言葉をかけるなどおかしいでしょう。死ねと告げた、この私が。愛してるなんて、まったくもって・・・。」
堰を切るように言葉が溢れ出した。そこまで口にしてから初めて、ジェイドは自分がらしくなく取り乱している事に気付いた。
「…まったく、らしくないですね。」
ジェイドは悲しげな瞳を向けるガイを後にし、歩みを再開した。
「あんたはそれでいいのか…?伝えられなくて後悔することもあるんだぞ…。」
人生とは即ち選択である。選ばなかった方が後悔として残る。いつも後悔しながら生きるのだ。ジェイドは、思いを伝え合いその一時を満足する選択肢を捨てたのだ。捨てられた選択肢は美しい選択だが、ルークはより生きたいと願ってしまう。この世に未練を残してしまうのだ。ジェイドはルークの決心を鈍らせたくなかった。燻った思いを抱いたまま生きる事が自身の罪であると、ジェイドは選択したのだ。
「(伝えるべきだったのか、伝えるべきではなかったのか、今だにわからない。)」
ルークの成人の儀。しかし、旅の仲間は彼の死を認めてはいない。セレニアの花香る風が、優しく包み込む。
「(ですが、今でも忘れることができない、あの、小さな掌。)」
最後に握った小さな掌は、しっとりと汗ばんでいて、震えていた。何故彼の苦しみを少しでもわかりえなかったのだろうか。何故彼を助けられなかったのだろうか。その答えを、ジェイドはまだ見つけていない。
「(もし、もう一度貴方に逢えるのならば、私は…。)」
「なぁ、ジェイド。俺、あんたが好きだったんだ。」
沈みゆく大地、栄光の影は何処へ。
「でも、あんたが言わないから、俺も言わなかった。本当は、恋人同士みたいなこと、いっぱいしたかったけど・・・。」
第七音素に包まれながら、ルークはローレライの剣と共に沈んでいく。
「でもさ、そうしたら俺、逃げだしちゃうかも知れなかったんだ。一度決心したこと、覆しちゃいそうで。」
その腕に、もう一つの魂を抱いて。
「だ、けど、だけどっ。最後に一つ、我儘を言わせてくれ。」
頬を伝う涙が、煌めく。
「俺は、あんたが、大好きだった。だから、」
どうか、幸せになってください。
2009/05/13 ゆきがた
(ブログで公開していたものを加筆修正。)
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