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愛情は裏返して突き付ける



■現代パロディ。スーパーグランコクマケテルブルク店で働くルークとその上司ジェイド。















ガガガ、と何かが詰まるような音が部屋中に響き渡る。最新式音機関には似つかわしくない音に、ぼんやりとしていたルークは慌てて停止ボタンを押す。無慈悲にも音は止まらず、焦ったルークは指先に力を籠めてボタンを連打するが、ゲームのように何かがうまくいくわけでもなく、恐ろしい音を響き渡らせた後に、自動的に停止。緊急停止の為にピープ音が鳴るが、ルークはそれどころではなかった。背後から突き刺さる痛いほどの視線。今振り返れば目が合った瞬間に確実に殺される、と言っても過言ではない程の冷たい冬の海の凍てつく風のような視線に、ルークはこの状況を打破しようと音機関の内部を覗いた。本来所定の位置に置いた書類と全く同じものを印刷されたはずのそれは、見るも無残な姿になっている。




「ルーク?」



「・・・えっと、す、すぐ直します!」




遂に肩に手がかかる。振り向かずともディストの表情は手に取るようにわかる。メガネの奥の瞳をぎらぎらと燃えたぎらせていることも、肩に置かれた手にものすごい力が入っていることも。手に持った紙片がはらりと床に落ちた時、ルークは振り返って腰を直角に曲げる勢いで深々と頭を下げた。




「すっ、すいません!」



「こーれーで何度目ですかっ!?まーったく、貴方はここの事務所を使えなくする気ですかっ!?」



「い、いや、そういうつもりは・・・。」



「そういうつもりもどういうつもりもありませんよっ!どうして貴方はすぐに最新式のコピー機を壊すのですかっ!前回はいつでしたっけ?確か先月ですよね?貴方が機械をいじるとすーぐーにこうなりますっ!迷惑なんですよっ!大体ですねぇ・・・!」



「鼻たれディスト、そこまでにしておきなさい。」




唾がそこら中に飛び散る勢いで事務所担当のディストに怒られていたルークは、一つしかない事務所の入り口から聞こえてきた声に身体をびくりと震わせた。深く下げたままの頭が余計に上げられなくなってしまった。ディストの説教を止めたというのに、当のディストは嬉々として今しがた入ってきたばかりのジェイドに何が起こったのかを説明しに行った。身体中に嫌な汗が流れているルークは、ディストの嬉しそうな声も、うっとおしそうに返事をしているジェイドの声も、全て耳に入っていなかった。ディストの説教は、聞きたくもないがもう慣れている。何をやっても大体のことをダメにしてしまうルークは、怒られることに慣れていた。だが、直属の上司であるジェイドだけは苦手であった。怒鳴られるかと思いきや優しげな声音で嫌味をねちねち言われることもあれば、早く別の地域に飛ばされないのですかと嬉しそうに話しかけてくる。出来ることならルークも早くこのスーパーグランコクマケテルブルク店から去りたいものだが、本社からは一向に異動の通達が来ないのだからどうしようにもない。




「ルーク?」




やけに嬉しそうな声である。ディストの話を聞き終えたのか、今度はジェイドがルークの元へとやってくる。顔を上げれば、恐らく目の前の男は恍惚の笑みを浮かべているのが目に入るだろう。しかし、名前を呼ばれ返事をしないわけにもいかず、ルークは何ですか、と当たり障りのない返事をした。




「お辞儀をしている暇があったら、さっさとその音機関を直したらどうでしょう?」



「・・・っ、すいません。」




ジェイドの言うとおりであった。やはり顔を合わせたくないので、ルークはジェイドとは顔を合わせないようにコピー機の修理に取り掛かった。遠くで机に向って作業をするディストが、ルークに任せたら余計に壊れます、とぼやいていたが、それでもジェイドはルークの作業を止めようとはしなかった。どうしたものかと悩んだが、自分で招いた結果である。ルークは何とかしようと、とりあえず詰まってしまった紙を力任せに引っ張った。




「おやおや、貴方は力任せに修理することしか知らないんですか?」



「・・・すいません、どうしたらいいかわからなかったので。」



「キムラスカではこんな初歩的なことも教えてくれないんですか?」




ルークにしか聞こえないように耳元で囁かれた言葉。それはジェイドとルークだけの秘密。ルークはグランコクマのライバル店であるキムラスカの次期社長候補である。しかし、キムラスカに嫌気が差していたからこそ、家を飛び出しこのグランコクマに就いたのだ。その事に関して後悔はしていない。




「それはっ・・・、関係ありません。」



「まぁ、いいでしょう。貴方は仕事に戻りなさい。貴方に音機関の修理を任せたら、他の仕事が全て終わらなくなります。」



「わ・・・かりました。」



「まったく、早く本社も貴方を別の所に飛ばしてくれませんかね。」




その一言に、目頭が熱くなり胸が詰まるような苦しさを覚えたが、ルークは失礼しましたと一言告げ、事務所を後にした。今は泣く時ではない。一度泣いてしまえば、真赤に染まった瞳を見た部下のティアに、また心配をかけてしまう。唇を噛みしめ、ルークは持ち場に戻った。










太陽は沈み、同じ時間に働きだした社員が帰宅した頃にルークの仕事は終わりを迎えた。仕事の終える予定時刻をとっくに回っていたが、溜まっていた書類を終えなければ、次の日、また次の日へと溜まっていく一方である。何をしてもどんくさいことを自覚しているからこそ、確認に確認を重ねるルークの仕事は人一倍時間がかかる。




「はぁ・・・。」




ロッカールームにため息が零れた。誰もいないロッカールームの空気は冷たく、虚しさがこみ上げる。自身のロッカーに辿り着き、ルークは扉を開けることなくしゃがみ込んだ。事務所での出来事が、ルークの胸を締め上げ、瞳を涙で濡らした。




「っ・・・うう・・っく。」




空回りばかりしてしまう自分が悲しければ、何を言われても言い返せない自分が悔しかった。膝を零れおちる涙が濡らすのにも構わず、ルークは誰もいないのをいいことに泣き続けた。その為に、ルークはロッカールームの扉が静かに音をたてて開いた事に気づくことができなかった。自身の嗚咽に混じって聞こえる靴音。顔を上げて音のする方向を見れば、表情を持たない男が立っていた。




「まだいたのですか。さぁ、帰りますよ。」



「じぇ・・・いど。」



「まったく、貴方がこの店を出てくれないと、上司である私が出られないと何度言ったらわかるんですか。」



「す、みません・・・。」




謝罪の言葉を述べ、ルークは立ち上ろうとするが、軽い眩暈がしたためにその身体は傾いた。地面にぶつかる衝撃に対し目を瞑るが、一向に痛みは訪れない。そっと目を開ければ、目の前にはジェイドの顔があった。腰に回された手とは逆の手が、額に当てられた。




「熱がありますね。睡眠、取ってないでしょう?」



「し、ごとが、終わらないから・・・。」



「知ってますよ、そんなこと。」




ジェイドは鞄からピルケースを取り出し、そこから一つの錠剤を手に取った。何をするのだろうとぼやけた頭と視界でそれを見ていると、錠剤を口に含んだジェイドの顔がそのまま視界いっぱいに広がる。唇に当たる濡れた感触と柔らかな舌が、錠剤をルークの口内へと運んだ。喉を錠剤が通ると、視界は益々ぼやけていった。ただ、薬が喉を通った後も離れることのないジェイドの唇が冷たくて気持ちが良かったことだけが、ルークの思考を占めていた。










次の日、ルークのいない間に事務所の音機関は修理され、何事もなく一日が過ぎていった。ジェイドは自身の仕事を早急に終わらせ、終了予定時刻になると荷物を持ってロッカールームを後にした。社員がばたばたと行きかう中、廊下を歩いていると前方からこの店の最高責任者である金髪の男が、やけに嬉しそうな顔をして一つの封筒を差し出した。




「よぉ、ジェイド。ルークの異動の件が来てるが、どうする?」



「おや、何故私に聞くんですか?」



「なら、この件は了承したという事でいいんだな。」




にやりと笑みを見せた男は差し出した封筒を引っ込めようとするが、それより早くジェイドは封筒を奪い取っていた。




「誰もそんなことは言ってませんよ。」




封筒の真ん中に指を当てて力を籠め、一気に裂く。真っ二つに裂かれた封筒は、中身を確認されることもなく男に返された。




「くっくっく・・・、お前も本当に、アイツのことが好きなんだな・・・。」



「ピオニー、声が大きいですよ。」




怒気を含めた声に臆することもなく、グランコクマケテルブルク店最高責任者であり、グランコクマの社長でもあるピオニーは破かれた封筒を受け取り、歩きだした。




「そんなにお前がご執心ならば、俺の秘書にでもするかな。」



「ピオニーっ!」



「はっはっはっは。」




笑いながら手をひらひらと振り、ピオニーは事務所へと向かって行った。ジェイドは言い返し足りないような気がしたが、今はそれどころではないことを思い出し、店を後にした。熱を出して寝込んでいるルークのいる、自宅へ急ぐために。










*******




補足をしますと



ルーク→社員でジェイドの部下。嫌味なのにたまに優しいジェイドに困惑している。

ジェイド→ルークの上司でケテルブルク店の副店長であり、グランコクマ社長の公認秘書。ルークが大好き。

ディスト→ケテルブルク店の事務所担当、実はルークが好き。

ピオニー→ケテルブルク店の店長であり、グランコクマの社長。ジェイドとルークの仲を見守りつつちょっかいだしつつ、実はルークに惚れている。

ティア→ルークの部下。多分パートさん。ジェイドのルークに対する扱いが酷い事を心配している。・・・が、本編では登場しないw



・ルークは社員の為異動命令が下ることもあるが、全てジェイドとピオニーの手によって阻止されている。

・熱を出したルークはジェイドの家で休息中。二人とも一人暮らしだが、たまにジェイドはルークを無理矢理自身の家に連れて行き休息を取らせる。

・ルークはスーパーキムラスカの社長の親戚の子供で、次期社長候補の一人でもあったが、社長を巡る兄との争いが嫌でグランコクマに就職した。



補足ないとわからない小説って・・・orz






2009/03/06 ゆきがた


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