月光
■戻ってきたのは、ルーク?
ひたひたと、暗闇の足音が聞こえる。
月明かりが差し込む窓辺、緋色の髪の少年は月がちょうど隠れるように手をかざす。月はかざす前と変わらず、綺麗だ。何故、かざしても尚見えるのだろうか。その答えは、胸の内に。
「時間が、ない。」
少年に残された時間は後わずか。自身の中ではもうすでに理解しているというのに、心が、震えた。
さようなら、さようなら
大好きなみんな。
さようなら、さようなら
世界で一番、愛しい、貴方。
ローレライの鍵を地面にゆっくりと差し込む。浮かび上がる譜陣から温かい光が溢れ、周囲を照らす。もう、遠くに行ってしまった青色は、こちらを振り返らなかった。
「ごめん、な。」
ぽつりとつぶやいた言葉が、聞こえたのかもしれない。彼は、振り返る。こちらを見ていた。遠くにいてその表情は見えないというのに、その表情が手に取るように判ってしまった。赤い目は確かに、震えていた。思わず手を伸ばそうと、鍵から手を離しかけたが、その衝動を理性で押さえ込むと少年は目を逸らした。ぽたぽたと、涙が譜陣へと零れ落ち、呼応するかのように溢れる光が増した。
「(もう、逢えない。二度と。)」
涙が、止まらなかった。
セレニアの花が舞い上がる。月に照らされ輝くその花びらを手に取る。また、この世界に帰って来たのだと、実感した。ずっと聞こえていた大譜歌。懐かしい響きだと、心の奥で誰かが言った。かつての仲間達が駆け寄ってくる。しかし、遠くに見える男性は、一人、そこに佇んだままである。彼は、知っているのだろう。この肉体に宿る魂は、かつて彼の愛した、緋色の髪の少年ではないことを。
ジェイドは月を見上げた。月明かりが、まるで慰めてくれるかのような温かさを放つ。
「貴方は、そこにいるのですか、ルーク。」
セレニアの花が、風に乗って優しく彼を包み込んだ。
2008/02/04 ゆきがた
(ブログから再録)
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