[携帯モード] [URL送信]
できることを
■(絡みが殆どないですがジェイルクだと言い張る。)一人魔物の討伐に向かったジェイドと、それを案じるルーク。















その日はやけに嫌な風が吹いていた。具体的にどういったものか、と聞かれても答えようのない、ただ脳内でひたすら警鐘が鳴らされる風だった。陽の光は見えず、どんよりとした雲が青い空を覆い尽くす。ぬるりとした風が肌にまとわりつくのが、気持ち悪い。こんな日は、早い内に宿を取って部屋の中でのんびりとしたいものである。嫌な風が、嫌な予感へと変わらぬ内に。だから早めにグランコクマ城下で宿を取ったのに、ジェイドは陛下に呼ばれてどこかへ行ってしまった。早く、早く、帰ってきて。風がルークを不安に陥れようと、より一層強く吹いた。ジェイドがいない部屋に居たところで、不安は益々増すばかり。ルークは帰りの遅いジェイドを迎えに行こうと、その身一つで部屋を飛び出した。廊下に出ると、大浴場の帰りなのか、タオルを首に巻いたアニスと出会った。




「あれ、ルーク、出かけるの?雨降りそうだよぅ?」



「うん、でもジェイド遅いし、気になるから・・・。」



「ルークったら、心配症ー!」




口元に手を当て、にやにやと笑みを浮かべながらこちらを見るアニスに、うっせえと一言投げかけてルークは再び歩き出す。すると、思い出したかのようにアニスがまた声をかけてきた。




「あ、傘持ってった方がいいよー、雨降りそうだし。」



「そうだなー、宿の人に借りてくよ。」



「んでもって、みんなには遅くなるって言っておくねー!」




先よりも笑みを一層深めたアニスにじろじろと見られる。どういう意味だろうと首を傾げると、アニスはお楽しみですね、と一言言って去ってしまった。その言葉を聞いて、顔がかぁっと熱くなったが、そんなつもりで迎えに行くわけではない、はずなので今の言葉を忘れようと、ルークは首をぶんぶんと振りながら宿の主人の元へ走り出した。しかし、借りることのできた傘は一本だけ。先のアニスの言葉が蘇る。雨の降る中、ジェイドと二人で傘をさして帰る。触れ合う肩と肩。繋がれた手と手。そんな姿を想像して更に顔を赤くしたルークは、再度首を振り入口の扉を開け放つ。だが、ルークを待っていたのは、嫌な予感を纏った風だけであった。










「イオン様ー!お風呂気持ちいいですよ・・・って、どうしたんですかぁ?」



「ああ、アニス・・・。」




同室のイオンは、扉の開く音にも動じず、ただ窓の外を見ていた。アニスの問いかけに初めて振り向いたイオンの表情は、どこか暗い。




「雨、もうすぐ降りそうですね。」




アニスはイオンの隣に立ち、イオンの見ていた景色を見る。空は重苦しい雲を抱き、外を歩く人々も早足である。普段なら雨に濡れたくないから家で大人しくしていたい、と思うのだが、今日は何故かぴりぴりとした嫌な何かを感じていた。




「そうですね。今日は嫌な予感がします。ルークがジェイドを探しに行かない内に、ジェイドが帰ってきてくれるといいのですが・・・。」



「え、なんでですか?」



「勘・・・としか言いようがないんですが、二人に何かがあるような気がして・・・。」



「・・・もしかして、マジヤバ?」




イオンの勘が外れる事は少ない。その勘がイオン自身を助けることや、アニスの手助けとなることもあった。アニスは急に怖くなり、ルークが先程出て行った事をイオンに話した。










カーティス大佐なら、陛下の命令でテオルの森にいますよ。と王宮の前に居た兵士に言われたのは一時間程前のことだ。話によると、急増している魔物の制圧に一人で向かったらしい。俺たちに言ってくれればいいのに、とぽつりと本音を漏らすと、兵士は苦笑していた。




「カーティス大佐は、公私混同するのがお嫌いと聞いてますから。」




兵士の言う通りだとしても、なんだか頼りないみたいで悔しかった。せめて一人で言ってくれればいいのに、と最初は怒りばかりが込み上げていたが、よく考えるとジェイドはそういう人間である。そんなジェイドが好きなのであって、何でもルークにべたべたと話すジェイドと言うのは、何かが変だ。試しに何でもかんでも仲間に頼るジェイドを想像してみると、腹が痛くなるほどおかしかった。どうにかして、この嫌な風を感じないように、ルークは必至だった。怒ってみたり、笑ってみたりしても、矢張り風は不安をルークに抱かせるだけだった。鬱蒼と生い茂る木々の間から見える空は、どこから見ても雲ばかりである。すると、何かが降ってくる。ぽつり。頬に当たった冷たいものは、次第に量を増やしていく。




「降ってきたのか・・・。」




持ってきた傘をさそうかと、視線を足元まで下げると、ふっと大きな影がルークを包み込んだ。いつの間にこんなに暗くなったのかと前を見れば、大きな緑の物体。更に見上げると無数の触手。




「傘が武器・・・になるのかな。」




気配にまったく気がつかなかった自分を恨みつつ、襲いくる触手をバックステップで避ける。ムチが撥ねるような音がした後、先ほどまでルークの居た場所には煙が上がっていた。地面に生えていた草が見事に腐敗している。噎せ返るような異臭がルークを襲う。体制を立て直そうとじりじりと後ろに下がり始めたルークは、後ろから襲いかかるもう一つの魔の手に気がつくことができなかった。ひゅん、と風を切るような音。目の前の魔物はただルークを追っているだけ。だとしたら今の音は何だろう、と振り返った刹那。ルークの右腕に触手が絡みつく。




「うあああっ・・・!」




焼けつくような痛みがルークを襲う。何かが焦げたような臭い。このままでは腕が腐りきってしまうと焦ったルークは、傘を目の前の魔物に投げつける。刺さるとまではいかないものの、気を逸らすことには成功したのか、絡みついていた触手の力が一瞬抜ける。その隙をついてルークは左手で右腕に絡みつく触手を引きはがした。強烈な痛みが伴うが、腕を失うよりかは幾分かましである。急いでその場を離れ、近くにあった大樹に背を預ける。見渡せば、その数ざっと十はあるのではないかというほど、先の魔物がいた。




「なんなんだよ、これ・・・。」




その大きさは、通常のものより数倍もあり、ルークの背を軽々と越えている。下手をすれば、小さな家一軒分の大きさがあるのではないだろうか。




「意味、わかんねっ・・・、パナシーアボトル投げつけたらなおんねぇかな。」




だがそれすらも持ち合わせていないルークは、こんな時譜術が使えたら、と自身の力の無さを嘆いた。しかし、今は嘆いている時でも武器を持ってこなかったことを反省する時でもない。いかにしてこの状況を切り抜けるかである。恐らく、ジェイドはこの魔物の討伐に来たのだろうが、彼の譜術があったとしてもこの数は多すぎる。詠唱時間を稼ぐのすら不可能に近い。ジェイドの事が心配になってきたルークは、必死に策を練るが、じりじりとにじり寄ってくる魔物はもう目と鼻の先である。伸びる触手。走って切り抜けようと魔物達に背を向け走り出せば、伸びてきた触手が足を掴み、転んでしまう。ずるずると引き寄せられ、魔物の口が大きく開く。強い酸性の唾液が歯を伝ってぽたりぽたりと地面に落ちれば、先よりも酷い異臭が辺りに漂った。もうダメなのか、それでも諦めたくない。襲い来る痛みに備え、思わずルークは目を瞑った。










「歪められし扉、今開かれん…ネガティブゲイトー!!」




空中に現れた魔空間が魔物たちを包み込む。暗黒に包まれた魔物たちのいくつかは、その空間に吸い込まれ消えてしまった。




「ルーク!大丈夫!?」



「アニス・・・!なんでここに!?」




ルークの目の前に現れたアニスは、トクナガの頭に捕まりながら杖を振り下ろす。すると、光輝く巨大なハンマーが現れ、魔物達を次々に潰していった。




「でっかいハンマー、当たって砕けろぉ!」




アニスは譜術で怯んだ魔物達にトクナガで挑みに行く。いくつかは倒したとは言え、まだ数匹は残っているのだ。ルークはいつの間にか倒れていた魔物から触手を引きはがそうとするが、中々取れない。苦戦していると、ルークに絡みついた触手の途中に、剣が突き刺さった。




「良かった、無事ですね。」



「イオン!お前も来てくれたのか!」



「ええ、嫌な予感がしたんですが・・・どうやら当たったようです。」




普段持つことのない剣を抱え、アニスと共に来たのだろう。イオンから剣を受け取ると、残りの触手を切り立ち上がる。遠くではアニスがまだ魔物と戦っていた。




「イオン様ー!ここは私に任せて、みんなを呼んできて下さいー!さすがに私一人じゃ、きついですー。」



「わかりましたっ!」




アニスはイオンに叫び終わると、残りの魔物に取り掛かる。しかし、どこから現われたのか魔物はどんどん増えていく。走り去ったイオンを見送り、ルークは剣を構える。右腕がじわりと痛んだが、気にせずルークはアニスの元へと走って行った。




「またどかーんとやっちゃうから、援護よろしく!」



「わかった!」




アニスが少し離れ詠唱したのを確認し、ルークは剣を振るった。









焼け焦げた臭いが辺りに充満している。死体を見るだけでも吐気がするというのに、この異臭は勘弁したい。そう思いながらも、もう譜術を使うほど力は残っていない。むしろ、これは虫の息というやつではないだろうか。こんなところで死ぬのだけは避けたいと思いつつ、木にもたれ座るだけで指先の一つも動かせない状態である。辛うじて開けていられる眼も、そろそろ疲れが見え始めている。いつ瞑れてもおかしくないのだが、瞑れたらそれが最後かも知れない。ジェイドは歳を取ったものだ、と自身を嘆いた。独りで討伐できるから護衛はいらないと言ってきて正解である。この数では兵士を皆連れて帰れる保証はなかった。恐らく、全滅したことだろう。




「(貴方の最後を見る前に、私が最期を迎えるとは・・・。)」




霞みがかった思考の中で思い描くは赤髪の少年。眩しい表情を持つあの少年を、最後まで見届けられないままここで死ぬのだろうか。出来ることならば、もう一度あの少年に逢いたい。夢でも幻でもいい、でないと地獄に行っても頑張っていける自信がない。




「(私らしくもないですね。)」




ぼんやりと、目の前にあの赤く燃えるような髪が見えた気がした。これが最後だと無理やり力を入れて手を伸ばせば、確かな温もりがジェイドの手を包み込んだ。手袋越しでも伝わるその温かさに、ジェイドは安心感を覚えた。ふわふわと、身体が浮き上がるような感覚。繋がった手から伝わる温かさに目を閉じると、身体が段々と軽くなっていく。これが死ぬという感覚なのだろうか?しかし、それにしては身体の感触が現実的である。そっと目を開けると、先ほどよりも視界が鮮明に飛び込んできた。目の前にいたのは、確かにルークであった。ジェイドの手を握り、力を込めている。ルークの身体からは淡い光が溢れ出ている。




「これ・・・は・・・、や、めなさい、ルーク。」




その時になってジェイドは、自分はまだ生きていることとルークが犯している罪に気付いた。ルークは自身の第七音素をジェイドに送り込んでいるのだ。第七音素には癒しの力があるが、ルークにそれが扱えるわけもなく、ただ思うがままに力を使っているのだ。扱い方を知らぬルークの送り込んだ第七音素は確かにジェイドを癒す力となっているが、無理に力を使っているために行き場を失った第七音素も多い。それはルークの周りに溢れ、ルークの第七音素を引っ張っている。




「いけません、それではあなたが・・・!」



「嫌だっ!ジェイドが死ぬのは嫌だっ!」



「私と同じ過ちを繰り返すのですかっ!」



「それでも、ジェイドが死ぬよりましだっ!何もしないで見ているなんて嫌だっ!」




ジェイドに自身の第七音素を送りながら、ルークは叫んだ。できることがあるのなら、それをするまでだ。必死になるルークだったが、突如ふっと糸が切れたようにジェイドに倒れ込んだ。見上げれば、ティアが立っていた。恐らく、ティアの手刀がルークを気絶させたのだろう。




「遅くなりました。イオン様が教えてださって、今ガイとナタリアがアニスに合流して魔物退治をしています。」



「すみません、迷惑をかけましたね。」




ティアは、ジェイドに倒れ込んだルークごと譜術をかける。先ほどとは違った光が、ジェイド達を包み込んだ。




「一度、回復の術を教えて欲しいって言うから少し見たことがあったんです。その時はできなかったんですが・・・。」



「ルークの場合、彼自身が第七音素でできているので、扱うのが難しいでしょうね。」



「ええ、その時も失敗したんです。でも・・・。」




ジェイドは動くようになった手で、そっと気絶したルークの頬を撫でた。雨に濡れながらも探しに来たのか、身体はすっかりと冷たい。




「ルークのおかげで助かりました。危うく、死ぬ所でしたから。」




先程の姿が今でも脳裏に焼き付いている。今できることをする。その姿が、遠い自分と重なって見えた。若き日、こんな風に雨の降る日だったろうか、それとも気持の悪い風が吹く日だったろうか。第七音素を暴走させた自分を守るために死んだ師を、生き返らせると信じていたあの日。力を過信していた自分と、力を信じたルーク。しかし、だからと言ってやっていいことと悪いことがあることを、少年が目覚めたら礼と共に言わなければと、ジェイドを一人思っていた。






甘くなくてごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・

絡みもなくてごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・




2009/03/22 ゆきがた


[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!